1章3話
3話~狙い~
「おっはー!」
モノトーンな部屋に突如響く声。
俺、稲垣ユキトはパソコンをいじっていたが、拠点の入り口の方を振り向くと朝にも関わらずニコニコしてリユが入ってきた。
「朝から元気すぎだろ…」
それだけ呟くと、再び視線をパソコン画面へと向ける。
だが、リユは俺の周りをウロウロして邪魔してくる。
「そんな暇だからってパソコンばっかだとネクラになるぞー!ユキっち、遊ぼうよ」
「仕事行け、仕事」
「今日はないもん。ねー遊ぼうよ」
テーブルの上でバタバタと駄々をこねているのが、とても年上とは思えない。
銃の腕がプロともなると、どこにその要素があるのか全くわからない。
そこで、ふと思い出す。
「なぁ…そういや俺ってお前の射撃見たことないよな」
「んー?そうだね。見たいの?」
「バカみたいな脳のどこに才能があるのか興味はある」
「バカ!?」
何気にショックを受けているようだが、俺は立ち上がって壁に掛けてあるいくつかの銃の中から適当に取り上げる。
「これでそこの的、撃ってみろよ」
俺が銃を投げると、両手でキャッチしたリユはニヤリと笑う。
「いいよー。けど、凄腕すぎて腰抜かさないでね!」
「抜かさねぇから」
そうして、リユは右手でゆっくりと銃を持ち上げる。
ダーツの矢のような的の中心めがけて狙いを定める。
──雰囲気がまるで違う。
いつものバカ元気とは違う、殺し屋と言えるほどの緊張感が漂う。
確かに、滝澤さんも絶賛するだけあるのかもしれない。
俺がこの組織、『トゥルース』に来た頃も「狙撃の事でわからなかったら何でもリユに聞くといい」と言われた。
だが、この先も気になる。
弾丸は的の中心に当たるのか──。
そう思った時、リユが引き金を引いた。
銃声と共に弾丸が見えない速度で走り、的を貫いた。
「ふいぃー」
再び間抜けな声を発したリユは達成感を味わっていた。
俺は壁際から的の側へと移動する。
「えっぐ…」
弾丸は見事に的の中心にはまっていた。
このブレのない銃の腕前は流石に否定することなどできない。
「バカでも才能ってあるんだな」
そう呟き、リユの方を振り向くと……
「ばぁん!」
「あっぶ…!」
リユは突然発砲し、俺の顔横を弾丸が抜けていった。
その弾も的へとめり込んでいた。
俺はのけ反り、思わず目を見開いた。
…今のは腕前を誉めている場合ではない。
「殺す気かバカ!」
「ごめんて!いや、けど私が外す事なんてないから大丈夫、大丈夫!」
「そういう問題じゃねぇよ!」
「ユキっちが珍しく怒ったー」
ズカズカ近付くと、リユは銃を元の位置へと戻して逃げる。
だが、すぐに追いかける気などなくなってしまった。
そういうキャラでもないし、生きているなら何でもいい。
リユが入り口の方へとちょこまか動いていると、その扉が開く。
「やぁ。ユキト君、リユちゃん」
入ってきたのは『トゥルース』のリーダーである滝澤さんだった。
黒いコートを着ており、俺よりもずっと年上の大人だ。
そして、その手には段ボールが抱えられている。
「おっはようハジメさん!その段ボール何?」
リユは興味津々で覗き込んでいる。
すると滝澤さんは笑ってこちらへと歩いてきた。
「これはキミのだよ、ユキト君。」
「もしかして、もう?早いですね。ありがとうございます」
「中古で売ってたから簡単に買えたよ」
テーブルの上にドサリと段ボールを置かれると、俺はすぐに中身を確認。
中から引っ張り出したのは、ブレザーにYシャツやズボン。
「これって制服?…あっ、この前話した学校内の暗殺の件?」
リユは思い出して身を乗り出す。
「そう。滝澤さんに学校の制服頼んでおいたんだよ。」
「全然いいさ」
制服を広げると、サイズはちょうど良さそうだ。
これなら簡単に学校内に潜入できる。
転校生として行き、そのまま制服も手に入れる計画も考えたのだが、それだと俺の情報が学校に残ってしまう。
それなら、授業なりなんなりは受けずに休み時間を利用して校内に紛れ込む。
そして暗殺すればいいという計画だ。
「それで、いつ行くんだい?」
滝澤さんが訊いてくるので俺は少しだけ考えると、すぐに答えを出す。
「今からです」
「「今!?」」
滝澤さんとリユが驚いて声をあげた。
それも当然だろう。
計画済みとは言え、行動が早すぎると思うのが普通だ。
「準備できたからさっさと行って終わらせてきます」
そう、準備完了なら面倒だから終わらせるのが俺のスタイルだ。
立ち上がって制服を手に、入り口へと向かう。
ドアノブに手を掛けたところで、後ろの二人へと振り向く。
「じゃ、いってくる」
「「い、いってらっしゃい…」」
未だにポカンとしている二人を放って、俺は外へと出た。
