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2-37 弔い

 

 パラパラパラパラ


 拍手だ。

 観客の拍手の音が聞こえる。

 あの景色は見えていないが、そうに違いない。

 オレはまだ、あの日の闘技場に居る。

 あの騒がしかった日々にまだオレは居る。

 聞こえるはずだ。この拍手の中にはきっとまだ……。


「何をしている」

「……ヨハンのじじい」


 しゃがれた声に目を開けた。

 その瞬間、目に飛び込んできた風景は闘技場の砂フィールドなどではない。

 あれだけ嫌悪していた蠢く民衆も、青々とした空もどこにも無い。

 ただひたすらに灰色が風景を埋めていた。


「無闇に外をうろつくな。この雨では余計に探しずらい」

「今のオレに居るべき場所はないだろ。どこにいようと勝手だ」

「確かに貴様の居場所は無くなったが、奴隷という身分が消えたわけではない」

「今のオレは誰の奴隷でもない。今のオレは自由だ」

「では、何故わざわざインガウェーク家の墓場にまで出向いている」


 雨音の中でも、生気の失せた彼の声がよく聞こえる。

 オレは雨雲の下、大量にある墓の中に立っていた。

 目の前にある墓石にはつい最近亡くなった者の名が刻まれている。


 ミィン・インガウェーク


 その中には見知った名前も刻まれていた。


「……プレアの名前が無いが」

「奴隷の名が名家の墓に刻まれるはずがないだろう。例え死者と言えど奴隷は奴隷だ」

「角はどうした」

「ちゃんとその下にある」

「_______________そうか」


 数日前、地上練武会が開催された日。

 ミィンとプレアは死んだ。

 突如上空から飛来した巨大な火球によって、屋敷ごと跡形もなく消えたのだ。

 本当に、跡形もなく消し飛んだ。

 屋敷跡に唯一残っていたのは、プレアの角のみ。

 それ以外は何も。


「オレはどうすればいい」

「貴様の処遇はまだ保留だ。今はそれどころではないのでな」


 外套をまとったヨハンの瞳には光が宿っていない。

 インガウェーク当主、エイン・インガウェークを含め屋敷に居た人間も当然ながら死んだ。

 生き残ったのはあの瞬間屋敷に居なかったオレとヨハン、あと数人の使用人だけ。

 インガウェークに関する面倒な対応は全て、ヨハンが行っているらしかった。


「どうしてくれたって構わない。どこかの島に飛ばすなり、こき使ってくれても、オレには何の不満もないからな」

「その処遇なんだが_______________」

「ただもう、ガキのお守りはやらせないでくれ」


 精一杯の平静を保って声を出した。

 少しでも気を抜けば、声がひしゃげてしまいそうだった。

 それくらい2人の死はオレの心を揺らしていた。


「貴様……」

「もう、オレは_______________」


 たった数ヶ月、女の2人の面倒を見ただけだ。

 そしてソイツらが死んだだけ。

 生まれてから今まで17年、その中の数ヶ月だ。

 大した年月、大した付き合いでもない。

 だというのに何故、


『ボクはミィンだよ。インガウェーク家の一人娘』


 何故、


『起きなさい。寝坊助』


 こんなにも、


『『おかえりなさい!』』


 心が折れそうなんだ。


「……どうした」

「いや、なにも」


 雨で良かった。

 オレの弱さが目立たない。


「それで、オレの処遇がどうしたんだって」

「難しい話ではない。貴様には2つの道があるという話だ」

「2つ、選ぶ余地のある二択なんだろうな」

「1つ目は貴様が奴隷のまま、この“陸”を出るという選択肢」


 ヨハンはオレを真っ直ぐ睨み、懐から何の変哲もない剣を取り出した。


「2つ目。お前はインガウェークの人間として、空警団に入る」

「オレが、空警団に……?」

「前者を選ぶというのなら、この剣を取れ」


 そう言って、手に持った剣をオレの前に放り投げた。

 オレは反射的に飛んできた剣をキャッチする。


「前者なら剣を?どういうことだ」

「貴様が奴隷の道を選ぶというのなら、私を倒してから行けということだ」

「は……負けたらどうなる」

「お前は空警団に入れ」


 そう言ってヨハンは外套を投げ捨てた。

 外套の下に隠れていたのは拳銃型や鞭型など、無数の機杖(ワンド)であった。


「結局一択にするつもりかよ」

「私は本気だ。お前を空警団に引き入れるために、今こうして来ている」

「冗談よせよ。前にお前はオレに負けただろ。手も足も出すことなく。今更老いぼれに後れを取る気はねぇよ」

「あの時は万全ではなかった。油断もあったのだ」

「今は違うってか?」

「その通りだ」


 ヨハンは懐から小さな機杖(ワンド)を3つ取り出した。

 それらは淡く光ったかと思うと、一瞬で姿を変え、大剣と大盾へと変化した。

 手に持つヨハンの姿はいつの間にか鎧に包まれていた。


「万全かつ、油断もない」

機杖(ワンド)は本来“陸”の人々の生活を支える、言わば日用品だった」

「これを戦いに使えるレベルまで引き上げたのは、私だ。初めて戦場に持ち込んだのも、使いこなしたのも。私はこの機杖(ワンド)という“陸”最高の兵器の第一人者だ」


「っ……!」


 兜から除く、殺気立った瞳。

 オレには武装したヨハンの姿がいつもより一回り大きく見えていた。


「選べる2つの道、返答を聞こう」

「オレはここの人間じゃない。ましてやお前らに淘汰されてきた亜人でもない」

「だったらなんだというのだ」

「お前らの味方も、亜人の味方もしないって話だ!」

「それは、奴隷の道を選んだということだな」


 オレはこの世界の均衡を崩すつもりはない。

 ミィンが死んだのも、プレアが死んだのも、この争いのせいだとしても。

 誰がなんと言おうと、オレはこの争い合う世界を変える気は毛頭ない。

 オレの身の回りに起こった悲劇は戦争によるもの、自然に起こったものだ。

 死を慈しんだとしても、誰かを恨んだりなんか絶対にしてやるものか。


「オレは奴隷のままでい続ける。誰が死のうと、誰が不幸になろうと、オレには関係あるもんか!」

「そうか……ならば仕方がない」


 雨に淀んだ視界の中を剣と盾が煌々と輝いている。

 その武具に込められた想いからは


「剣を手にとれ」


 _______________怨念。

 ゾクリと背筋を走った悪寒にオレはある種の恐怖を感じていた。


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