3-1 飴食べたい
『こちら、飛空旅客船“バキムシーガル”。本日は本船をご利用いただき誠にありがとうございます』
人々が大雲のように動く空間に淡々とした声が響き渡る。
人間達が居るのはとある巨大な飛行船の中。
そこに流れている喧騒は、極めて和やかなものであった。
『本船はお客様の安心と安全を最優先に考えており_______________』
ありきたりな決まり文句を垂れるアナウンスに耳を傾ける者はほとんどいない。
煌びやかな食堂や賭場、その他諸々……。
船内と思わせないほど広大なメインホールには、それよりも興味を引くものが多いからだ。
そんな戦いとは縁遠い船内に重苦しい足音が鳴っていた。
武装した数人の影が、忙しなく歩き回っている。
「あれは空警団……?なぜいるのでしょうか」
「船内の警備でしょう。金のかかっている船は違うんですよ」
「ですが、あの紋章は」
水面に石を投じたように、ざわめきの波紋は徐々に広がる。
人々が見た空警団は“爪”に属する者達。
本来なら浮島にいる亜人を捕獲するための空警団である。
この船の警護を任されたとするなら“陸”を護っている“鱗”が派遣されるはず。
それ故にこの空警団の存在は人々に不安を抱かせていた。
「ここからは分かれる。お前らは向こうを探せ」
だが、そんなことを気にする素振りも見せず、鎧の騎士達は船内を歩き回った。
まるで何かを探しているかのように、あちこちに視界を巡らせている。
統率の取れた動きで騎士達は船中へと散らばっていった。
「く、食い物、食い物……!」
そして、そんな騎士達から逃げるように動く、全身を黒衣に包んだ影が一つ……。
〜〜〜〜〜〜
拝啓、どこかにいる同志に儂は思う。
元気にやっておるか?
ちゃんと飯は食えておるか?
こんな世界で満足に生きておるか?
苦労しているのではないか?
人間から酷い扱いを受け、苦しんでおるのではないか?
もしそうであるのなら、儂は言いたい。
立ち上がるなら今じゃぞ、と。
「探せ!どこかにいるはずだ!」
血眼になってそこらを闊歩しておる人間。
本来ならば儂らを虐げるような行為はするはずがなかった。
それが何故こうなっているのか。
「……くうぅ、腹が減った」
儂は小さく嘆息する。
ここ数日間、食物と言ったものを口にしていない。
何故と言うなら、こうして鎧を着た人間に追われ続ける日々が続いているからである。
ぐ う ぅ ぅ
長年連れ添ってきた胃袋も虫の音のような弱音を吐いておるわ。
目の前には美味そうな料理を振る舞う場所。
照明のせいかは分からぬが、今の儂には異様に輝いて見える。
だがしかし、当然ながらそこに立ち入ることは出来ない。
「ぐ……!いかん、身体に力が入らんくなってきた」
体から力が抜け、さらには視界が霞んでいく。
もう今ある意識は数分ともたないじゃろう。
せめて、倒れるのであれば人目のつかない所へ。
「ママ!わたしこっちの行ってみたい!」
「ダメよ部屋に戻るんだから。ほら、飴をあげるからこっちにいらっしゃい」
「……あ、め」
小さな少女が母らしき人物に駆け寄ると、少女の母の懐から小さな袋が取り出された。
袋の中から現れたのは小さな飴玉。
宝石のような原色の球体は、儂の目にはやはり輝いて見え……。
「_______________あめ」
「へ?」
「あめぇぇぁあ!!」
気がつけば、その宝玉に向かって飛びかかっていた。
「え、えぇ……?!ちょっとお嬢さん、な、何をするんですか!」
