2章27話
27話~影から~
ユズがトモに襲われる寸前、俺とアリスは室内に駆け付けた。
自分でも驚くほどにトモに罵声を浴びせた後に殺し、ユズを拘束するロープを切断したあとはリユ達の元へと戻るだけだ。
そうして泣きじゃくったユズを宥め、淡いグリーン色に照らされる狭い通路を走る。
「──そう言えば、どうして私のいた部屋が解ったんですか?」
並走するユズがこちらへと視線を向け、訊いてくる。
俺もチラリとそちらを見る。
ユズのワンピースは所々裾が破けていたり、腕に浅い傷がある。
だが、大して問題はないようで、本人も気にする様子はない。
俺は先程までの行動を思い起こして答える。
「ああ……最初は手当たり次第にドアをぶち開けようと思ったんだけど、さすがに効率が悪すぎたから、その辺の警備員っぽいのを脅して吐かせた」
「そ、そうなんですね。ユキトくんらしいです」
ユズは苦笑し、再び前を見て走り続ける。
その後ろには長い銀髪を靡かせながら両手足を一生懸命に動かすアリスがいる。
この少女は幼いながらに体力が少ないことを危惧していたのだが、案外動くことは好きなようだ。
それに、今思えばタイガを体当たりでよろめかせたのも相当な力が必要だ。
まさかこの子もユズみたいにバカ力を持ったまま育つんじゃなかろうか。
そうなれば、まるでユズの妹のようだ。
容姿等は全く違えど、姉妹のように仲が良いのは二人の様子を見て感じ取れる。
俺がいないところでどんな話をしていたのかがとても気になってしまう。
「あっ、見えました……!あの扉ですよね」
と、走るユズが通路の奥を指差す。
そこには、半開きになった鉄製の扉が。
間違いない。
俺達が通った、この通路への入り口だ。
「ああ。リユのとこにも『ライフ』が行ったらしいし、急ぐぞ」
「はいっ」
「あ……う、うん」
足を動かすペースを上げると、ユズも俺の後ろへとついてくる。
アリスはと言えば、転ばないようにと慌ててついてこようとする。
本来なら待ってあげてもいいのだが、今は呑気に3人で歩いている暇などない。
会場内の状況も気になる。
3人で靴音を鳴らし、通路の扉を潜ると──
「あーっ!!ユキっち来た!おかえりー!!」
聞き馴染みのある、陽気な声。
明るいシャンデリアに照らされる会場の奥──庭で会場入口の目の前に立って両手を振っているリユの姿が。
その後ろでは、こちらの存在に気付いたアユが夜の闇の中からひょっこりと出てきた。
「あ──!アユ……!」
親友の無事に安堵の表情を浮かべた後に、足を速めたユズは庭へと一直線。
思いきったスピードのまま、軽く跳ねて親友の首へと抱きついた。
「良かったです……アユも生きてて。怪我とか、大丈夫ですか?」
「わ、私よかユズの方が大丈夫なわけ!?なんかすごいボロボロだけど……!」
「私は大丈夫です。ちょっと殺し屋に詰め寄られて逆さにされて落とされて腕を切っちゃっただけですから」
「大丈夫な要素ないけど!?」
ユズの危険だった状況の報告にアユは救急箱を持ってきたりと、慌てている。
この空間がなんとも日常的で、思わず表情が綻びる。
が、油断してはいられない。
タイガには逃げられ、このパーティー会場のどこかにいるはずの仮面男も見当たらない。
他の『ライフ』のメンバーもどうなったのか気になるところだ。
ひとまず、リユと情報を共有しなくては。
と、同じ考えに至ったのか、リユがこちらへと向かってくる。
俺も薔薇色の絨毯の上を歩いて会場内から外へ向かうべく、入口へと向かう。
と。
「アリスちゃん、こっち来て下さい……!」
俺達の状況を読み取ったのか、ユズが俺の後ろについてくるアリスへと声をかけた。
言われたまま、アリスはその特徴的な銀髪をシャンデリアの明かりで煌めかせながら走っていく。
いつ見ても美しすぎるほどの髪質だ。
が、俺は血を被ったワンピースを身に付けているリユに視線を変える。
その有り様が激闘を繰り広げたものだと訴えている。
俺は大きく開く扉に寄りかかり、会場内と庭の間で口を開く。
「そっちはどうだった?」
「4人も来て大変だったよー!マヤ、ハルト、ユウ、ショウだったっけ。ま、なんとか殺しきったから安心してね」
言って、薄い胸を張る。
だが、俺はそんなリユの態度よりも驚きで若干目を見開く。
「4人って……あんな異常者、よくもそんなに相手できるな。2刀流で射撃でもしたのか?」
