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2-36 火炎

 

 揺らぐ視界と冷えた体。

 下へと落ちていく血の雫を見る度に、力が抜けていく気がした。


「まだ、立つのか」


 メッタの上擦った声が聞こえる。

 俯いた顔を上げ、虚勢を張るようにキッと睨んでやった。


「どうした。攻撃は……もう終わりか」

「疲れたんで、ちょっと休憩してるだけだよ。俺としてはお前を止める時間が稼げればそれでいいんでな」

「もうバテたってわけか。はは、オレはまだいけるぜ」

「血だらけのくせによく言うぜ。どうしたんだよ、お前らしくもない」

「……何の話だ」

「学校じゃ、なあなあで任務をこなして、何に対してもなーんか一歩引いたような調子のお前が、何か頑張るよな。もしかして、女に惚れでもしたか?」

「ちげぇよ」

「だったらなんだ。何がお前をそこまでさせてんだ」


 メッタは剣を肩に乗せて嘆息した。

 恐らくコイツはクーシィから何も聞かされていない。

 せいぜい金のため、オレの邪魔をしてやろうとくらいしか思っていないのだ。


「まあどうでもいいけどよ。今日のところは諦めた方がいい。何も死ぬほど頑張ることはねぇだろ?女のひとりやふたり、またそこらで見つけてくりゃいい」

「ほざけ、オレは女のためじゃ……」

「俺らの力ならこの世界イージーモードで生きれるだろ。その気になれば革命軍の幹部なり、お偉いさんの用心棒なり、俺らの腕ならなんでもなれるんだ。“村”の連中同士でやり合わなきゃ、楽して生きていられるんだよ」