「飴じゃ飴ぇ!!儂が世界を救うのじゃ!飴玉の一つや二つ、すぐに寄越さんかぁ!!」
「飴?!ひ、ひとつくらい差し上げますから、落ち着いて」
「一つで満足できるか!全部じゃ、全部寄越せぇ!」
「うわぁぁぁぁん!わたしのあめがあ!!」
少女の泣き声と儂の怒号がそこらを跳ね回る。
周りは怪訝な目を向けるだけで、止めることはしない。
空警団に任せるつもりなのだろうが、空警団は探し物に夢中である。
「お、落ち着いてください!!」
「落ち着いてられるか!このまま倒れて、奴らに捕まるわけにはいかんのじゃ!」
「っ、もう!そこまで言うなら全部差し上げますから、一度離れてください!」
突き飛ばそうと伸びた腕。
儂が咄嗟に避けようと体を反らすと、その腕は儂の頬を横切り_______________
「いかん……!」
儂の頭を覆っていたフードに引っかかった。
フードは容易く脱がされ、隠れていた儂の首から上は露わとなった。
「……つ、の?」
少女の母親はきょとんとした顔で儂を見つめた。
見つめる先には首輪、角。
それは、おそらく彼女らが日常的に見ることはない種族の特徴である。
そして、それを理解するまでに数秒。
「_______________!亜人よ!!」
理解と同時に叫んだ。
その一言に周りは儂の方に振り向く。
そして、さっきまでバラバラに歩いていた騎士達もいっせいに儂を見た。
「っ!飴、貰っていくぞ!」
ふんだくると同時に儂は走り出した。
この空の上に儂の逃げ場所などない。
だが、とりあえずこの場から離れなくては。
「居たぞ!眼帯の竜人族だ!集まれ!」
船内中に叫びながら、目の前に大きな影が立ちはだかった。
手を広げている。
捕まえる気だ。
「大人しくしろ_______________!」
走りながら飴玉を入れるだけ口に放り込む。
瞬間、染み渡るような力が身体を巡った。
涙が出るほどの甘味、美味い、美味い。
閉じかけていた瞼と鈍っていた足が、嘘のように軽い。
「むぐぐっ、“陸”の犬風情が!」
襲いかかる手のひら。
遅い、今の儂には蚊が止まるようなスピードに見えている。
するりと踊るように懐に入った。
「ふん、矮小だからと侮ったな!!」
踏み込み。
捻り。
そして、肘を突き出す。
肘打ちは装甲に触れると同時に、衝撃を貫通させ人体にまで達しさせた。
「あぼっ、あ!!」
鎧の巨躯は数センチ浮いたかと思うと、その場にて倒れ込んだのだった。
「殺生はせん、許せ!」
飴を舐めながら先を行った。
行先など決めず、ただひたすらに走っていった。
〜〜〜〜〜〜
暗い、狭い、お腹が空いた、どうしてこうなった。
この世界、奴隷として働いてればイージーモードだって誰かがいった。
ダメじゃん、全然食いっぱぐれないんだけど。
マジ許すまじ、誰だったかは忘れたけど。
「うー……」
「あー……」
「えー……」
揺れる部屋の中には同じ境遇の奴隷達がケージの中で揺られていた。
奴隷になって大体三年、こうして場所も分からぬどこかで揺られ、またどこかで肉体労働をさせられ、質の悪い食事で腹を満たす。
そんな日々にずっと前からウンザリしている。
世界が憎い、権力者が憎い、とかそんなことは考えない。
とにかく、何か食べたい。
ドタッ……ドタッ……
足音だ。
落ち着いた感じではない。
また鎧着た兄ちゃんらが様子を見に来たのだろうか。
と、思ったのもつかの間。
ド タ ン !!