「んーん。さすがにそんなのしないってー。 ……あの子に、私の銃貸したの」
珍しく、申し訳なさそうな表情を見せるリユの移した視線の先には──
「……アユが……」
今は、ユズと共にアリスを可愛がっているだけの女子高生。
彼女が武器を手に、殺し屋界の人々と戦ったというのか。
受け入れ難いが、リユが嘘をつく理由もない。
事実なのだろう。
と、視線は変えずにリユが口を開く。
「あの時はさー、勢いで〝殺るもんは殺る〟なんて言っちゃったから。本当はただのJKにこんな物騒な物渡すのは間違ってるんだろうね」
口調は普段通りのヘラヘラしたようなもの。
だが、そのトーンは落としており、どこか表情も暗い。
確かにリユの言うことにかけてはその通りだと思うのが普通だ。
それでも──
「いや、合ってるんじゃねぇの」
「えっ?そ、そぉ?」
予想外だったのか、リユは驚きの表情を浮かべて覗き込んでくる。
俺はそのまま言葉を続ける。
「殺るもんは殺るってのが殺し屋世界の基本。この場じゃ、『トゥルース』の指示に合わせとくのが得策だった。お前がそれを渡したのも間違ってはいない。じゃないと、皆殺しにされてただろうし」
するとその言葉が嬉しかったのか、勇敢に戦ったであろう殺し屋は嬉しそうに表情を緩めて「そっかぁ」と溢した。
そんなリユを脇目に、庭を見渡す。
暗闇に包まれる広い庭園だが、そこでは40人ほどのユズのクラスメート達が一致団結した様子で怪我の手当てやお互いに話しかけたりと平常心を取り戻そうと動いている。
俺自身の──昔の学校生活を思い出しそうになるも、頭を振って思考を止める。
と、今度はニヤけが収まったらしいリユが口を開く。
「んで、ユキっちはどーだったの?『ライフ』に会った?」
「ああ。岡田タイガに直面した。でも、逃がした」
「えぇ……?逃げたの?あの負傷しようがお構い無しの狂気者がー?」
俺の言葉に訝しむ様子でジッと見てくる。
だが、事実なのでどうしようもない。
「そんな疑われても困る。でも、アイツら……思考とかはある。感情を操られてるだけで。だから仮面男を崇拝してるんだろうし、戦闘状況を把握して退散するって手段も取れるんだろうな」
「そっか……確かに!」
俺の考えにリユはパッと笑顔を浮かべて食いつく。
そんな容赦ない距離の詰め方に後退りした後、再び口を開く。
「それと、トモとかいうクソは瞬殺した」
「ふぅん?」
俺の不機嫌っぷりを不思議に思ったようで首を傾げているが、殺したという事実の呑み込みは早く、それ以上は聞いてこない。
代わりにスッと背筋を伸ばし、ウインクをした決めポーズで可愛らしく訊いてくる。
まぁ、どんな態度を取ろうがバカにしか見えないのだが。
「んじゃっ、暗殺者さん?次の作戦はどーする?」
「その変な態度はやめろ」
いつも通り、冷淡にシッシと手を振り払うとリユは唇を尖らせて不機嫌そうになったが、省みずに頭を回す。
タイガと仮面男の行方は解らないものの、『ライフ』のメンバーのほとんどが絶命。
これなら庭に残る生徒達を帰宅へと向かわせる事ができるかもしれない。
今のうちに帰宅するように促した後はリユと共に会場内を散策する。
そして例の2名を発見できれば即座に殺すだけだ。
と言っても、仮面男については秘密裏にしている事を吐き出させる必要があるが。
やはり、仮面男だけは縛って持って帰ろう。
滝澤さん達もいる場で尋問した後に殺してしまうのが一番だ。
俺は頭を整理し、リユへとこの後の動きを伝える。
すると、再び神奈リユという人間性を全開にしながら。
「あいあいさーっ!じゃ、私が帰るように言っとくね!」
「ああ。俺は先に会場内だけ探しておく」
伝え、それぞれ別方向に向かう。
俺が再び会場内に入り、散乱した食事やテーブルを退かす一方、リユは声を張り上げて動きを指示している。
と、その時。
「死ねぇぇぇぇーーーっ!!」
甲高い叫び声。
それは確実に、庭から聞こえた。
それも空から。
反射的に振り向く。
開いた、何メートルもある大きな扉からその一瞬が見えた。
頭上から雷のように振ってきた黒い人影。
人影は漏れ出るシャンデリアの明かりで照らされる大きな釜を背負っている。
目を凝らせば、釜の先は毒で塗られている。
黒い人影は大きく釜を振りかぶり、真下に立っているリユ目掛けて──!
