3-5 踏み外した、
「ごめん、そこ退いて!」
長耳の女が声を張り上げる。
片手には拳銃。
しかし、こちらに向けようという気はないように見えた。
私は一歩さがって、彼女らの行く道を空けた。
「ごめんなさーい。お騒がせしましたー」
立ち尽くす私達を一瞥すると、2つの影は建物の壁を蹴りながら軽々建物を飛び越し消えていってしまった。
それに数秒遅れて鎧姿の男が1人、忙しなく過ぎようとする。
だが、もう追いつけないと悟ったのか私達の前を少し通り過ぎると、すぐに息を切らしながら来た道を戻り始めた。
「なんじゃぁ、あれは」
「はぁ……す、すいません、お騒がせしました。お怪我はありませんでしたか?」
ある程度息を整えると、騎士はこちらに目を向けた。
生暖かい熱気が、兜の隙間から漏れ出ている。
「あれ、なんだったんです?食い逃げ?」
「まぁそんなところです。顔や種族くらい見えていれば良かったのですが、私からでは全くで……」
「ああ、片方がなんか耳の長_______________」
「すまないが、我々からも何も見えなかった」
「ふむ、そうじゃ……でしたね」
「フードを深く被っていたのでな、人相どころか種族も分からなかった。だろう?ご主人様」
「あ、うん。そうかも」
“ご主人様”
慣れない呼び名にぎこちなく反応する。
ザッドのその言葉が指すのは、他でもない私の事だ。
私の付けていた首輪は外され、今はツルギの首に着いている。
これは2人が亜人の奴隷、私がその主人であることを装うためにしている。
表向きではご主人様なのだ。
「はあ。それはすいません。どうも最近、この島で物騒な噂が多く流れてます。貴女も気をつけて」
軽く会釈すると、騎士は駆け足でその場から離れて行く。
完全に周りに人が居なくなったことを確認してから、私達3人は小さく息を吐いた。
「ふぅ、どうやらまだ儂らの顔は出回っておらんようじゃ」
「時間の問題だな。あまりこの島に居るのも得策ではない」
「うむ。それもそうじゃが」
「ねぇ、ザッド。なんで今さっき嘘ついたの?」
「……空警団との話を長引かせるのも良くないと思っただけだ」
ザッドは少し含みのある喋り方をした。
それは誰が見ても、何かあるのが分かる様子。
その様子にツルギを目を光らせた。
「ザッド、話せい」
「な、なんのことだ。我が主」
「嘘が下手なんじゃよ。マーマすら察しておるぞ」
「マーマすらって?」
「むぅ、昔から我は嘘を誤魔化すのが下手なのだ」
「儂の配下となるなら、隠し事も許さん」
「……今逃げていた2人が、顔見知りだったのだ。奴らの聞きたいことがあるのだが、今はそういう暇もあるまいと思ってな」
ザッドは気まずそうに顎を撫でながら話した。
あちこちに散らばる視線。
それは私達への遠慮というより、その2人(?)への何かしらの感情だと読み取れた。
「確かに、儂としては儂のやるべきことを優先し、速やかにこの島を出たいところじゃが……そやつらが何者かによる」
「そうだ、ツルギの目的は何なの?結局聞きそびれたままだよね」
「む……もう一度聞くが、お主らは儂についてくるのじゃな?」
「無論」「ついてくけど」
ツルギは長く、かなり長く唸り、悩んだ。
よほど私とザッドを巻き込みたくないのか。
それほどに彼女にとってそれは重要なことなのか。
「む、む_______________いーや!まずはザッド、さっきの2人について先に話せ!場合によってはそいつらと会うのを優先しても良い!」
「……?まあそんな、奴らとは深い仲ではないのだが」
「良い。いいから話せい」
「あの2人とは、前に送り込まれていた島で会ったのだ。亜人でありながら今の我々のように島を訪れ、我の友人の1人、奴隷を解放してもらった恩が一応だが、ある。それだけだ」
「恩人?お礼が言いたいの?」
「そう、だな。確かあの二人は、メネメーと……ノルン、という名だったのは覚えているな」
「……!その名前」
ザッドが発した名前にツルギは強く反応した。
一瞬、驚きに目を見開いたと思うと、しめしめと喜ぶような表情に変わっていく。
これまでで1番嬉しそうな顔だった。
「いいな。でかしたぞザッド!流石は儂の配下じゃあ!」
ばしん、とツルギはザッドの背を叩く。
「まさに棚からぼたもち!やはり儂はついておるのお!好調すぎてこれから酷い不幸でもあるんじゃないかと思うとほどじゃ!」
「な、なんだ急に。我らは何も分からないのだが」
「気にするな。儂のことはその内話す」
「えっと……どうするの?ツルギ」
「予定変更じゃ!さっきの2人を探すことにする!逃げたといってもこの島の中じゃ!そう苦労することはないじゃろう」
「じゃあ、まずは_______________」
ご機嫌な様子で踵を返そうとするツルギを止め、ザッドは建物群の隙間から見える空を指さした。
青々と広がっていたはずの空はいつの間にか橙色に染まっている。
「……泊まりの宿、かな?」
「金はあるか」
「まあ、一応の。マーマに食い尽くされた割にはまだ」
「食い尽くすほど食べてないよ」
「どの口が言いおるか!」
「資金調達についてもそのうち考えねばな……」
路地裏の陰から、オレンジ色に染まる日向へと歩み出た。
この時はまだ、これから起こる酷い不幸なんて何も想像出来ないでいた。




