1章5話
5話~迷い~
初の高校潜入暗殺の下見に言った翌日、俺は路地裏の地下にある拠点で部屋の真ん中の円形のテーブルに突っ伏していた。
迷ったり、困ることがあるとこうしてテーブルにダラダラと顔を伏せてしまう癖は親譲りだろう。
暗殺者になる事を決めたその日も、母さんは親父が出ていった事で机に突っ伏していたなぁとつい思い出してしまう。
だからと言って、別にこんな似た癖はつきたくなかったとか親子だという自覚に嫌気が指したりはしない。
ただ、そういう事実として認識するだけで特に感情はない。
だが、こういうところが生きた境遇に影響されるのだと思ってしまう。
「何してるんだい、ユキト」
すると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。
顔を上げて振り向くと、俺の座っている椅子に手を置いて立っている青年がいた。
年は見た目通りで俺と同じく17歳。
だが、俺が『トゥルース』に来た時には彼は既にこの組織の一員だった。
白髪に白のジャケットを羽織っているのはどこか神様のような色合いだが、これでも殺し屋。
俺の同僚の関口アオトだ。
「いや…考え事。今回の依頼人が怪しいって感じ。それで、ちょっと暗殺するのになかなか決心がつかないって言うか……」
「なるほどね」
そう言うと、アオトは俺の右隣の椅子に座る。
すると、次に出てきた言葉は予想外だった。
「ユキトはターゲットの事、殺したくないの?」
「は?いや……別に殺したくないってわけでもないし、殺したいって程でもない。」
「じゃあ何で殺すんだい?」
アオトは頬杖をついて、何かを探るように聞いてくる。
「それは……ただ、そうしなきゃいけない依頼だからってだけ」
「ふぅん」
アオトは俺の言葉を聞くと、遠くを見て考えるような表情を見せる。
だが、すぐに口を開いた。
「ユキトってたまに堅苦しいって言うかさ……なんか縛られすぎだよ」
「お前、何でそれ分かって……」
アオトの言うことは図星だった。
親に人生の道を縛られ、そんな生き方しか知らなかった。
それをやれ、と言われればやるしかないと思っていた。
だが、そんな人生から少しだけ解放された今、周りを見てて少し自覚していた。
自分の人生は常に何かに縛られているという固定概念があった。
だから、暗殺の依頼をされてもその通りにする事以外は一切してこなかった。
なのに今、こうして言われた通りにする事を迷っているのだ。
「ユキトはもうちょい、やりたいようにやりなよ。仕事も大事だけどね。けど、そんな思考ばっかりだと逆に殺されたりするかもね」
「アオト……お前………」
俺がそう呟くと、急にアオトは手のひらを俺に向けて、ブンブン振って笑顔になる。
「いやいやいいよ!そんな我が親友すげーみたいな事ー!まぁ?どうしても?言いたいって言うなら、僕の存在を敬って……」
「お前……本当に同い年かよ」
「ちょっと予想と違う言葉だね、うん」
俺が素直に思った事を言うと、しょんぼりとしてしまった。
アオトは誉められると思うと、ついハイテンションになってしまうらしい。
いつもの態度からすれば、たまに引くほどキャラが変わる時もあるのだが。
「まぁ……サンキュ。もう一回行ってみる」
「うん、そうしてきなよ」
椅子から立ち上がり、壁に立て掛けてあった縦長のケースを手に取る。
アオトに見送られながら拠点から出ようとしたところで、ふと足が止まる。
「そういや最近どこ行ってたんだよ?しばらくここにいなかったし」
「ああ、彼女とお泊まりデートに行ってたんだよ」
「アホか」
内容は大した事じゃなかったので、さっさと扉を開けて外へ出る。
「アホ!?どの辺が!?あ、ちょっとユキト、どういう事だい!?」
後ろから呼ぶ声がしたが、俺は無視した。
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「ユズ、ユズ?」
休み時間の教室、私はぼんやりと窓の外を眺めていたが、前の席の同級生に肩を突っつかれる。
「あ、ごめんなさい。何ですか?」
「何か考え事?もう10回くらい呼んだよ」
「えっ。そんなに呼びましたか」
「呼んだ呼んだ」
どうやら、相当考え事に没頭していたらしい。
だが、仕方ない。
あの転校生はどうしても気になるのだから。
「それで、恋なの?」
「ふぁっ!?えっ……ああっ」
同級生の突然の質問に思わず椅子ごとガタリと揺らしてしまう。
バランスを崩し、そのまま後ろへ激しい音を立てて倒れる。
衝撃が背中に走ったが、大した怪我はない。
クラスメートがこちらに視線を集めてきたのが恥ずかしいが。
「ちょっ、大丈夫?そんなに動揺しなくても……」
「だ、大丈夫です……鍛えてるので」
机に手をついて立ち上がり、椅子も上げて再び座る。
クラスメートの視線が離れていくので、ひとまずそれには安心だ。
「それにしても、急すぎます。こ、恋はないですよ……」
「えー?ほんとー?」
「ほんとです!」
心当たりはないのに、何故か顔が熱くなってしまう。
