1章10話
10話~裏~
「──皆、装備類は持ったかな」
滝澤さんが立ち上がり、確認する。
町の路地裏の建物、その地下の拠点。
今はメンバー全員が揃った状況だ。
そう、何故なら今日が作戦決行日。
そして『トゥルース』総勢で挑む殺し。
俺を含め、滝澤さん、リユ、アオイは顔を見合わせる。
「オッケ!ばっちし準備したからね!」
「僕も大丈夫、むしろ少しウズウズしちゃうかな」
「お前らはむしろ元気過ぎだろ」
リユ、アオイも問題はなさそうだ。
俺は滝澤さんへと振り向き、真剣な眼差しで言う。
「そんじゃ作戦確認もしましょう、滝澤さん」
「うん、じゃあそれはユキト君に任せるよ。今回はキミが中心だからね」
滝澤さんの言葉に頷き、俺はノートパソコンを開き、開いた計画ページに記された文をつらつらと読んでいく。
「まず、アカネがユズを誘い込む。そしたら俺が──」
ーーーーーーーーーーーーーーー
校舎の一角。
そこで私の他にも1人、女子生徒がちょこんと立っている。
ピンクの長髪を窓から吹く風に揺らしている憎々しい相手。
早野ユズの表情は曇っていた。
私は窓から乗り出し、景色を目に入れているが、頭の中は早野の事ばかり。
それも〝どうやって苦しめようか〟と。
私の後ろに突っ立っているままの彼女は何を考えているのか。
もしかしたら、私が仲良く話そうと言った事に疑問を持っているのかもしれない。
早野の勘は鋭すぎる。
昔、何かあったとは聞いたが、その詳細は知らない。
だがそのせいで相手の心を糸も容易く見透かし、嫌でも真実を目の当たりにしてしまうのが早野ユズ。
もちろん、私が敵意ばかりを向けていることにも気付いているはずだ。
私は窓から早野へと向きを変える。
山地の校舎からの絶景を背に、口を開いた。
「早野、やっぱり憎いわ」
「……はい」
目の前の凶敵は真剣な眼差しを向けて聞いているだけ。
「あなたの事、ほんとは何を言おうと大嫌い」
「………わかってます」
「ぶっ潰しちゃいたいわ」
「………はい、やっぱりそうですよね」
「……ねぇ、あなた…今日はちゃんと聞いてるのね」
そう、早野は昨日とは違う。
俯いているのではなく、受け止めるようにこちらを見つめている。
両手こそは震えているが、スカートの裾をキュッと握り抑えている。
「わ、私……ちゃんと言わなきゃいけない事言わなきゃって思ってたんです」
「何?」
早野は緊張からか、額から汗を滲ませている。
1粒の汗が頬を伝っていく。
それでも、早野は胸の前で片手を握り締めて言う。
「私は何もやってません、悪くありません!」
ハッキリと、そう叫んだ。
早野の声が静寂な放課後の廊下に響き、私の耳にも焼きつけてきた。
「……な、何を今さら」
「確かに、お父さんを止めるべきだったのは私です!」
私が言おうとしても、早野は声を被せてくる。
「それでも、お父さんはいなくなる直前まで殺し屋になるっていう事実を伝えなかったんです……私のために!」
「は……はぁ!?」
「お父さんは、自分が殺し屋になる事を伝えればそれを知っている私が責められるってわかってたんです、当然です!」
「でも!」
「瀬川さんのお母さんを殺したのは私じゃないんです!」
「ッ……!」
思わず言葉が詰まる。
だが、それで引き下がれない。
早野がなんと言おうと、早野家は滅ぼすべきだ。
殺し屋の父親に人を簡単に殴って気絶させる事のできる娘。
こんなのを生かしておくなんてできない。
「私に……もう構わないで下さい!!」
最後に、早野はそう叫んだ。
今まで、彼女はこんな事は言わなかった。
いつ、いつだ。
昨日までただ狼狽えていた彼女はいつ、どこでこんな度胸を手に入れたのか。
「あなたねぇ……!人殺しの娘でしょう!?」
「お父さんの事情もあったと思います!それでも私はただの娘です、何もしていません!」
おそらく、何度言ってもダメだろう。
早野をいくら私が責め立てようと折れる事はないのかもしれない。
本当に、いつの間にかこんなに生意気になった。
──ああ、もう始末しちゃえばいいのね
「……死んじゃないなさいよ」
「瀬川さん……?何を……」
私はバッと左手を挙げた。
人差し指を立て、遠くからでも見えるよう。
そう、これが暗殺の合図だ。
これで、早野はあの殺し屋の手によって命を奪われる。
やっと。
やっとだ。
憎き相手の1人。
娘を殺せば、もしかしたらどこかで知った早野の父親も悲しむかもしれない。
それでいい。
彼女の……早野家が滅びるなら。
「………え……どうして何も……?」
だが、私が合図をしても何も起きない。
静かな廊下。
平然と立っている早野。
何も起きていない。
どういう事だ。
まさか、まだ殺し屋は来ていないのか。
そうとなってはマズイ。
目の前の早野に作戦がバレる可能性がある。
「こうなったら、私が……!」
私はブレザーのポケットに手を突っ込む。
そこから取り出したのは折り畳んであった小型ナイフ。
一応と思い、護身用で持ってきておいたのは正解だった。
刃は窓からの日差しでキラリと光る。
「せ、瀬川さん……!」
これには早野も動揺したようで、1歩だけ後退る。
「いい?あなたは大人しく、そこで……!」
「はい、そこでストップ」
突然廊下に響いた1つの声。
だが、ここには早野と私しかいない。
二人して周りをキョロキョロと探していた時、窓から人影が見えた。
2階にも関わらず窓枠に手を掛けて、廊下へと入ってきた1人の殺し屋。
そう、黒いコートに身を包んだ稲垣ユキトだ。
「殺し屋さん!やっと来たんですね」
命を絶つプロが登場した事で、思わずパッと笑顔になる。
すると目の前の殺し屋は窓からスタスタ歩いてきた。
「さぁ、早く!早野を殺して……」
「よく言ったな、ユズ」
そう言い、私は手を差し出すも殺し屋は通り過ぎる。
そして殺し屋は隣に立った。
私の隣ではない。
本来なら協力して抹殺すべき相手。
──そう、私の憎き相手である早野を庇うように。
「お前を殺すんだ、瀬川アカネ」
裏切りの殺し屋はダガーの刃先を突き付けてきた。
少し、次の更新が先になっちゃいますが、1週間以内には更新します。




