2章20話
20話~少女~
「ま、待って下さい──!」
私と女の子は、長い長い追い駆けっこを続行中だ。
関係者以外立ち入り禁止エリアへと入ってから、暫く廊下を走り続けたが、まだ誰とも会っていない。
それどころか、淡いグリーン色に照らされた廊下は機械ばかりが備えられている。
邪魔な台や機械を飛び越え、女の子の後を追う。
廊下に二人の足音だけが響く。
今日はブーツで来たのが正解だったのだろう。
リユさんに言われ、動きやすさを考えたコーディネート。
少し気を配る程度で、ワンピースが引っ掛かったりもせずに動き回ることができる。
と、女の子が分かれ道を右へ曲がった。
私も後を追い駆ける。
が。
「あ、あれ……?どこに……?」
少女の姿はなかった。
同じように真っ直ぐ続く廊下には誰もおらず、銀髪の女の子の気配もない。
不思議に思い、ゆっくりと足を進める。
すると右手にある部屋のドアが開いていた。
重厚な扉は少しだけ隙間が空いている。
「制御管理室……?」
ドアのテンプレートに書かれた文字を読み上げ、中を覗く。
すると、視界に入ってきたのは巨大なパネルだった。
大型モニターが幾つも壁に備え付けられ、機械音がする度に自動的に機械が動いている。
モニターを見ても、行っている作業は全く解らない。
呆気に取られていたが、ふと足元に視線を向ける。
そこにいたのは──
「やっと追い付きましたよ」
私は、優しい声音で女の子の背後から声を掛ける。
それにビクリと反応し、警戒心を露にした表情で振り向く銀髪の少女。
よく見れば、その顔は幼女ながらも整っていて、可愛らしくも美しい。
成長したら、きっと相当な美少女になるだろう。
私は重い扉を推し、中へと入る。
そこには人はおらず、無人で機械が動いている部屋だ。
少女が後退りするが、私は笑顔を保ち、目線を合わせる。
「そんなに怖がらないで下さい。大丈夫ですよ。あなた、こんなところで1人ですか?名前は……?あ、私はユズです」
訊くが、女の子はウジウジとして視線を彷徨わせる。
あまり話してくれそうな感じてはない。
反応からして、日本語は理解しているようだが──。
「………ス」
「へ?」
ボソリと聞こえた声。
私はもう一度、と耳を傾ける。
すると、少女は今度はハッキリとした声を発した。
「……アリス………!」
「アリスちゃん、ですね……!名前、教えてくれてありがとうございます」
そう言って笑いかけると、今度は俯きながらも嬉しそうにしている。
この反応をみる限り、やはり年相応の精神を持っている。
もし、このパーティーに1人でいるのだとしたら危ない。
既に夜は暗いし、帰りに何かの事件に巻き込まれる可能性だってあるのだ。
放ってはおけないだろう。
「アリスちゃん、ご家族の方と一緒に来たんですか?」
「………解んない」
「え?」
「……名前以外、解んない」
私はその言葉に目を見開く。
自身の名を知ってはいるが、他の事は何も知り得ない。
こんな小さな少女が。
──記憶喪失って事ですか。
その結論に辿り着く。
だが、不思議な点が多い。
そもそも、どうしてこんな小さな少女の記憶が失われているのか。
事故により記憶喪失になり、ここまで辿り着いた可能性もある。
だが、少女に外傷はない。
むしろ服装も整いすぎているほどだ。
そしてもう1つ。
何故、こんなところにいるのか。
ここは私達のクラスと、どうやら数人の来客が招待されているパーティー会場。
門に警備員がいなかったとはいえ、易々と入ってくるようなところではないだろう。
まずは聞ける限り、情報を得よう。
「アリスちゃんはどうやってここに来たんですか?」
「えっと、アリスは……なんかね、寝てて……起きたら、この建物の前で……パーティー、楽しそうだから入ってみた」
「……そう、ですか」
起きたら既にこの場所だった──となれば、本人から解ることも少なすぎる。
