2-33 馬鹿
変わらず湧きたっている歓声。
ニクスの時よりも大きくなっている有象無象の声に、少しばかり嫌気がさしていた。
『それでは準決勝!両選手_______________入場っ!!』
聞きなれてしまったアナウンスの声に従い、戦場へと足を進める。
砂で埋まった地に、青く広がる空。
その間にウジのように蠢く観客が相変わらず不愉快だった。
「いよっ!インガウェークの処刑人!」
「ガルーグ様ぁ!頑張ってぇ!」
「レオ様こっち向いて!」
嗚呼、今オレはどんな顔をしているだろうか。
端から見れば、死地に赴く戦士のように険しい表情をしているように見えているだろうが、胸中は全くの別物だ。
神聖な何かを汚され、苛立っている。
「待ちわびていたよ。この瞬間を」
「オレもだ。面倒事は片づけないと気が済まない性格なんでな」
軽薄な表情と共に現れた男にその苛立ちを真っ直ぐ向けた。
「どうやら、ご機嫌斜めみたいだね」
「当たり前だ。いい勝負をした後だってのに、テメェらのせいで台無しだ」
「いい勝負?あれは一方的な暴力だったと思うけど」
「“戦士”じゃないお前には一生分かんねぇ話だ」
「なるほど。ニクスには分かる、と……妬けるね」
「気持ち悪ぃ」
本当に気持ち悪い。
出所明らかな悪寒が背を伝う。
言葉を思うと同時に口から出したのは生まれて初めて。殺意と恐怖が同着したのも、もちろん初めての経験だった。
「負けたら二度とオレに近づくなよ。近づいたら問答無用で半殺しにしてやるからな」
「負けた上で君に殺されるなら、僕にとっては本望かもしれない」
「……マジでやめてくれ」
「どうしたんだい?僕は思ったことをそのまま口にしているだけだよ」
「お前、初対面の時はもう少しマトモな人間じゃなかったか?」
「ふふ……今の僕が変になっているのなら、その原因は間違いなく君だよ。ガルーグ君」
レオは不敵に笑みを浮かべながら見つめてくる。
さっきの寒気がするような恐怖とは少し違った。
これは猛獣に付け狙われるような感覚に近いだろうか。
「僕は君を屈服させたくてたまらない」
「もう少しマシな言い回しはないのかよ……いいからもう構えてくれ」
「でも、僕自身の力で屈服させるのは無理だ。それは分かってるんだ」
「……何を今更。言っとくが、オレに生半可な毒は効かん」
「分かってる。そんな卑怯な手は使わないさ」
レオはそう言うと懐から何かを取り出した。
『それでは、立ち合い開始ィ!!』
「_______________あ?」
甲高い開始の合図の直後、レオが持っていたのは小さな宝石だった。
戦いに勝てないのをレオが分かっている以上、手段を選んでこないのは予想できる。
攻撃を仕掛けてくる様子もない。
「宝石、自慢か?別に見せられても何も羨ましかねぇぞ」
「自慢なわけないだろう……僕は君に勝てない、だから僕は君を説得しようと思う」
小さな宝石を掲げてレオは語る。
戦いを始めないオレ達に、観客は困惑していた。
「これは魔空石と言われる物でね。恐らくこの“陸”の上で最も価値のある石だよ」
「で?それをオレにくれるってか?」
「まあ最後まで聞いてくれ。この魔空石は特別な力を秘めていてね。その力はこの“陸”に住む者達に多大な利益をもたらすんだ」
仕掛けてくる様子はない。
このまま話を続けるようなので、大人しく聞いてやることにした。
「そしてこの石の在り処を知れるのは唯一、竜人族だけ」
「ああ、竜人族が特別扱いされてるってのはそういう」
「いいや。それも一因ではあるが、もっと“陸”にとって重要な要素が竜人族にはある」
「重要な要素……?」
「この石に秘められた特別な力、それを引き出せるのも竜人族だけなのさ」
特別な力、多大な利益。
漠然とした言葉でレオは話を進めていく。
結局のところコイツは何が言いたい?
どうやってオレを引き込む気だ?
「あまりピンと来ていない顔だね」
「当たり前だ。この世界の話には詳しくねぇんだよ。結局その石は何なんだ」
「多大な利益、この石が特別な力を使って生み出しているのはあれだよ_______________」
天高く腕を挙げ、レオは空を指さした。
その先は依然変わらず、青い空が続いている。
「空に浮かぶ島、あれを生み出しているのがこの石と、竜人族なのさ」
「……はあ?」
「何も深く考える必要はないよ。そのままの意味さ」
情報をうまく飲み込めていないオレを無視して、レオは意気揚々と続けた。
「この石に秘められた力を、竜人族が触れ、そして引き出す。そしたら遠くのどこかであの浮島が出現するのさ」
「出現だと?一体、どこから」
「無論、海の底からさ」
当たり前かのようにレオは告げる。
まだ、理解が追い付いていない。
あの空を浮かぶ島は、最初からあるものではないのか?
