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3-8 よかった

 

「おい、ニクス。お前何朝っぱらから騒いでんだ」


「ふ、副隊長?!」


 男が声を上げる。

 低く響いたのはドアの向こう、私の足を掴んでいる張本人だ。

 掴む力は尋常ではない。

 血管の浮いた腕には、全く離す気が無いようだった。


「っ……離して!!」


 掴まれていない方の足先を飛び上がらせ、ドアから伸びる腕向けて突き刺した。

 硬い筋肉は鉄のよう。

 だが確かなクリーンヒット。


「_______________?!あがっ、いってぇ!!」


 堪らず離された足首。

 当然、宙ぶらりんだった私の身体は床に落ちた。


「あてっ。ツ、ルギぃ!とりあえずザッド連れて逃げよ!」

「あ、あいわかった!!」


 すかさず身を起こし、部屋中に視線を投げる。

 見るべきは部屋の隅でザッドを背負うツルギとガラス張りの窓。

 外にいる騎士など考えている暇はない、と走りだそうとしたその瞬間


猟犬(ハウンド)拘束(バインド)”」

「……!!」


 どこからともなく現れた鉄鎖の群れが私を覆い尽くした。

 咄嗟に身をくねらすも空しく、鎖に絡め取られた私の体は身動き取れず、再び床に突っ伏してしまった。


「大丈夫かマーマ!」

「動くなよ竜人族。それ以上窓の方に近づいたら、この女の首元を裂く」

「お、おのれ……!」

「てかどの道、外出ても無理だろ?顔も割れてんだから島からそうそう出られねぇよ」

「ダメだよツルギ!とりあえず」

「やめとけって、何してもウチの副隊長が_______________」


 ガチャリ

 なんてことの無い生活音と共にそれは現れる。

 木の扉が開かれ、その先にいた人影が気の抜けた瞳で部屋へと入ってきたのだ。


「オレがなんだってんだよ」


 屈強な出で立ちと金色の頭髪。

 見慣れた姿が、聞きなれた声で。


「……ガルーグ」

「あん?」


 思わずその名を口に出した。

 ガルーグは寝ぼけ眼でゆっくりと見下ろすと、すぐに私を見つけた。

 一瞬目を見開き表情を歪めたと思うと、困ったような声を彼は漏らした。


「っ、あ?マー、マ、か」

「ええっと、久しぶり?」


 どう返していいのか分からなかったのか、私から出る声はぎこちなかった。


 〜〜〜〜〜〜


「ねぇ、昨日いた鱗人族覚えてる?」

「昨日?どこですか?」


 灯りのついていない部屋の中、2つの声は虫のような声量で声を交わす。


「路地裏。ほら、騎士から逃げてた時」

「ん?……ああ!あの時ですか」

「ちょっと声がでかい。2人が起きちゃう」

「あ……へへ、すいません。で、それがどうしたんです」

「そいつ、ザッドじゃなかった?チラッとしか見てないからよく分からないんだけどさ」

「ザッド……ザッドザッドザッド……?うーん」

「ほら、まだ革命軍に入る前に会ったでしょ?初めて外に出た時に来た島で会った」

「でも、鱗人族なんて腐るほど会ってますよ」

「マジ?はぁ、アンタほんと自分以外に興味ないのね」

「えへへすいませーん」

「ん……ザッドがどうしたデス?」

「あ、ほら起きちゃったじゃない」


 布の擦れる音と共に、仄暗い部屋で新たな影がのそのそ動いた。

 透き通った流水の声色で彼女は話に加わる。


「昨日ね、ザッドに会ったかもしれないの。私達」

「ザッドに?この島でデスカ?」

「メネちゃんの目が正常ならですけど」

「あ?」

「はいごめんなさい」

「ふふ……でも、それが本当なら嬉しいデス。ちゃんと自分の言葉でお礼が言えるデスから」


 小さな影は目を擦りながら、薄く笑った。


「そうね、ハヤ」


 〜〜〜〜〜〜


 一変して、静まり返った部屋……そこには私を含めた2人の人間しかいない。

 締め切った扉と窓、部屋に置かれているのは2組のベッド。

 そんな部屋に男女が二人いて何も起きないはずがなく……」


「相変わらずの脳内お花畑か?起こりえねーんだよ。んなもん何もかも」


 心底呆れ返った様子でガルーグは私の頭を叩いた。

 懐かしい感覚がじんわりと私の精神に浸透していく。

 その無理に悪ぶった低い声も、なんだか可愛らしいものに思えてくる。


「えへ、へへへへ」

「うおっ!なんだ気持ち悪ぃ」

「だって久しぶりに“村”の人に会えたんだよ?嬉しくてさ」

「へぇへぇ、そりゃよござんした」

「照れんなよォ!ガルーグも嬉しいんだろぉ?ういういうい!」

「うぜぇ」


 肘でガルーグを小突きまくる。

 変わらない。あの時のままだ。

 それだけで、笑みがいくらでもこぼれた。


