3-9 ツブヤキ
マーマやガルーグが居る部屋とは別室。
今にも殴り合いが始まりそうな険悪なムードの部屋が一つあった。
「……。」
「はぁ……」
嘆息する男とそれを睨む竜人族。
そして、部屋に置かれたベッドに横たわる鱗人族の姿がそこにはあった。
数十分に渡る沈黙、それは突如訪れた人物によって破られた。
「おはざーす、ってなにこの鬱いフインキ」
入ってきた白衣の女は、堂々とした出で立ちで部屋の中心へと歩いた。
「ディアーヌか……うるせぇのが来たな」
「ニクス坊……口悪っ!ガルーグに言われて来ただけなんですけど。何、これどういう系な状況?」
「昨日の報告で聞いた、3名の脱走した奴隷を捕まえたんだよ。偶然この宿に泊まってたんでな」
「それがこの2人、と」
ディアーヌと呼ばれた女性は腰に手を当て、辺りを見回した。
ベッド上に寝込む鱗人族、そして。
ディアーヌの目線はすぐある一点で止まった。
「お……ん?!ちょ、ちょちょ、え?なんで?なんで?そこのハニー、竜人族?!」
「……だったらなんじゃ」
「え?え?え?嘘、待って、マ?マ?」
「なんだ急に、うっせぇな」
途端に、ディアーヌは異様なテンションを保ったまま、部屋の隅で座るツルギへと近づいた。
荒い息遣いで這い寄ってくる彼女にツルギは顔をしかめる。
「はぁ、はぁ、はぁ、竜人族たん、フードで見えないけど、そのお角はどんな形してるのかな?見せて、ほしいな?!」
「う、気色悪いのじゃ!儂は貴様の機嫌を取るためにここにおるのではない!」
「幼い見た目にそぐわず厳格な言葉遣い……推せる!はぁ!はぁ!採血していいかな?ね、ねぇ、採血していい?!」
「こ、断る!近づくな!近づくなぁ!」
「先っちょだけ!先っちょだけでいいからぁ!」
「やめろ馬鹿」
暴走気味だったディアーヌはニクスの水平チョップによって倒れた。
いつの間にか取り出されていた注射器がカランカランと音を立てて、床を滑っていく。
「いった。本気じゃん、容赦な」
「多少は包み隠せ……副隊長からの命令だ。そこの2人には手を出すなだと」
「……亜人を、ガルーグが?どういう風の吹き回し?」
「だよな。あの革命軍は全員殺すような奴が、脱走した亜人の奴隷をおいそれと逃がすはずがねぇ」
「……ってことは今ガルーグと話してる3人目が何か_______________」
ディアーヌがそう話し始めた瞬間、他2人の顔が強ばった。
再び静寂がこの部屋に訪れた瞬間である。
「え?なに、その人そんな化け物系な感じなの?」
「……。」
「いや、まあ確かに戦闘力に関してはガルーグに匹敵するような化け物地味た女だけどよ」
「女なの?!」
「は……いや確かにそれもヤベェが、あの女のやばさは、そういうベクトルじゃねぇんだよ」
ニクスは汗に滲んだ額を拭うと、とある方向に指をさした。
指した方向には、ベッドに横たわる鱗人族の姿。
「なあディアーヌ。あの鱗人族、さっきまで死んでたって言ったら信じるか?」
「……どゆこと。さっきまで、死んでた?」
「俺様が殺した。確かに死んだはずだった。それなのに、生き返ったんだよ。その女の力でな」
薄々勘づいていながら、ディアーヌはその首を傾げる。
人が生き返るなど、この世界のどんな技術を駆使しても不可能だ。受け入れられるはずが無い。
しかし、同時に2人の頭にはそれが起こっている瞬間が想起されていた。
〜〜〜〜〜〜
数時間前。
「おい……おい!ザッド!」
血塗れの鱗人族を抱えながら、ツルギは叫んだ。
動かなくなった肉塊にひたすら声を投げている。
だがしかし、その声に返事は届かない。
「ああ?ニクス、どういうことだ」
「殺したんですよ副隊長殿。そこの鱗人族は殺していい命だったんでね」
「ザッド!勝手に死ぬな!まだお主には礼を返しておらんぞ!おい!」
涙に揺らぐツルギの瞳孔。
いくら揺すっても、その状況は変わるはずもなかった。
そんな中、マーマは少し困った顔で鎖を解き立ち上がった。
「ザッド、死んだの?」
「マーマの知り合いか?悪ぃ、ウチの部下が勝手にやっちまったみたいで」
「謝るならザッド本人に謝りなよ……どいて」
マーマは波のない声でガルーグ達を押し退ける。
そのまま特に揺らぐことなく、散歩道でも歩くみたいにザッドとツルギの近くまで歩いた。
「マーマぁ……すまん。儂に、儂にもっと力があれば!ザッドを守れる力があれば……!」
「大丈夫だよ。ツルギが謝ることじゃない」
そうして、マーマはザッドの遺体に触れる。
その死を慈しむわけでもなく。
死んだ彼を哀れむわけでもなく。
「誰も、そんなに悲しむことも無いから」
なんの感情もないみたいに、マーマは呟いた。
「ーーーーーーーーー。」
「……え?」
遺体に触れた場所を中心に、不思議な光が溢れ出した。
〜〜〜〜〜〜
気づけばザッドは元通りになっていた。
今は意識こそないが、命に別状がないどころか、それまでにあったはずの外傷が全て消え失せていた。
本当に、何事もなかったみたいにベッドの上で寝息をたてているのだ。
「何それ、本当に言ってんの?死んだ人を生き返らすなんて」
「あるんだよ。実際に見た。しかも、ウチの副隊長は見慣れたような顔で眺めてたぜ」
「何、それ」
「“奇跡”ってガルーグは呼んでたぜ。でも、分かるのはそれだけ。あの女は化け物だよ。多分正真正銘のな」
「……マーマは化け物などではないわ」
どこか諦めたような調子で語るニクスに、ツルギは批難するように呟いた。
ニクスはその反応に青筋をたてながらも、ディアーヌに宥められている。
「そんな力ではない……あれは、あれが出来るのは……」
ブツブツと独りごちる。
ツルギには心当たりがあった。
それは本来、人間が持てるような力ではない、とツルギは知っていた。
『カミハソコニイル。』
マーマの唱えた詠唱が竜人族の言語であることは、この部屋の中ではツルギしか知らない。