ーーーーーーーーーーー
拠点を出たあと、紺いろブレザーの制服を着て、俺は賑やかな校内を散策していた。
このターゲットのいる学校は、生徒人数が通常より多い。
特定の人を探すのは困難だが、聞き込みや情報を得れば数日で終わる。
なので、とりあえずは校内の把握ということで動き回っていた。
休み時間の校内だと校庭や廊下も人が談笑したり遊んだりしている。
「けど、また学校に来るとは…」
暗殺者に転向した際、俺は学校を自主退学したため、二度と学校に来ることなどないと思っていた。
こうして制服まで着て校内を歩くのは本当に予想外だった。
スマホを片手に、画面上に映っている写真の生徒を探す。
名前は早野ユズ。
相当な美人だが、仕事とあらば殺すのは仕方ない。
キョロキョロ周りを見回すが、やはり簡単には見つからない。
と、右肩にドンッと衝撃を食らった。
誰かとぶつかったのだ。
その相手を見上げると、190センチはありそうな高身長で筋肉質の生徒だった。
途端、周りからザワリとさる。
「ヤバいやつじゃん…あの人大丈夫かよ……」「あのデカイやて、握力エグいらしいぞ」等というヒソヒソした声が聞こえる。
すると、巨漢はジロリと睨んでくる。
「ぶつかったな…喧嘩売ってんのか?」
そう言って右腕を振り上げてきて──
「そういうのめんどくせぇから」
だが、俺は巨漢の右腕をペイっと振り払う。
落ちている物でもどかすようにすると、俺は再びターゲット探しへと集中する。
スタスタその場を立ち去ろうとすると、先程よりも辺りから一気に視線が集まった。
「なんだアイツ…」
巨漢が後ろでそう呟いたが、俺は特に気にしなかった。
「いない…」
俺は休憩がてら、校舎裏でスマホ画面とにらめっこしながらため息をついた。
休み時間いっぱいに探したが、見かけたと言う情報は得られなかった。
人数が多いので、この早野ユズを知っている生徒は少ないとは思ったのだがここまでとは。
まさか、今日は欠席しているなんて事はないだろうか。
そう悩んでいると、突如どこかから声がする。
「どいてください!」
その声は頭上からだった。
見上げると、3メートルはあろう木から人が降ってきた。
「はぁ!?」
思わず声をあげるが、その人物は何の構えもなく落下してくる。
このまま落ちれば重傷だ。
そう考えると反射的に両手を広げる。
すぐに俺の真上へ来たと思いきや、腕への衝撃と共に落ちてきた人は俺の腕の中にすっぽりと入る。
よく見ると、腕の中の女子生徒は淡いピンク色のロングヘアーの美少女だ。
そしてこの女子生徒が腕に抱いているのは野良猫。
女子生徒は目をパチクリとすると、ハッとする。
「お姫様抱っこですね。恋愛漫画みたいなシチュです!」
………………。
そんな能天気な事を言うので、俺は両手の支えを外す。
「うひゃっ!?」
女子生徒は地面にお尻から落下。
俺は両手でパンパンと砂を落とすと地面に落ちてしまったスマホを拾う。
「じゃな」
「ま、待ってください!」
その場を去りうとしたが、女子生徒は俺のブレザーの裾を掴んで離さない。
「ありがとうございます、受け止めてくれて。この猫が木から降りられなくなっていたので…」
「そりゃ助けられて良かったな」
お礼だけ受けとると、校舎裏から離れようとする。
だが、それでも女子生徒は離してくれない。
頑なに裾を掴んでくるのだ。
「まだ何かあんのか…」
「あっ、はい。見かけない顔ですよね…転校生ですか?」
そう言って顔を覗き込んでくる。
だが、俺は見掛けない顔だから転校生なのでは、と言う事に驚いた。
この学校の生徒数は多く、とても一人一人を覚えられるものではない。
何故そんな事がわかるのか…
そう思ったが、すぐに質問の答えを返す。
「まぁ…そうだな」
「そうなんですね!」
女子生徒はパァッと笑顔になる。
「それじゃあ、学校案内してあげます。ここ、とても広いですよね」
そう言ってスキップしながら先導しようとする。
「ちょっ…勝手に……ああ、まぁいいや。そもそも、名前は?」
こちらとしては学校の案内をしてくれるのは校内の把握をするのにありがたい。
だが、相手の事も知っておく必要がある。
特に、人への信用なんてないのだから少しでも情報が欲しい。
女子生徒はくるりと振り向くと、微笑む。
「早野ユズです、よろしくお願いしますね」
「………は?」
予想外過ぎた。
早野ユズ、それは俺の探していたターゲットの名だ。
同姓同名の人かと疑ったが、そうではない。
スマホ画面の写真を見れば即座に確認できた。
画面に映るのは、やはり全く同じ容姿の早野ユズ。
そこでやっと気付いた。
この木から降ってきた女子生徒こそが俺のターゲットである早野ユズなのだ。