本当に何も情報が得られない状態だ。
ここは一旦、ユキトくんのところへ連れていくのがいいだろう。
彼なら的確に判断をしてくれる。
それに、私が連れてきたと言えば、協力してくれるのがあの暗殺者だ。
あの人の優しさを信用してみよう。
「……かったの………」
「え……?」
ふと、聞こえたアリスちゃんの声に反応して振り向く。
少女はぎゅっとスカートを握り、震えている。
私は再びしゃがみ、顔を覗き込む。
「どうしたんですか……?」
「あのね、怖かったの……!」
顔を上げたアリスちゃんの目には、涙が溜まっていた。
今にも溢れ出しそうなほどに。
「何にも解んないし……!1人でっ……でもねでもね、パーティー、すごく楽しそうだなって思って……!でも、周り全部怖くって……」
「──大丈夫ですよ」
私は泣きじゃくるアリスちゃんの頭にそっと手を置く。
寂しさに耐えられず、少女の目からはポロポロと雫が溢れ、床に落ちる。
私は優しく笑いかけながら、アリスちゃんを引き寄せ、肩に腕を回し、抱き締める。
「私が、なんとかしてあげます。大丈夫ですよ。1人で怖かったですね」
「うぇっ……うぐっ、ひく………お姉ちゃん……どうにかしてくれる?」
「はい、もちろん。まずは、頼もしい人に会いに行きましょう。私の中でも特別な人です。あの人なら──ユキトくんなら、きっと協力してくれますよ」
「ふぇ……ほんと……!」
私の言葉に、腕の中のアリスちゃんはパッと笑顔になる。
涙を袖で拭き、表情を戻す。
「ねぇ、行こう!そのユキトのところ……!」
「はい、そうですね」
元気を取り戻した顔を見て、思わず笑みが溢れる。
私はアリスちゃんの小さな手を包み、握る。
二人で歩き、重い扉を推し開け、再び廊下へと出る。
薄暗かった制御管理室に比べれば、グリーンの廊下は明るく感じる。
最も、パーティー会場の方が暖色のシャンデリアに飾られており、明るいのだろうが。
二人で来た道を戻るべく、廊下を進み始めた時、後ろから声が。
「おい!誰かいるぞー!」
振り向くと、警備員らしき男が叫んでいた。
廊下の奥で何やら人を呼んでいるようだ。
アリスちゃんは驚き、怖がり、私の背後に隠れてしまう。
だが、私がここで弱ってしまってはダメだ。
息を吸い、声を張って口を開く。
「ち、違うんです……!私達、間違えてこの辺りに舞い込んじゃって!」
「コイツら今、制御管理室から出てきたぞ!捕まえろ!!」
男は聞く耳も持たず、駆けつけた仲間と共に迫ってくる。
きっと、何度言おうとも無意味だろう。
私は一瞬、迷う。
立ち向かうか、弁明し続けるか、逃げるか。
だが、側にはアリスちゃんがいる。
何も解らず、不安を抱えている少女を危険に晒せない。
「ッ──!アリスちゃん、走って!!」
「──!!」
私の言葉にアリスちゃんは猛ダッシュ。
それに続き、私も廊下を駆け抜ける。
後ろからは棍棒を持った男達が迫る。
合計4人。
「これじゃ……負けちゃいます……!」
例え戦おうとも、ただの男4人ならなんとかなるだろう。
だが、この廊下は狭く、とても動けるような場所ではない。
私の通う高校とは違うのだ。
更に、アリスちゃんという少女もいる。
庇いながらなど、とてもできない。
彼なら──ユキトくんなら可能にするかもしれない。
だが、いつまでもあの暗殺者には頼りきれない。
そんなワガママ、叶えるものでもない。
今、アリスちゃんを守れるのは私だけなのだから。
だからまずはここから逃げ、この子を安全なところまで連れていく。
それが最優先だ。
ふと後ろを振り向く。
私は目を見開いた。
「速いです──!」
男達の駆けるスピードは速く、狭い廊下を易々と通り抜ける。
このままではすぐに追い付かれるだろう。
おそらくだが、ここの警備員として働いているからだろう。