「リユッ!!上!」
俺が即座に声をあげると、呼ばれた当人はそれに反応して。
「──ッ!!」
傍に立て掛けてあったショットガンを横向きにして上へと突き上げた。
釜とショットガンが交差し、金属音が鳴り響く。
衝撃が大きかったのか、リユはその力に負け──。
「きゃぁぁ──!!」
釜がライフルを抜けて地面に突き刺さったと同時、反動で大きく後ろへと吹っ飛んだ。
以前、ショウに投げ飛ばされた時よりも大きく体が舞い上がると、いっぱなに草の生える地面へと──
「リユさんッ──!」
激突する寸前、落下してきたリユを受け止めたのは他でもないユズ。
何メートルか離れた場所でアユと共にいたはずの彼女は、一瞬でリユが吹っ飛ばされたのを把握して地を蹴り、受け止めきったのだ。
さすがの順応力と運動神経。
これには俺も頭が下がる。
だが、感心している場合ではない。
俺は即座に降ってきた人影を確認する。
大きな釜を背負う男は脛当や肩当て、更には防弾服を身に付けた完全防御。
俺が見たはずの黒いローブは羽織っておらず、髪は逆立っている。
間違いない。
「タイガ──!」
気配を悟られぬよう、テーブルクロスを利用して幾つかあるうちの一つのテーブルの影に隠れて様子を窺う。
先ほど、既に声は上げてしまったがまだ気付かれていない可能性はある。
洗脳を受けた『ライフ』は抹消する相手にしか意識が向かない傾向がある。
ならば、リユ目掛けて降り立ってきたタイガには俺の存在が認識されていないかもしれない。
その可能性を信じて覗き見ていると、庭の奥でリユが動く姿が。
「いったぁい……!もー、急になんなの!」
「大丈夫ですか……!」
「あー……こんくらいなら、だいじょぶ!この前も似たようなのあったし……ねっと!」
言い、跳ね起きる。
タイガが前に立っている事を視認した後、落としていたショットガンを手に取る。
1歩だけ、片足を下がらせて冷や汗を滴しながらも口を開く。
「今更来ちゃった系かー……まーた殺す気?」
「あの方の命令は絶対、成す。神奈リユ、まずは殺させてもらうぜ……っ!ははっ!ははははっ!!」
夜の空を仰ぎ、狂ったように笑い猛るタイガ。
この様子を見れば、先ほどと変わらず洗脳を受けていると判断してもいいだろう。
そして、俺の名前を出していない。
なら、まだ〝殺すべきである稲垣ユキト〟はこの場にいないと判断されているだろう。
と、恐怖で表情が曇っていく生徒達を下がらせてリユが前へへと歩み出る。
しっかりとショットガンを握り、覚悟のような意志が感じられる表情だ。
「本気でやらないと死んじゃうからね……!全力で行くよッ!」
言い、ワンピースの裾から手を入れて取り出したナイフ。
思わずその行動に目を開く。
リユは基本的に射撃だけで暗殺者を生業としている。
だが、右手にショットガン、左手にナイフという二刀流。
理由こそ知らなかったが、今まで刃物を使うことを控えてきた彼女がその手に持つ刃をターゲットへと向けている。
その光景は俺にとっては新鮮だ。
いや、きっと滝澤さんやアオトだって驚くだろう。
と、そんなリユの横へと歩いてくる生徒が一人。
所々破れた真っ白のワンピースの裾を揺らして特性のブーツでトンッと地面を軽く叩いて感覚をチェック。
その振舞いは戦い慣れた戦士のようだ。
リユの傍で立ち止まると、桃色の髪を翻してタイガへと向き直ったのは──。
「私にも、戦わせて下さい」
「ゆっ、ユズちゃん!?」
