1章 章幕1
章幕1
既に時刻は7時近い。
辺り一帯は夜の闇に染まっている。
激戦の後、校内に残された『トゥルース』の痕跡を消した。
そうして状況が落ち着いた頃、ユズと共に校庭へと出る。
だだっ広い校庭には、アユが避難させた部活中だったと思われる生徒や教師がざわめいている。
ちなみに、何があっても警察に通報するなとアユに釘は指しておいた。
「ゆっちゃん!」
俺の隣で歩いていたユズが一人の女子生徒を見つけると、走り出す。
「あっ。ユズ!?」
サイドテールに髪を結っているユズの同級生であるアユだ。
そう。
俺は目の前にいるただの女子高生に生徒の避難という大役を押し付けたのだ。
だが、それもこれもユズのためだったのだから、彼女にとってはそれが本望だったのかもしれない。
アユは常に、ユズを気にかけていた。
こうして今、ユズに抱き付いているのもその証拠だ。
「こんなに良い友達っているもんなんだな」
俺は苦笑した。
俺が学校に通っていた頃は友達なんていなかった。
むしろ、誰一人として関わってこようとしなかった。
だから俺自身も人を避け、孤独に生きてきた。
だが、『トゥルース』という殺し屋達──つまりは素性を明かさないような人と共にいるのは気が楽だった。
「ゆっちゃん……ちょ、苦しいです」
「心配させたユズが悪い!」
アユはユズに引っ付き、離れようとしない。
ぎゅうぎゅうとユズを抱く腕に力を込めている。
──本当に、仲が良いな。
「……心配させたんだから、罰ね!」
「え!?」
アユはようやく離れ、ビシッと指を向ける。
「呼び方、変えて!」
「よ、呼び方ですか……?」
「そう。〝ゆっちゃん〟ってのもいいんだけど……こう、ラフで親しくしよ」
「ら、ラフで親しく……?」
ユズは戸惑い、オロオロしている。
アユはそれに構わず、ユズの肩を掴んだ。
「アンタはこれから私の事〝アユ〟って呼ぶの。アユね。はい、リピートアフターミー」
「えっと……あ、アユ」
ユズが名前を呼ぶと、呼ばれた本人がパッと顔が明るくなる。
「うん!そう、それで良いの」
「くすっ。わかりました」
二人して、笑っている。
なんとも微笑ましい。
やっぱり、ユズはこうした日常の方がずっと似合うだろう。
「──ユキト君」
ふと、俺を呼ぶ声がした。
後ろにいた滝澤さんだ。
俺はそれだけで意図を読み、頷く。
「あ、ところでユズ。あの人達って何なの?そもそもアンタ達、どこに行ってたわけ?」
「ああ、それなら、ユキトくん達は私を助けてくれ……て……あれ?」
ユズが後ろを振り返っても誰もいない。
当然だ。
俺達はもう、気配を消してその場から去っていったのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
高校で、アカネの脅威からユズを守るべく奮闘した日の翌日。
俺は路地裏にある『トゥルース』の拠点にいた。
細い廊下を歩き、改めて自身の状態をチェックする。
「思ったよりすぐ治りそうだな」
骨折したと思っていた左腕は骨と骨がずれていた。
何度もそういう経験があり、感覚も掴めるため無理矢理はめた荒治療だが、大丈夫だ。
実は、滝澤さんは医者の免許を持っている。
もちろん目的は殺し屋として病院に潜入したりする時に使うのだが、負傷した時には治療できる。
その滝澤さんにも体の傷を見てもらい、異常もなかった。
治療法にもほとんど問題なし。
今は深い切り傷に包帯を巻いているだけ。
その傷口をそっと触る。
「これも数日で傷は塞ぐ」
──しばらくは無理な仕事はしないようにするか。
そう思い、俺はまだまだずっと奥の廊下へと進む。
「──よ。……そんな警戒しても殺しはしないぞ、まだだけど」
「あら。まだ、なのね」
俺が行き着いた部屋には一人の女子高生が。
ここは今は誰も使わない狭い小部屋。
ベッドが1つと水の入ったペットボトルが置かれている小机があるだけ。
だが、ベッドのシーツは真っ白だし机にホコリだってない。
シンプルというだけで汚くないので多少我慢すれば過ごせるだろう。
そのベッドに腰掛けて制服を身に付けているのは俺達を殺そうとしたはずの敵である瀬川アカネ。
彼女との激戦のあと、俺は部下として引き入れる事を決めて無理矢理ここまで連れて来たのだ。
アカネに雇われて俺達に襲いかかってきた集団は拘束して動けなくしたり、中には殺してしまった奴もいるので置いてきた。
あの後警察が駆けつけたらしいが、アカネの口止めで俺達の事も口にはしないだろう。
そして、今の彼女は昨日とは違い、剥き出しの殺意こそないが警戒しているのは明らか。
俺は部屋のドアを閉め、アカネと向き合う。
「それで、何しに来たのかしら。殺し屋さん」
「……昨日の話の続きだ」
俺は単にそう言い、話し出す。
「もう一度言うが、お前には俺の目的の手伝いをしてもらう」
「部下、だったかしら……断ったらどうなるの?」
「殺す」
そう告げると、アカネは驚くも怖がるもせずに頷いた。
「………ん、確かに私は負けたわ。でも、やり方は卑怯だったし腑に落ちないわね」
「何回でも言う。俺は暗殺者だ、暗殺者はターゲットに死ぬ瞬間を悟らせないのが普通。今回は殺さなかったが、あの時ならお前の脳みそ貫くこともできたぞ」