「てか、こんなとこで何してんだよ。お前空警団(うち)で指名手配されてるみたいだぞ」

「つい昨日からだよ。そっちの騎士さん達は働き者みたいでさ」

「こっちとしては、あの二人含めて捕まえなきゃなんないんだが」

「……捕まえるの?」

「やんねぇよ。お前が暴れてウチのもんが大勢怪我したら面倒なんでな」

「え、ありがとう」

「自惚れんな。見逃すのはこの島限りだからな」


 ガルーグは嘆息しながらそっぽを向いた。

 彼なりの情けだろう。騎士という立場でありながら甘さが抜けきれていないのが、彼らしいと思った。


「てかこっちで出世してんじゃーん。副隊長?なんだってね」

「るせぇ」

「元気にやってるならさ、私も嬉しい。また色々治まったら、ちょこちょこ顔出しに行くよ」

「……お前は何も思わねぇのか」


 突如、ガルーグの態度は珍しくしおらしいものに。

 申し訳ないように、目線を床に伏せている。

 私はその意味をイマイチ察せず、首を傾げた。


「空警団だよ。あの日に“村”を襲った奴らにオレが与してんだ。なんか、思うことあんだろ」

「ん、そうだっけ?あの日って、あの日のことだよね」

「分かんねぇフリは止めろ。ここでお前がオレを恨もうが、捕まえようなんて思わねぇから」

「……別に、そんな風に考えてないんだけどな」


 分からないフリは、ガルーグが気を遣っているみたいだったから。

 私は本当に、空警団を恨んではいない。

 あの日に襲撃されたことを受け入れるわけではないが、彼らには彼らなりの理由があるのだと。

 2人が死んだのは、そういう巡り合わせなのだと。

 私はもうとっくに割り切っていたから。


「確かに私がこうして追われてるのも、あの日に2人が死んだのも、許したんじゃないよ。でもまあ、なんて言うか_______________」


 マサムネとナルカちゃん。

 今でもあの二人のことを思い出すと、涙が出そうになる。

 同じパーティの3人がもう二度と揃わない。

 なら、私も一緒に逝きたかった。

 いつだって頭を過ぎるが、そう出来ないのは私が普通の人間だから。

 あの日に戻れたらなんて、いくら思っても変わらないから。


「恨むなんて思えるほど、私は元気じゃないってこと。それだけ」

「マーマ……」


 涙ぐみながら声を絞り出した。

 よかった、まだ2人のために泣けるくらいには疲れてなかった。


「そうか。悪い、お前は知らないんだな」

「……?なに」

「マサムネはな、生きてるんだよ。今もどこか、この世界で」

「なに、それ。ほんと?どういうこと?」

「そのまんまだ。会っちゃいないが、アイツの存在は、割とこの世界じゃオレと同じくらい有名だぞ」


 マサムネが生きている。

 嘘みたいな話に耳を疑った。


「は、はは……何それ」

「聞いたことねぇか?“蒼穹の魔術師”今じゃ革命軍のエースってノリで幅利かせてるぜ」

「ほ、ほんと?」

「マジだ」


 途端に、溜めていた涙が一気に溢れた。

 視界が歪んでガルーグの顔がよく見えない。

 半ば呻くような形で私は泣き出してしまった。


「お、いおい泣きすぎだろ」

「ひっ、う、だ、だってぇぇぇ……!」

「……ぷはっ!んだよその顔!お前そんな顔できんだな!」

「うるじゃいいぃぃぃぃ」

「あっはははは!!」


 泣いている私とは対照的に、ガルーグは手を叩いて笑っていた。

 酷い男だ。

 こういう時は慰めるものだろう。

 何故女の泣き顔を笑いものにしているのか。


「ひっ、いひひひ。あー、よかったぜ。この感じなら、お前とは敵対せずに済みそうだ」

「ぐす……なんの話?」

「まあ、気にすんな……あっちの奴隷2人のこともウチの部下に言っとく。この島内なら安全に居られるようにしてやるから、迎えに行ってやれよ」


 ひとしきり笑ったと思うと、ガルーグは立ち上がって部屋の隅にある荷物をまとめ始めた。

 変わらないように見えて、手慣れた手つきで見たことない道具を整理するその姿は、どこか遠い存在に見えた。

 どうやらこの後に用事があるようだし、言われた通りにしようと思う。

 そう思い、部屋から出ようとした直後。


「……ああ、そうだ。マサムネのやつにもし会ったらよ。これ渡しといてくんねぇか」


 そう言ってガルーグは何かを放り投げた。

 真っ黒に焼け焦げた、何かの紋章のペンダントだった。


「ガルーグ」

「あん?」

「もしかして、またマサムネと喧嘩してる?」

「_______________まあ、そんなとこだ」


 渡す一瞬、ガルーグの瞳がどす黒く燃え上がったように見えた。


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