この廊下も歩き慣れれば大した事はないだろうし、この廊下のマップも頭の中に入れているはず。
私は焦りながらも、前を走るアリスの手を引っ張る。
「速く──ッ!」
先程よりもスピードを上げ、会場を目指して進む。
だが。
「きゃ──!」
「危ないッ!!」
アリスちゃんの頭上に降ってくる棒を腕で弾き、勢いは緩めずに走り続ける。
それでも、男達はもうすぐ後ろまで迫っている。
それにしても乱暴すぎる。
聞く耳は持たないし、幼女にも容赦なく棍棒を振る。
どういう事だ。
狂ってしまったのだろうか。
「あ──!」
と、視界の先にパーティー会場への出口が見えた。
あの扉を潜れば、ユキトくん達のいるところへ辿り着ける。
私は自然と安堵の笑みが溢れる。
だが、油断してはならなかった。
「大人しく捕まれッ!!」
「──ッ!」
「お姉ちゃん!」
私の右腕が男に捕まれ、後ろへと引っ張られる。
反動でアリスちゃんと繋がれていた手が離れ、私と距離が置かれる。
「は、離して下さい!」
「おい、そこの子供も拘束するから捕まえろ!」
「──ッ!」
私はその言葉にハッとし、腕に力を入れ、捕まれていた男から離れる。
アリスちゃんを庇うように立ち塞がり、後ろに手で下がらせる。
「……アリスちゃん、会場に……茶髪でタキシードを着た男の人がいるはずです。緑色のワンピースの女性と一緒に。その人達に、私の状況を伝えてきて下さい」
「お姉ちゃんは?ねぇ」
「大丈夫ですよ。こう見えて、強いんですから」
笑顔で答えるが、アリスちゃんの顔は曇る。
感じる優しさに苦笑しながらも、前を向き、男達と向き合う。
「アリスちゃん、お願いします……!」
「…………うん!」
その声と共に遠ざかる足音。
これならきっと大丈夫。
あの子がユキトくんさえ見つけれくれれば、きっと彼は来てくれる。
信じている。
そういう人なのだから。
息を吸い、私が身構えると、男達は棍棒を握って迫ってくる。
「捕まえろー!」
「精一杯足掻かせて貰います!」
言い、私は足を蹴り上げた──。
「──あとちょっとだったですけど……」
私は薄暗く、狭い部屋の中でそんな事を呟く。
あのあと、できる限り抵抗はした。
棍棒を躱し、蹴り込むなどと得意技も発揮しまくった。
だが、4人の男に囲まれ、最終的には手首を後ろで縛られてしまった。
そのまま連れて行かれたのが、この部屋。
ほとんど何もないこの中で監禁し、どうやら上からの指示を待つという事らしい。
私は縛られた手をモゾモゾさせる。
だが、どうにもできない。
縄はほどけないし、リユさんに貸して貰ったナイフも太ももから引き出せない。
これはもう、機会があるまで待つしかない。
とはいえ、蹴りを得意とする私には足が空いている。
いざとなれば、どうなろうともここを抜け出し、ユキトくんと合流せねば。
そして。
「アリスちゃん、無事に行ければいいんですけど……」
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俺は会場内を見回ったあと、壁に寄り掛かる。
「何もなしか……」
怪しいやつがいないか、奇妙な罠がないか等、この中は隅々まで探ったのだが、なんの成果もない。
『ライフ』の足跡も見当たらず、今は普通のパーティー状態。
リユも既に食べ物に夢中なようで、ケーキを皿に取ったりと、忙しそうだ。
その様子にはため息が出るが。
ぶっちゃけ、邪魔な気もしてきたし。
「ん……?」
ふと、会場の奥の方を見る。
すると、何やら薄暗い裏道に入って行く人物が1人。
目深にフードを被っているから顔は見えない。
だが、怪しさで言えば十分だ。
「ちょっと行ってくる」
「んぇ?ユキっちー?」
口いっぱいに食べ物を詰め込み、リスのようになっているリユにそれだけ言い残し、フードの人物の後を追う。
「逃がさない」
低く、真剣な声音で呟き、俺は薄暗い廊下へと潜っていった。