「……!」

「“村”は無茶苦茶になったけど、生きてりゃ良いことあるんだ。死ぬこたねぇって。俺ら上手いこと立ち回ってりゃ甘い汁をチューチューと」

「……ムカつくな」

「あん?なんだって?」

「ムカつくってんだよ。テメェみたいのがイキイキしてんのがよ」


 柄にもなく頭が熱くなった。

 目の前でヘラヘラ笑って生きてるコイツにたった今、一発ぶち込まなきゃ気が済まないって気になった。


「ちっ……ムカつくぜ」

「お、おい。マジで死ぬまでやる気か?」


 入らない力を膝へと集中させ、辛うじて立ち上がってみせる。

 こんなヤツが、のうのうと生きているのが、これ以上なくムカついた。

 生き残ったのに限ってこんな奴ばっかだ。


 〜〜〜〜〜〜


 オレは“村”の真実を知っていた。

 核の燃料となる少年少女に“英雄”という甘い夢を見せ、その実生贄を育成していたことを。

 目を輝かせていた彼らのほとんどが外を知ることなく消えるということを。

 きっと“村”の中では、生まれてから誰よりも早く。


「明日、ボクはこの“村”からいなくなる」


 オレの好きだった人。

 綺麗な髪をした、俺より7つも上の女の人。

 その人が消える前日にオレは全てを知った。


「村、それに核って……!本当の話なのか」

「残念ながら」


 そう言ってその人は笑った。

 力なく笑った。どんな心情だったのか、オレには理解できないが、きっとそれは穏やかなものではない。

 明日死ぬかもしれない人間なんだ。


「でっ、でも!もしかしたら生き残れるかもしれないんだろ?!」

「うん、かもね」

「かもって、そんなの、そんなのおかしいだろ!あんだけ頑張らせといて、最後にそんな」

「しょうがないの。この世界はそうやって出来てるんだから」

「な、んで、そんな風に話せるんだ」


 なんとなく分かっていた。

 明日になればこの人は帰ってこない。

 もし生き残れる人がいるとしても、それはこの人じゃないのだと。


「逃げよう!外の世界に!あるんだろ?!見えないけど、誰も見たことない外が!」

「結界を割るってこと?出来るかしらね、そんなこと」

「出来なくてもやってみるんだよ!死ぬかもしれないんだろ!」

「ありがとう……でも、いいんだよもう。私は、私達は、そういう役割なの」

「そんな役割あってたまるかよ!」


 必死に手を引いた。

 オレはこの人に死んで欲しくなかったのだ。

 幼い頃から遊んでもらっていたこの人に、初恋だったこの人には。


「オレは、オレは_______________」

「……ガルーグ、よく聞いて」


 すると、精一杯握ったオレの手を優しく振りほどいて、あの人は語りかけた。


「君もね、いつかボクと同じ立場になる日が来る。その時を考えてみてごらん」

「……同じ立場」

「そう。明日、死ぬかもしれないって考えて見てほしい。先にはもう、何も無いってことを」


 その瞬間、自分から血の気が引いていったのを覚えている。

 死ぬなんて、いざ話されても想像出来ないだろう。

 けど、その人の言葉は情景を、見えてくる世界の風景を容易に思い浮かばせた。

 何よりも、近い人の言葉だったからだ。


「……!」

「どうだった?」

「こ、こわい、かも。死ぬ?オレ、いつか、死ぬの?」

「そうだよ。死ぬんだ。怖いだろう?当たり前さ、誰だって死ぬのは怖いさ」

「に、逃げようよ!オレと2人で、外の世界へ」

「そうだね……それが出来たらどんなに楽だろう」

「じ、じゃあ」

「でも、そうなるときっと代わりの誰かが死ぬことになる。足りない分を誰かで補うだろう」

「誰か……」

「きっとそれは誰でもいい。誰か……家族とか、きっとボクと関係している誰かが責任を取るのかも」


 関係している誰か。

 この人の中にはきっとオレもいる。


「それに、そんなことが続いたとしたら、この“村”すら無くなるかもしれない」

「“村”すら……」

「ずっと考えてきた……そして今やっと分かった。きっと世界っていうのは犠牲の上で成り立っているんだ。ボクにその役割が回ってきただけなんだって」


 彼女はオレの肩に手を置いた。

 震えていた。瞳の下は涙に赤く腫れていた。

 それでも、伝えたいことが彼女には多分あった。

 きっとそれは、オレに話すべきだと思っていたんだ。


「……誰かが犠牲になる世界があったとしても、その世界を、仕組みを恨まないで。きっとその世界のおかげで幸せでいられる人が絶対にいるから」

「ガルーグ、キミはそんな世界を維持できる、守れるような人になって」


 彼女の最後の願いだった。

 その願いにどんな意図があったのかは、全く分からない。

 それが正しい願いなのか、判断も出来ない。


 確かだったのは、彼女が死んでも“村”はなにも変わらず続いていたこと。

 彼女は恐らく、悔いを残して逝ったこと。

 何も変わらない。

 あの日が来るまでは、ずっと。


 〜〜〜〜〜


 外の世界もやっぱりそうだった。

 彼女の言う通り、犠牲となっている人がいて、その上で幸せに暮らせている人がいる。

 女子供がどこかで犠牲になっていて、女子供がどこか幸せに生きている。

