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2-34 微笑

 

「やったあぁぁぁぁ!!」


 会場に少女の弾んだ声が大きく響く。

 だが、その声は他の観客の声と拍手であっという間にかき消えてしまった。


「……何があったんです?」


 隅で縛られているクーシィは眠い顔で呟いた。

 対するヨハンは忌々しそうな表情で、嘆息するように返す。


「聞かずとも分かるだろう」

「負けたんですね。あの子」

「当然だ。こうなるのはいくら愚かな貴様でも予想出来ただろう」

「万が一がありますので」


 竜人族プレアの革命軍への加入。

 それは革命軍の協力者レオ・ソドムの敗北によって完全に無かったこととなった。

 その事実に、クーシィは顔を俯かせた。


「でも、まあ人選ミスですかね。まさか彼が勝手にあんな約束を取り付けるとは」

「やはり貴様らの関知しているところではなかったか。だが、そんなもの貴様らなら無視してしまえばいいだろう」

「そういう訳にもいきません。彼女の決意が乱れてしまった時点で、ほとんど今回の作戦は失敗でしたから」

「ふん……一体、何が目的だったのだ。彼女が必要な人材なら、無理やりにでも連れていけばいいだろう」

「人材?私はそんな打算的な理由で動いてませんよ」


 クーシィは困ったように肩を撫で下ろした。

 見下ろしてくるヨハンには目を向けないまま、独りごちるように続けた。


「仲間を姉と再会させてやりたい、と大将が言ったのでね。本当に、今回はそれに従っただけです」

「再会……本当にそれだけか」

「ええ。それさえ出来ればあとはどうなろうと知ったことではなかったのですよ」

「ならば、ミィン様に手を掛けようとしたのは、なんだと言うのだ」

「……ふふっ。あれは私の独断です」


 クーシィが誤魔化すようなウィンクにヨハンは舌打ちした。

 やはり信用出来る相手ではない、とヨハンの不信感は強まるばかりである。


「彼は、ガルーグ殿はインガウェークに馴染めていますか?」

「……は?何故そんなことを貴様が気にする」

「素朴な疑問です。奴隷でも名家の一員として認められるのかな、と」

「亜人の奴隷など須らくゴミだ。エイン様が言っていなければ、屋敷の土すら踏ませたくはない」

「だが……まあ奴の腕っぷしなら、門の番くらいは任せられるだろうな。腕っぷしだけ、見るならな」

「貴方にそこまで言わせるなら十分でしょう」

「黙れ。フロストハートの者じゃなければ貴様など……」


「ヨハン!ヨハン!やったよ!ガルーグ勝った!」


 険しい表情から一変、ヨハンは上機嫌に飛び跳ねるミィンを見て頬を綻ばせた。

 どんなに荒んだ戦場であろうと、彼女1人が視界に入ればそこはヨハンにとってのオアシスとなり得るのだ。


「ほら!見て見て!」

「ええ、ええ。奴隷の奴にしては十分やった方でしょう。プレア様も帰れるということで、もう屋敷に戻るとしましょう」

「ええー、まだ決勝があるよ」

「この輩以外に革命軍の者がこの場にいないとも限りません。身の安全のためにも……」

「う……ん。そっか、まあ、それもそうだね」

「私はこの男をフロストハートに引き渡す用もあります。迎えに屋敷の者を手配していますので、もう少しだけお待ちください」

「うん。ありがとうヨハン」


 ミィンにとっては、屋敷こそがこの“陸”のどこよりも安全な場所だ。

 プレアを取り巻いていた厄介なアクシデントも終わった。

 ヨハンが彼女らを屋敷へと帰すのは、至極当然。

 今回の一件はこれで幕を閉じるはずだった。


「……ふふ」

「何がおかしい」

「いえ、何もおかしくなんてないですよ。何も、ね」


 だが、捕らえてもなお余裕を保ち続けているこの男がヨハンには気がかりであった。

 “陸”を裏切った者が真っ当に生きられるはずがない。

 それは、罪の報いを受ける彼自身も分かっていること。

 それでも彼は笑んでいる。絶望はない。

 まるで、まだ彼には“続き”があるかのように。


「あの……クーシィさん」


 そんなクーシィにおずおずとプレアは歩き寄った。


「すいません。あ、謝って済むものではないと思うんですけど……その、私のせいで捕まってしまって」

「はっはっはっ!いいんですよ。“(ここ)”には来る予定がありましたし、こうなる予感もなんとなくしてました」

「妹に会いたいって自分勝手に望んで、そのくせしてこんな……」

「気にしないでください。貴女は貴女自身が望む通りに行動したのですから」

「でも、これは私の我儘で……」

「必要としてくれる人がいるのは素晴らしいことです。私のことは気になさらず是非、その人達を大切にしてください」

「……は、はい」


 プレアはぺこりと頭を下げると、申し訳なさそうにミィンへと駆けていく。

 その様子をただ、クーシィは微笑んで眺めていた。


「……なんなのだ。貴様は」

「革命軍の中間管理職ってところです」


 笑顔は崩さず、淡々と言った。


 〜〜〜〜〜〜


 レオとの戦いを終えた後の控え室。

 オレは一度ミィン達のいる観客席へと戻ろうとした。


「……あん?」


 ドアの前には、屈強そうな男達が多数いた。

 何やらオレの行こうとする道を阻んでいる模様。


「すんません。どいてもらっていいスか」

「ここからどこへ」

「休憩がてら一度戻ろうかと」


 クーシィのこともある。

 ヨハンのジジイがいるとしても、流石に気になるので戻りたいのだが。


「ダメです。この後すぐに決勝の立ち会いがあります」

「いや、飲み物とか」

「なりません。戻ってください」

「休憩っスよ?万全の状態にしてから選手を送り出すべきだと思うんスけど」

「貴方はほとんど万全の状態に見えますが」

「っ!……まあ!そうっスけども!」


 思わず握り拳を作る。

 力づくで退かしてもいいが、流石にここで騒ぎを起こすわけにもいかない。

 ただでさえ目立っているのだ。

 主人が心配だったから形振り構わずぶっ飛ばしました?

 素晴らしい忠犬精神だ、奴隷具合が板についてきたんじゃないか……クソが。


「引き返してください」

「ふぅ……わかりました。行きますよ。行けばいいんスよね?!」


 かくして、オレはこのくだらない大会の決勝へと足を踏み入れた。

 ミィン達の様子が気掛かりではあるが、しょうがない。

 その気になれば闘技場から観客席も見れる。

 何より、相手は“陸”の人間だ。

 すぐに終わるだろう。


『選手っ、入場ぉぉぉぉ!!』


 入場と同時に、拍手の雨と暑苦しい声が響き渡る。

 どうやらオレの精神に反して、会場の盛り上がりは最高潮らしい。


『インガウェークの処刑人、ガルーグ・メルスバッサァァァァ!!それに相対するのは_______________』


 黄色い声援。

 いつの間にオレはこの世界に受け入れられたのだろうか。

 思えば、たった1ヶ月で随分と“陸”に馴染んでしまった気がする。

 それでも、やっぱりオレには“村”が


『フロストハートからの刺客、メッタ・フロストハーーートっ!!!』


「……ん?」


 メッタ。

 聞き覚えのある名前。

 そして目の前には_______________


「やあやあやあ、皆さんこんにちわぁ!皆さんのメッタですよぉ!」


 浮かれた面の、見覚えのある顔があった。


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