3-7 最悪なおはよう
「_______________ザッド!」
布を裂いたような声で目を覚ました。
聞こえたのは間違いなくツルギの声。
名前を呼ぶ悲痛な声だった。
「動くんじゃねぇよ。そっちから何もしてこなきゃ、俺様は何もしねぇ」
それとは別に聞こえてくるのは、いるはずの鱗人の声ではない。
だが、どこかで聞いたような声だ。
堪らず私は身を起こして、すぐ部屋中に視界を巡らせた。
「起きたかマーマ」
「ツルギ、これは?」
目に飛び込んで来た部屋の光景に、私の息は止まった。
昨日の夜に会った派手髪の男。
青い顔をしたツルギ。
そして。
「あ、が……」
血塗れたザッド。
辛うじて息をしている。
その姿を見た瞬間、言い表しようのない感情が沸々と湧いてきた。
怒りか、悲しみか、どんな感情かと問われれば、感じているのはただ一つだった。
「……!おい竜人族、ちょっと邪魔にならないとこに退いてろ」
「何を!貴様の言うことなど_______________」
「巻き込まれて死にたくないんなら退け!この死にかけ適当に運んで、部屋の隅に避難してろ」
男とツルギの表情が急に曇った。
何故だろう、まるで悪い人でも見るみたいに表情がピリついている。
まるで部屋にいる誰かを警戒しているみたいだけど。
まあ、いっか。
ザッド殺したこの人は敵ってことが分かってれば。
「ねぇ、戦おうか。ギラギラ髪のお兄さん」
「マ、マーマ?」
「ツルギはさがっててよ。邪魔だから」
「なんだテメェ。何を笑ってやがる!」
「……?そう?笑ってる?そんなことないと思うけど」
「目ェだけだよ。口角はミリも上がってねぇみたいだけどな」
口元は何度触ってもいつも通り。
男は何処からともなく現れた銀の鉤爪を手に装着すると、低く構えた。
見たまんま、それは獣みたいな姿だった。
「……魔物みたい」
「昨晩にお前らに関する報告と命があった。鱗人族は殺して、残りは捕まえろってな」
「ああ、お兄さん空警団?ってやつなんだ。どおりで」
「はっ、今更かよ。言っとくが今お前らに逃げ場はねぇ。外に出たとしても俺様の部下が見張ってるし、そもそもこの宿屋に泊まってる奴らはほとんどが空警団だ。じきにウチの副隊長も起きてくる」
「……で?」
一歩前に踏み込んだ。
久しぶりの闘争。久しぶりに歯ごたえのありそうな敵。
あの狭い檻を出てから懐かしい感覚の連続だ。
飛び上がりそうなくらい、嬉しい。
「もう攻撃していいの?これ」
「っ、上等だ。その笑い方、矯正してやるぜ!!」
挑発に乗った男は勢いよく鉤爪を振り放った。
初撃で理解する。
“村”を出てから、かつてないほどの相手だ。
「ふっ、ふふん♪ふーんふーん♪」
「なっ、こいつ!」
心も身体も躍るというものだ。
その凶器による攻撃はどれも捉えられないものではなかった。
炎のような猛攻を、私は涼しい顔で受け流し続けた。
「当たらねぇ……!この感じ、まさか」
「じゃあ、次はこっちから行くね」
次々に突き出される炎の勢の間を縫うように、私は男に懐に入った。
映る目の前には胴。
当然それは僧侶兼拳闘家たる私にとって、絶好の瞬間である。
「はいせーのぉ」
流れるような動作で両手を押し当てた。
「っ!?ぼがァ!!」
瞬間、派手に吹き飛ぶわけでもなく、男は血反吐をぶちまけた。
掌底とかいう、内部がどーのこーのする痛い攻撃だ。
今頃男は痛みと目眩で立っていられないだろう。
「どっちみち、次撃は避けられないだろうけど」
すかさず顔面目掛けた回し蹴りが男にとんでいく。
まずは1人目、そう思った矢先。
「……あれ?」
繰り出したはずの死神の鎌は虚を捉えていた。
「なに情けない声出してんだ女ぁ!」
いつの間にか体勢を立て直している男から、再び連撃。
私は何食わぬ顔で避けてから、一旦距離を取った。
「はぁ……はぁ……くそ、簡単に避けやがって」
「あ……っれぇ?おかしいな。なんで避けられたのかな」
確かに掌底は決まった。
あれが決まればそうそう立ち直れないはず。
油断していたとは言え、あれを食らった状態で避けられる者など“村”にもそういなかった。
と、いうことは。
「……!」
ド ガ シャァァン !!
どこからか大きな物音が聞こえてきた。
この宿屋の中、どこかの部屋からだ。
「何じゃ?なんの音じゃ」
「へっ、はは……さっき言ったウチの副隊長だよ。お前ら大人しく捕まるってんなら今のうちだぜ。アイツは俺様ほど優しくねぇ」
「そう……じゃあ、お兄さんを片付けてから逃げようかな!!」
狭い部屋を駆け出した。
先程の攻撃、避けられた理由は恐らく男が“村”の動きを知っていたからだ。
何故知っているのかは知らない。
だがそれだけならば、私の取れる手はまだ幾らでもある。
「っ、おい待て!マジで降参しとけって!ウチの副隊長はあの有名な」
「もんどーむよー」
戸の前まで後ずさった男に再び蹴りを繰り出した。
繰り出したのは軌道の変わる上段蹴りだ。
“村”の動きではないこれなら、避けようが_______________
バ ギ ン !!
「……え」
飛び出した私の細脚は、突如戸を突き破って生えてきた腕によって受け止められた。
ガッシリと掴んできた腕はビクともせず。
「おい、ニクス。お前何朝っぱらから騒いでんだ」
聞き覚えありまくりな声が、戸から低く響いてきた。