「……それもそうね」
アカネはしばし顔を伏せて考えるようにしてからこちらを見上げる。
「そもそも、私がまたコッソリ策を立ててあなた達を殲滅させたらどうする気なの?」
「そんなの処刑すればいい。裏切り者として」
俺は暗殺者。
もし、アカネが俺達に手を貸したとして裏で計画を企てていたとしてもそのくらいは気付ける。
振る舞い、表情、呼吸……全てで嘘だって見抜ける。
だからこそ、敗北させてアカネを引き入れる。
「それに」
俺は一瞬の沈黙の中、口を開く。
「滝澤さんが言ってた、お前の母親の真相を知りたくないか」
アカネは完全に黙ってしまった。
数秒、沈黙が続いた。
だが、やっとアカネの口が動いた。
「……あんな奴の言うこと、聞きたくないわ」
そう言い、一呼吸置いた後。
再び彼女が立ち上がって話す。
「だから、あのクソ早野の言った事も全部私が確かめる。そのまま鵜呑みにする気はないわ」
「来るか?」
俺は口角を上げて手を差し出すと、アカネはその手を握る。
「ええ。……あなたはまだマシよ。けど、早野は遠ざけといて」
「ハッ。わかったわかった」
俺は再び廊下を歩く。
だが、今はアカネも連れている。
「──いい?もっかい言うけれど、私があなた達に手を貸すのは早野の言った事を確かめるのと早野の弱みを握るためよ」
「うるせぇ。わかったから少しは黙れ」
さっきから、アカネが後ろからこの言葉を繰り返してくる。
敗北が本当は悔しかったのか、何回もグチグチ言ってくる。
もう無視して目指していた部屋のドアを開ける。
「アオト、生きてるか」
冗談半分の言葉と共に医務室の中の青年がベッドから体を起こした。
頭や腕に包帯を巻いて酷い怪我だ。
だが、彼も殺し屋。
鍛えているし、とっくに人間を越えているので数日もすればすぐに完治するだろう。
「ユキトか!生きてる生きてる。むしろ、元気になり過ぎて彼女とヤりまくりたいくらいだよ」
「一回死んで来い」
心配した俺がバカだったと思う。
こいつはこういうやつだ。
今でも、片手に持っているスマホでは彼女とやりとりしていたらしい。
すると、俺の後ろにいるアカネに気付いたらしく、体を前に傾ける。
「おっ、僕らを狙っていた女子高生かい?へぇ……やらかした事に似合わず見た目は可愛いんだね」
「ねぇ、この人なんか気持ち悪いわ」
「ああ、たまにマトモな事言うくせにこうなんだよ。コイツはムカついたら蹴っていい」
「ええ!僕、そんなにキモいかな!?」
わりと元気そうにアオトが騒いでいる。
良かった。
いつも通りだ。
今までは、彼は俺と同い年なため、ちょくちょく男同士でゲーセンに行ったりしていた。
同じ『トゥルース』のメンバーだし、心配にもなる。
殺し屋になる前は周りと関わることもないため、人を心配することなんてなかったのと比べれば自分でも変わったと思う。
「──やぁ。皆、何しているんだい?」
「やほー!昨日はお疲れ!」
すると、医務室に滝澤さんとリユが入ってきた。
相変わらずリユの天真爛漫さはいつも通りだし、滝澤さんも変わりない。
途端、アカネはさっと部屋の奥に移動した。
睨んでいるのは滝澤さん。
──ま、それもそうか。
今なら全員揃っている。
説明するなら今だろう。
「ちょうどいいし、聞いて欲しい。アカネの事だ」
俺がアカネを指差すと、空気が引き締まる。
「その子、どうするの?」
「コイツは利用できる。こっちのメリットとしては、アカネは金がある。昨日みたいに集団を雇えるぐらいにな。だからそれを使う、例えば殺しで必要な物を準備すると時だ」
「けど、彼女がこちらに手を貸す理由はあるのかい?」
アオトの疑問に俺が答え──ようとすると、それより早くアカネが前へ進み出る。
その目線は滝澤さんへと向いていた。
「アンタの言ってた事を自分で確かめるためよ。私のお母様が何をしていたのか話してくれたら、それの真偽を『トゥルース』の情報源から判断する。それと同時に弱みを握らせてもらうわ」
滝澤さんはアカネの答えを受け、ゆっくり頷いた。
「と、そういう事だ。いいか?」
俺が確認を取ると、アオトが「じゃあ最後に……」と手を挙げた。
「瀬川アカネが裏切った場合、どうするんだい?」
「それは決めてある。即殺す」
「うわぁ……ユキっち、可愛い女子相手にそんな事スパッと言っちゃうんだ」
「私は別に言われてもなんとも思わないわ。当然だもの」
「ええっ!キミ、すごいね……」
リユが変なところに驚いている。
だが、これでまとまった。
瀬川アカネは部下──いや、こちらの裏の一員のようなものだ。
「あ、あとアカネ。これから帰るか?」
「いえ、警察に今回の件がバレたらマズイから森の奥の別荘に行くわ。」
身を隠すという事か。
確かに、それなら自身の安全を確保できるだろう。
「わかった。なら、場所を教えろ。用があったら行く」
「ええ、これよ」
事前に用意してあったのか、ポケットから紙切れを出す。
これでようやく、全てが終わった。
ふっと力が抜けそうになる。
それでも、これからまだまだ仕事はある。
俺は殺し屋──暗殺者なのだから。
「さて、まだ依頼があったか」
俺は伸びをして、武器片手に部屋から出た。




