4-4 情報:全容
「_______________ん、ごほん。静粛に!静粛に!」
コヅエの声が混じり気ない静寂の中を響いた。
相も変わらず青に包まれた世界、椅子に座した私の目の前には黒板とコヅエが立っていた。
「何も、誰も喋ってないけど」
「自分は形から入るタイプなんですよ。こうしてメガネをかけ、それらしい言動をすることによって、私のやる気は著しく向上します」
「ああ、そう」
どこから取ってきたのか、教鞭を片手に持って自信満々にそれを振り回している。
嘆息しながらも、私は黙ってその様子を見守った。
「さて、ではまず海上へと上がる前に状況の確認です。自分らが現在どういう状況で、今からどういった場へと向かおうとしているのか」
「……。」
「そこのナルカさん。まずは何が知りたいですか」
「……まずはその、海上の様子かしらね」
「よくぞ聞いてくれました!上の世界。そうそれは、ズバリ形容するなら蒼の世界!海と青空に包囲された_______________」
「いいから、もっと具体的にいいなさいよ」
「えぇ……はい。上の世界はほとんどが海に覆われています。“陸”と呼ばれる地上も、1割にも満たない……というより1つしかありません。それ以外は海です」
コヅエはあからさまに気分が乗らないといった様子で黒板に図を書き込み始める。
「これが今の世界の本来の姿……ですが、今はあちこちに島が浮遊していますね。これには特に呼称はありませんが“浮島”とでも呼んでみますかね」
「浮島がこうして出現している原因は、竜人族の力を使って魔空石の力を解放しているからです」
「なに、その魔空石ってやつ……?」
「海底の神を封じている方の神。その力を内包している」
「それをしてるヤツらが悪者ってわけ」
「竜人族にしかこれは出来ないので、強制させている奴らがいるんでしょう。それこそが自分たちの敵で、海底の神の手先です」
分かりやすくていい。
とりあえずその魔空石とやらを集めようとしている輩が敵というわけだ。
「でも、どうも話はそう単純じゃないらしいんですよね」
「もう少し、複雑ってこと」
「“陸”の人間は浮島の出現による利益のために動いてるんです。どうも、海底の神のことはまるで知らない」
「知らずに封印を解く手助けをしてるって?迷惑なヤツらね」
「ええ。ですが、海底の神の存在は“陸”が崩壊したその時代から、竜人族やその時代に神を直接目にした者達が教え伝えているはず……つまり、事実は時の流れと共に神話じみた話と化している」
「神話って……その神が現れたのはいつの話なのよ」
「今から……確か、2000年?くらいは前かと」
2000年。
確かにそれくらい前の話となれば、記録として残っていても現実味はない。想像するに難いだろう。
だが、“陸”の人間にとってどれだけ突飛な話だったとしても、浮島が現れるという超常的な現象が起きているのだ。
信憑性はあるように思えるが。
「神達の存在は事実として、文献としても“陸”に残してある。それで今の状況ということは……“陸”には、とっくの昔から海底の神の手先が潜んでいるようなんです」
「手先?こんな深海からどうやって手先を送り込むのよ」
「操れるでしょう。ナルカさんが身をもって体験したように、奴は眼と、この海水を通してなら生物の意思を操れる」
「……そういえばそうね」
「時間をかけて、ゆっくりと、手先は“陸”にある記録を消していった。大昔の記録が1つ消えたところで、きっと人々は大して気に留めない」
神が存在し、それによって今の世界は作られた。
そしてその神の存在が、今の世界の平和を保っている。
そんな記録を、今現在を生きている人間達がいつまで考えていられるだろうか。
世界のことばかりを気にしていられるほど、人間というのは凄いものではない。
「そうして、今の状況が出来上がった。なんと嘆かわしいでしょうか」
「待ってよ……そんな重要そうな話、なんでアンタが全部把握してんのよ」
「そりゃあ、一度知っちゃったら忘れられないでしょう。こんな突飛な話」
「あ、ここにその記録が残ってるってこと?」
「いや、自分は神が陸を崩壊させていく様をこの目で見ています」
「え……?」
この目で見ている、それは神が居たという神話的な話を、ということ。
それはつまり……。
「アンタ、見た目は10と、ちょっとくらいに見えるけど」
「2000年、くらいですよ。言ったでしょう?竜人族は時を司ると」
2000年、おそらくはそれ以上。
彼女は当たり前みたいに言ってのけたが、そんな簡単に言って良いものではない。
その時の中を、彼女は生きてきたという事だ。
「待ちましたよ。この青の中でずっと……って、そんな自分の歳の話はいいんですよ!恥ずかしぃ!」
「……。」
「陸の一部であった島がこうして海底に沈んでいるのは、海底の神により崩壊した瞬間に、その上にいた生き物諸共、封印の神が時間を止めているから。ですので、浮島にいる人々はこの世界の話など分かりません」
コヅエはぐっと拳を握った。
「自分達くらいしかいないんですよ!この状況を変えられるのは!」
「……分かった。もう、大体分かったわよ。今私がここにいるのがどれだけ大事なことなのかは」
「ええ、そうです。本当に、貴女は世界を救える唯一の存在なのですよ」
私は、黙って頷いた。
コヅエはその様子を確認すると、持っていた教鞭をポイッと放り投げ、その場に腰を下ろした。
救ってやろう、その世界を。
そういう私の意思が、ちゃんと伝わったのだろうか。
「ということで、善は急げです。この島を海上へと押し上げる準備をします。いいですか」
「今もこうして封印が解けてるってんなら、いくらでも早い方がいいわね」
「ふふ、切り替えの早い人で助かります」
胡座をかいた体勢で座るコヅエ。
彼女の身体から淡い光の粒子のようなものが徐々に出始めた。
やっと。
そう呟くと、その体は光の中へと満たされていく。
「実は」
「ん……?」
「実は、封印の神はこうなるのを見越して2つ、事前に策をとっていました」
「一つはこの島、事実を知っている竜人族を何人かこうして隠しておくことで、万が一に備えておきました」
「あと、もう1つは?」
「万が一海底の神が復活した時のため、それを討伐出来るほどの強き戦士達を育てる浮島。それは封印の神自身を核として、空を漂っているはずでした」
「……!」
「“英雄の島”それは、そう呼ばれていました」
“英雄”になりたいと、皆が目指していた。
今でも覚えている。
“村”にいた皆はそのために強くなろうと目指していた。
「同じ志の下で自分達は生まれたのです、同志よ」
“英雄”その言葉に込められた本当の意味を理解した。
それが出来たのはきっと、今は私だけだ。