勢いよくドアは開かれた。
「いかん!行き止まりか!」
差した光を受けたのは、小さな背丈と顔。
黒い布で全身を覆った何者かがそこに現れた。
うっすらとシルエットしか分からないが、頭から何か角のような物が伸びているのだけ分かった。
「ここは……!おい誰か!その檻から出たいやつはおらんか!儂に協力してくれる者はおらんか!」
小鳥のさえずりのような声で呼びかける。
だが、その返事をするものはいない。
「奴隷なのじゃろう?その狭い世界から出て、自由になりたいとは思わんのか!今の儂ならその檻も、首輪も壊してやれるぞ!」
「……悪いが、貴殿に協力する者はこの場にいない」
少し時間を置いて、低く唸るような声が響いた。
「貴殿もおそらくは我らと同じ境遇だった者。その慌てよう、そして微かに聞こえる群れの足音からして、今貴殿は追われているのだろう?」
「お、おうそうじゃ。だから今お主らに協力を」
「無駄だ。我らがこうして檻に入っているのは首輪だけが理由なのではない、逆らう意志の問題だ。貴殿も同じ立場だったのなら、その程度で我らを動かすことが変わらないことが分かるはずだ」
「ち……うるさいのお!あ、飴玉がある!協力してくれたら1個あげよう!これでどうじゃ?」
「1個……?」
「無理だろ」
「出ても空警団にまた捕まって終わりなんだよ」
「アホだなアイツ」
「なっ……この愚か者共めが!貴様らは今、手に入れられる自由と飴玉を捨てたのだぞ!わかっているのか!」
「そんなものでは動かない。他を当たれ。この船内では無理だろうがな」
「は、はあぁ?!ばっ、ばーか!ばーか!このこと、貴様らは一生後悔_______________」
そこまで言ったところで、人影の声は止まった。
気づけば彼女の方からいくつもの足音がズンズンと響いて来ている。
彼女は焦り、まごつくだけ。
「はい。私、協力します」
そんな状況の中、私は手を挙げた。
「……!本当か?!よしすぐに、むぐぅ」
「確保した。すぐに隊長に連絡しろ」
「はなせ!はなせぇ!」
シルエットしか見えない影の向こう、声だけが聞こえる。
おそらく彼女は捕まった。
捕まえているのは奴隷の私らをいつも監視している鎧の兄ちゃんら複数人。
他のケージからは名乗り出た私を止めようとする声ばかりが響いていた。
「うーるさいっ」
知らぬ存ぜぬ。
一蹴りでケージの鉄棒を蹴破った。
ガラン ガラン
折れた鉄の棒が転がる音に巨躯の影達が振り向いた。
他のケージからは悲鳴にも似た、怯えの声が上がっている。
「よっ、こいしょっと。やっと体が伸ばせるわー」
「……止まれ、そこの奴隷」
「うるさい」
「今戻れば、何もしないでおいてやる」
「うるさい」
「5秒数えてやる。それまでに戻れ」
「うーるさい」
体をめいっぱい伸ばしながら、光さす方へと歩みを進める。
近づくにつれ鎧達は武器を構え始めていた。
「っ、ま、待て!5人いる!お主1人では敵わない数だ!」
「うーるさいってぇの!」
私はそれら全てを無視して駆け出した。
「_______________っ、いい!撃て撃て撃てぇ!!」
5つの銃口が私を睨む。
暗闇じゃほとんど見えることない鋼鉄の弾丸。
だが、予想外の事態と咄嗟の動作では上手く照準は定まってないようで。
「はっ、ほっ、よっ」
向かってきたのはたった2発。
私はそれらを手掴みで受け止めた。
「な……!!お前ら一旦下が」
「おっそい」
反応するよりも早く。
手が届くようになった5人を全て
「あっ!」
「ばっ!」
「ふっ!」
「ねっ!」
「いぃっ!」
拳で殴り倒した。
そうして、吹き飛ばされた5人の手から黒衣の少女が離れたのだった。
「……!お、お主、一体」
「飴」
「……え?」
「ほら、飴ちょうだい」
飴が欲しかった。
奴隷とか騎士とか世界とかほんとどうでもいい。
私は今、飴が食べたい。
そんな気分のマーマ・カントであった。