あのスケールは何かの拍子に、ふっと現れていい物ではない。
「そして新しく現れた島の上には、何も知らない無知な亜人達。島に埋まった魔空石……何も知らずに捕らえられた亜人達は、奴隷としての生を歩む……」
「……待て。海から出て来た島に亜人達が生きてんのか?」
「そうさ。しかも、この世界に関する記憶をほとんど持たないまま」
「……意味が分からねぇ」
「こんな世界でいいのかい?!こんな、亜人達が淘汰され続ける世界で!」
的外れなことを喚くレオ。
不幸な亜人達。利益を貪る“陸”の人間。
魔空石とやらから起きているのは、そんなものよりもおかしな現象じゃないのか?
「竜人族はこの事態への協力を望んでいない!だから、インガウェークにいた竜人族はああして“陸”から逃げ出そうとしたのさ!」
「……おい。“陸”の人間はその情報をどれだけが知ってる」
「ほとんどが知っているよ!知ったうえでこの亜人が虐げられている現実に直面しようとしないのさ!嘆かわしいことだけどね!」
「おかしいのはお前……いや、“陸”の全員なのか?」
この“陸”は何かがおかしい。
石の持つ“特別な力”について何か重要なことがまだ……それをレオが話す気がないだけか?
それにしては今の今まで“陸”の人間がそんな話をしていることを聞いたことが無い。
それほどに当たり前、それほどに人間が受け入れてしまっている現実。
何かがおかしい。
「だから僕は立ち上がる!革命軍として、亜人を救う英雄として!君にはその協力を_______________」
「もういい」
「まさか、分かってくれたのかい?!僕の偉大なる目標を!」
「うるせぇ。そんなわけねぇだろ」
のぼせあがっているレオを一蹴する。
この世界には不明な事が多すぎる。
少なくとも“村”に住んでいたオレは“陸”の人間よりもこの世界を知らない。
そんなオレにも分かったことが一つだけあった。
「お前はただの偽善者だよ。英雄だの、偉大なる目標だの、そこらの連中より薄っぺらい言葉だ」
「な……!」
「そういえば初対面の時言ってたな。騎士の話に騒いでいる周りの奴ら、全員馬鹿だって……お前も大差ねぇよ。革命軍に憧れた、ただの痛いやつだ」
「っ_______________あんな、有象無象と僕を一緒にするなあぁぁ!!」
かなり癇に障ったのか、レオは顔を紅潮させながら絶叫した。
周りを無意識に見下している彼の本性が露呈した瞬間である。
「あんな、あんなトキタ・マサムネの表面しか見ていないような、強さしか見てないような奴らが!僕と一緒なわけないだろ!!」
「表面?じゃあお前はアイツのどこを見てんだよ」
「僕は彼の崇高な思想に感化されたんだ!亜人を救い、この世に平穏をもたらすという崇高な考えに!」
「あぁ?ああー……?」
思い出す。
忘れかけていた、憎き相手のこと。
いがみ合っていた、まだ恨んでいなかった頃の日々を。
「多分アイツそんなこと考えてねぇぞ。もっと単純な_______________」
「君が分かったような口をきくなぁぁぁぁ!!」
怒髪天を衝く。
まさに怒り心頭といった様子で、レオは細身の刀剣を抜き出した。
刀剣は魔力を微かに帯びている。機杖のようだ。
「ゆっ、許さない!僕の憧れの人を、馬鹿にした君は、もう!殺す!」
「ああそうしろ。小難しい話より、お前はそっちの方が向いてるぜ」
「前みたいにいくと思うな!この機杖は空警団最強と名高いクルート・ガレンセンと同じ……」
「他人の得物かよ……どこまでも、お前」
刀剣から魔力が走ると、その魔力はレオの身体へと流れているように見えた。
身体へと魔力が充填されているということは……。
「ん?……身体強化の魔術か」
「そうさ!超上級魔術をこの機杖は一瞬で発現できる!これをもってすれば君なんて」
「おいおいおいおい……」
身体に負担をかけながら、無理な速度でレオは加速した。
確かに最初手合わせした時と比べれば見違えた速度だ。
さすがに代償を払っているだけはある。
だが
「っ!?むぐぁ!!」
仕掛けようと接近したレオの腕はいとも容易く掴み捕らえられた。
それはマグレでも何でもない、ただ敵が不用意に近づいてきたからオレが掴んだだけ。
日常動作とほとんど変わらない。
それほどに“村”の戦士にとっては朝飯前な技術。
「な、なんでだ!どうして_______________」
「説明、するまでもねぇだろ」
間髪入れずに、拳を振るった。
ボ ゴ ォ !!
頬を不気味に歪めながらレオの体は吹き飛んだ。
2、3回バウンドすると、だらんと力なくレオは地にうなだれた。
わああぁぁぁぁぁぁぁ!!
嬉しくもない歓声。
困惑しつつも、試合終了のアナウンスが響いた。
「……格上の戦士相手に、身体の強化だけで挑んでくる奴があるかよ」
ただの馬鹿が相手だった。
それだけは紛れもない事実。