 恨みもつらみも結構、全て受け入れたままで、やはり世界は存在している。


「……なぁ、メッタ。オレたちはどんな役割だと思う?」

「は?役割?」

「犠牲になるはずだったオレ達が、恨みもつらみも受けていない部外者のオレ達がこの世界で担うべき役割ってのはなんだと思う?」


 それを何かも知った上でオレのやることは、たった1つ。


「維持させるんだよ。亜人と人間が対立しているこの世界を。それがオレたちの出来ることなんだ」

「維持?何言って……」

「幹部だの用心棒だのでチョロチョロやっちゃダメってことだぜ分かるかおい!」


 あの人が犠牲になるに相応しい世界を。

 そのためには、まず……。


「悪さするガキは更生しなきゃな!メッタくんよぉ!!」


 びっこ引いた足で近づいていく。

 負ける気など、退く気など毛頭ない。

 依然変わらずオレの目的はコイツに勝つことだ。


「やっ、やんだな!?ガチで、死ぬぞお前ぇ!!」


 堪らず振り下ろされた長剣。

 その軌跡を目で追い捉えるなど、今では容易なことであった。


「なっ、にぃ?!」


 指の間で受け止められた剣に、メッタは驚愕する。

 当てる気で振った剣が素手、あろうことか2本の指で受け止められたのだ。


「メッタ、お前人殺したことないだろ」

「だ、だったらなんだ!」

「どうりで肩切ってからヌルい攻撃なわけだ。お前の性格ならいけると踏んでたんだが、どうも見当違いだったな。急所以外を露骨に狙ってきてんのが今更分かったぜ」

「っ、当たり前だろ!俺は“村”でも、この世界でも、他人と殺し合いなんてしたこたねぇんだよ!」

「武器持ってる方が不利になるなんて、お前戦士失格だよ」


 “狙わない場所”が分かっているのなら、太刀筋など読めてるに等しい。

 慣れ親しんだ“村”の剣術ならば、なおさらに。


「あ、そういやお前の役割は魔術師だったか。剣なんざ持つなよバカが」

「まっ、待て!降参する!俺の足止めはこれで終りょ_______________」


 “陸”に来て初めての魔術を唱える。

 植物が土に根を張るように魔力がオレの身体を満たしていく、そんな魔術を心で唱え、握り拳を作った。


「オレなら殺すぜ。知り合いだろうが躊躇なくな」


 魔力の篭った鉄拳を頬を目掛けて振り抜いた。


 〜〜〜〜〜〜


「マサムネ殿、こちらの行動は終わりました」


「えぇ……えぇ?ああ、彼はダメでしたよ。然るべき処置は後で私がしておきます」


「くはっ!甘いですね相変わらず。そんなのではこの先やっていけませんよ」


「えぇ、標的は屋敷に。もちろん他は出払ってます。そこは念入りに」


「はい。えぇ、はい。では、5分後。お願いします」


 〜〜〜〜〜〜


 試合の終了と同時に、足を引きずりながら闘技場を抜けた。

 優勝者の表彰だのは当然ながら興味無い。

 すぐさまその場を離れ、屋敷を目指した。


「くそ、思ったよりかかったな。メッタの野郎……」


 よろけた足取りで人気のない道を行く。

 ここまでのダメージを受けたのは“陸”に来て初めてだ。

 今まで怪我と呼べるようなものすら無かった。

 血を流すのも久しぶりだ。

 この姿を見たら、あの2人はどんな反応をするのだろうか。


「はぁ……はぁ……こりゃ、帰ったら泥のように眠れる」


 “(ここ)”に来て大体2ヶ月。

 月日にすれば大した時間ではない。

 だがしかし、“村”での退屈な日々と比べればなんとも騒がしい日々であった。

 今でも思い浮かべるのは“村”の面々よりも……。


「女に惚れた、か。間違ってないのかもな」


 恋愛、そんな感情とは少し違う気がする。

 愛とかそんな小っ恥ずかしいものではないが、間違いなく親しみ的な感情がオレには湧いていた。

 誤魔化しが効かずに自覚出来るほど、その感情は大きくなっている。


 そして、それはこの世界の維持のためには必要のない感情。

 無くした方が良いものだ。


「あの人なら何て言ってくれるだろうな」


 感情なんてそんな簡単に消せるものではない。

 どうしたら、あの人の願いを汲めるだろうか。


「_______________おーい!ガルーグー!」


 もはや聞き慣れた少女の声。

 顔を上げると、もはや見慣れた屋敷の前に2つ、小さな影が立っていた。


「遅いわよー!いつまで外で待たせてんのよー!」

「……あ、ああ!!何も頑張ってないやつが、好き勝手言ってんなよ!!」


 手を振る少女が2人。

 笑顔の少女が唯二人。


 今日はそれでいいか。

 何も、今この世界が変わるわけではないのだ。

 あの人の願いがすぐに消えるわけではないのだ。


「「おかえりなさい!」」


 今はこの小さな世界が_______________



 黒い巨影。

 屋敷を染める影色。

 その影を創り出している何か。


「_______________え」


 屋敷の全てを覆う火炎が上空より着弾した。


 目の前にあった小さな世界は、無慈悲にも終わりを告げた。

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