いや、気になるのはそんな事ではない。
「気になっているのは、転校生さんの事ですよ」
「転校生?いたっけ?」
同級生の少女は転校生の話は聞いていないようで、首を傾げている。
だが、私も会うまでは転校生が来たことは聞いてもいなかった。
この学校は広いし、当然なのかもしれないが。
「んで、何が気になるの?」
興味を示したのか、後ろの私の机に身を乗り出して聞いてきた。
「その人……何か、私に向かって隠し事をしているような……」
「そりゃあ、人には秘密くらいあるんじゃない?」
だが、私は首を横に振る。
違うのだ。
あの稲垣ユキトくんという人は、何かもっと大きな隠し事がある。
しかも、特に私にバレないようにしているような。
「その……どうしても気になるんです。いつものように、察してしまって……」
「あ……ユズ………」
私は俯いてしまうと、同級生は前から私の背中に手を回してくれた。
私は小さい頃の事件のせいで、人の気持ちを察する事ができた。
異常なくらいに分かるのだ。
嘘をついているのか、否か。
隠し事があるのか、ないのか。
この人は、本当に楽しんでいるのか。
そんな事が嫌でも伝わってきて、自分は周りばかり見るようになった。
それは、親の教育の仕方もあるだろう。
だが、あの事件の影響も大きい。
アレさえなければ……
そう思い、ギュッと両手で拳を握る。
「………ユズ、その人さ……」
同級生が何かを言おうとした。
だが、その時。
「ユズいるか」
教室の後ろのドアだった。
そこから聞いたことのある声が、私の名を呼んだ。
俯いていた顔を上げ、振り向くとそこにはユキトくんがいた。
当の本人が来たとき、私はどうすべきか分からなかった。
そんな風に迷っていると、ユキトくんは手招きしてきた。
「ユズ。もしかして、あの人が……」
「ごめんなさい、ゆっちゃん!ちょっと行ってきます」
「ちょ、ユズ!?」
同級生のゆっちゃんをその場に残し、席から立ち上がって廊下へと小走りに移動する。
そこにはやはり、ユキトくんが立っていた。
「ユキトくん、どうかしたんですか?と言うかどうして私のクラスを……」
「あー……名簿盗んだ」
「盗んだ!?借りたんじゃなく!?あ、後で返さないとダメですよ」
「返す、返す」
ユキトくんはそう言うが、正直心配だ。
すると、ユキトくんは周りをキョロキョロと見てから私へと顔を近付ける。
私の耳元に囁くように言葉を掛けてきた。
「屋上にでも言って聞きたい事があるから」
「えっ……は、はい」
聞きたい事、と言うのはよく分からない。
だが、何か困りごとでもあるのなら断るわけにはいかない。
昨日とは違い、ユキトくんが私よりも少し前に歩き始めた。
私もその後ろへと付いていく。
やはり、この人はどこかカッコいい。
少しだけ思っていた。
背丈はほぼ同じくらいなのに、後ろ姿も何故か大人に見える。
そして、その胸の内に大きな隠し事がある事も見えてしまう。
なんだか少しだけ、この人はどんな事をしてきたのだろうかと思ってしまう。
気になるのだ。
どんな人生を送ってきたのか、知りたいと。
そんな事を思っていると、いつの間にか屋上の扉の前へと来ていた。
「あ……やっぱり良いところですね!」
屋上の外へと出ると、昨日と同じく程よい風が吹いていた。
私はクルリと回り、景色を堪能することにしていた。
だが、気付かなかった事が1つだけあった。
ユキトくんは右手にダガーを隠し持っている事に。
──ユズは何も気付かずに、この町の景色を眺めている。
俺は念のため、右手にダガーを隠し持っているが、今日殺そうという気持ちはない。
ただ、俺が質問をした時のユズの答えによってはそうしなくてはならないのかもしれない。
俺はゆっくりとユズの斜め後ろへと立つ。
「聞きたいんだけどさ」
「はい、何ですか?」
ユズは振り向くと、風に髪をなびかせていた。
ダガーを握る右手は後ろに隠し、なるべくいつもと表情は変えないようにする。
そして、俺は口を開いた。
「死にたくないか?」
ユズは突然の質問に目を開いた。
それも当然だろう。
いきなりこんな質問をされては誰だってわけがわからないだろう。
だが、これが俺の聞きたい事なのだ。
「……はい、今は死にたくないです」
ユズはコクリと頷いた。
「その……何て言うか、殺される心当たりはあるか?」
先ほどとは違い、その質問にはユズは口元に手を両手を当てて俺から目線を外した。
何か心当たりがあるのだろう。
険しい表情になったが、、ユズは深呼吸をしてから再び顔を上げた。
「多分……あります。あの、それで……私からも質問していいですか?」
ユズからの聞きたい事と言うのは予想外だった。
だが、俺は首を立てに振った。
すると、ユズは先ほどよりも真剣な表情になり。
「あの……昨日会ったばっかりですし、こんなの当然かもしれません。けど、ユキトくんがそんな質問をするなら、私からもさせて貰います」
ユズは両手を胸の前でギュッと握る。
「私に大きな隠し事してますよね?……犯罪並みの」
それは、俺にはとても強く刺さった。