力強い女子高生──ユズは深く息を吸って、吐いて。
それからリユへと視線を向けた。
「さっきは……どうしても、負けてしまいましたから。それに今は大切な友達も後ろにいるので守りきりたいんです」
「でも、さすがにこれは……危なすぎるって!コイツはほんっとにヤバイよ。下手したらガチで秒で死ぬような殺し屋なんだよ?」
リユは後ろへ戻るようにと説得するも、説得された当人は首を横に振る。
「ユキトくんと、互いに生きようって約束しましたから」
ユズはそう口にして微笑んだ──俺へと。
距離は遠くとも、様子を窺っている俺と目が合った瞬間。
ユズは小さく口を動かした。
『ユキトくんは暗殺者らしく──殺りたいようにして下さい』
思わず顔が緩んでしまいそうになる。
彼女の──早野ユズらしく、お人好しな発言。
いくらなんでも俺を信用しすぎだ。
「はぁ……めんどくせぇ……なっと」
小さく呟く。
そうして、ぐっと拳に力を入れて顔を上げて、軽く跳ねて立ち上がらずに腰を落としながらも起き上がる。
彼女の言ってくれた通り、暗殺者らしく殺ってやろう。
体を張ってクラスの仲間や、リユと共闘して守ろうとする彼女を捨てるほど俺はクズでもない。
もう一度テーブルから顔を出して庭の様子を確認。
タイガはユズとリユに夢中で襲おうとしているのを見てからテーブルの影から飛び出す。
姿勢を低く保って会場内を駆け抜けて反対の壁へと転がって到着。
少し動けば暗闇にある通路がある。
この通路はユズ達が迷い込んだ〝関係者以外立入禁止エリア〟とは違い、ただのガラクタばかりが積まれたような場。
この先を行けば『ライフ』と仮面男が密会していた場所があるが、目的はそこではない。
その奥を進み、階段を上れば屋上のテラスへと繋がる。
そこから狙撃するのが俺の手だ。
「コイツは持ってきて正解だった」
言い、真っ暗な通路に入り込んだ俺は一部の角に隠していた特殊砲を取り出す。
滝澤さんから授かった特殊な構造のライフルのようなもの。
普通のライフルと違う点は、発砲するのは弾丸ではない。
ナイフ、手榴弾などを詰め込んで放つ事ができる。
それもものすごい火力で。
これを使うのは相当な戦闘を交える時だけと決めていたが、今がその時だ。
俺は特殊砲を背に担いで床を蹴り、重さを感じながらも階段へと向かう。
辺りに積まれるガラクタや段ボールを避けて暗闇の中を進む。
障害物や暗闇で足元を取られそうになるも、跳んだり一回転したり、運動神経をフル稼働して前進する。
階段へとたどり着き、一気に3階まで駆け上がる。
もう1階上がテラスのある階だ。
俺は上を目指して足を踏み出す。
が。
「……誰か、いる……」
人の気配を感じて、その足を止める。
階段へと向かう体を捻って暗い空間を睨む。
すると、コツコツと。
ブーツの音が響く。
音の場所を探していると、段々とその音は大きく響いてくる。
──左か。
場所を探し当て、そちらへと向きを変えると1人の男が出てくる。
窓から入る月明かりに照らされてその姿が鮮明に見えてきた。
大きな体躯、長い外套、気味の悪い仮面。
忘れようと思っても忘れられない特徴的な見た目の大男は俺へと近付いてくる。
数メートル手前でピタリと止まると、男は優雅にお辞儀して見せる。
まるで、中世にいるどこかの貴族のような振舞いだ。
と、大男は顔を上げ、歪む仮面の顔を見せつけてその声を響かせた。
「おやおや、暗殺者様。こんばんわ」
「ああ。クソ仮面男」




