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2-27 断切

 

「待ちたまえお嬢さん」

「……はい?」


 闘技場入口前。

 フードを深く被った少女が屈強そうな男に呼び止められていた。


「入場するには入場証が必要だよ。持っていたら見せてくれるかな」

「入場証、入場証……無いとダメなんですか」

「そうだね。君の両親が持ってるんじゃないかな?君くらいの年齢の子なら持ってる人と一緒に入れるよ」

「えっと、両親は私を置いて先にいっちゃいました」

「困ったな……中に入れないのなら、とりあえず騎士様のとこに預けさせてもらおうか。何かと最近物騒だからね。ほらこっちだよ」

「えっ、騎士って……ちょっと、待ってください!」


 屈強そうな男に手を引かれ、どこかへと連れていかれる少女。

 遠慮しながら握られた手を解こうと抵抗するが、男はにこやかな顔のまま、手を離そうとはしない。

 傍から見れば誘拐してるように見えるが、男の警備員らしい出で立ちからか、それを怪しむ通行人は一人もいない。


「離してください!中に両親が居ますからって!」

「こんなとこで一人じゃ危ないよ。騎士様もそんな怖い人じゃないし、すぐにご両親連れて来るから」


 ズルズルと引きずられていく少女。

 そんな2名のやり取りに向かって、人混みの中から真っ直ぐ歩いてくる一つの影があった。


「_______________失礼」


 男が反応した時にはもう手から少女は既に離れていた。

 その代わりに、男の手の甲には現れた者の手が添えられている。


「彼女は私の関係者です。通してもらえますかな」

「す、すいません。ですが通るなら入場証を」

「入場証は、持ってませんね。代わりと言ってはなんですが……」


 そう言って取り出されたのは小さなエンブレム。


「いぃっ?!も、申し訳ございませんっ!どうぞお通りください!」


 長身の男から自信なさげに取り出されたそれを見た途端、屈強そうだった男は縮こまるように頭を下げた。

 その様子を一瞥すると少女は鼻を鳴らし、満足気に闘技場へと入っていった。

 長身の男も困ったように嘆息すると、その後に続いていった。


「……クーシィさん、なんで貴方がついてきてるんですか」

「プレア殿1人ではどうにもならないと思いまして。予想的中でしたな」

「1人でも通れてました」

「ご冗談を」


 プレアは不機嫌そうな顔のまま、闘技場の中を進んでいく。

 目指すはかつての主人のいる場所。

 居場所の目星すらつけていないため、さまよい歩くことになるが、その程度のことは覚悟していた。


「言っておきますけど、貴方達から逃げる気はないですから」

「知っていますとも」

「最後にあの二人に挨拶するだけ。もう離れる決心はついてます」

「知ってますって」

「あの二人に未練なんてこれっぽっちもありません!これはお世話になったケジメですから!一目見ておきたいとか、情があっての行動ではないですから!」

「はいはい知ってますとも。私は貴方が望んだ事を成すためにサポートするだけですから」


 ふんふん、と荒い鼻息と共にプレアは軽い足取りで進んでいく。

 あの二人に会う。

 その感情に嬉しさと緊張が入り交じっていることを、彼女は認めたくなかった。

 認めたくないからこそ、薄い虚飾を纏い続けた。

 少しでも後悔はないと、自分に言い聞かせるために。


 〜〜〜〜〜〜


『第2回戦!選手の入場だあぁぁーーー!!』


 耳を塞ぎたくなるほどの爆音を合図に、オレは歩き出した。

 薄暗い入場口を抜け、光と歓声のフィールドへとその身を乗り出した。


『インガウェークの処刑人っ!ガルーグゥゥ……メルスバッサァァァ!!』


 豪雨にも似た拍手と人の声の凝縮。

 (しか)め、目を凝らしながらも、一帯の民衆を見渡した。

 どいつもこいつも間の抜けた顔でこちらを見ていた。


『対する対戦相手は、名家の名を一身に背負い、堅実かつ豪快に立ち振る舞い続けるっ、この戦士ィ!!』


 そんな腑抜けた数多の視線の中、煌々と輝く鋭い眼光。

 それは正面に現れ、ジッとオレを見つめていた。


『ニクスっ、フロストハートォォ!!』


 集まる期待、むせ返るような轟音を跳ね除けながらニクスは歩いて出て来た。

 その背に大きな荷物を背負いながら。


「_______________よお、俺様は待ってたぜ。この瞬間をよお」

「そうか。オレはそうでもないっス」


 背負った大きな包みを下ろしながら、ニクスはニヤリと笑う。

 包みからはガシャガシャ、と金属同士が擦れる音がしていた。


「お前とは色々とある。ライバルながら、兄貴のこととか今後とも協力して欲しいとは思っているぜ」

「なんスか、急に」

「だがなぁ!!残念ながら今回の勝ちを譲る気はねぇって話だ」

「譲らなくても勝つ。てか、楽勝で倒せますよ。アンタも分かってるでしょう?」


 ニクスはオレと比べてはるかに弱い。

 この“陸”ではどの位の序列なのかは知らないが、オレの足元にも及ばないのは確かだ。

 1度手合わせした経験で、力の差は全て分かっていた。


「分かってるさ。小手先程度じゃテメェには傷一つ付けれねぇってことくらいな」

「んじゃあ、痛い目見る前にさっさと諦めてください」

「冗談じゃねぇ!俺様は今、テメェに勝つという大いなる目的でここに立っている。退くなんてことは有り得ねぇ!」

「……邪魔っスね。アンタみたいなの嫌いじゃないっスけど、今はただ邪魔なだけっス」


 拳を握り、軽く構えた。

 加減などいらない。

 構えられた身体を殺気で満たした。


 力の差を知っているからこそ、ニクスはオレから尋常ではない覇気を感じているはず。

 それでもなお、汗を滲ませながらニクスは笑った。


「聞こえるか?この有象無象の声を」

「……?」

「耳を傾けてみろ。今俺たちはどんな期待を載せられている?」


 歓声、応援……。

 オレの名を呼ぶ声、励ますような、闘争を煽るような声。

 各々の声が入り交じった圧の中に、ニクスとフロストハートを呼ぶ声は聞こえない。

 彼を後押しするような声は無いに等しかったのだ。

 代わりに、紛れ込んだ罵倒のみがニクスへと浴びせられていた。


「フロストハートの権力は地に落ちた。つい最近まで媚びへつらってた奴らも、今じゃ口汚く喚くだけの豚に変わっちまった」

「それは、アンタの兄貴が」

「ああそうだ。ウチの馬鹿兄貴が、血迷ったことしたからこうなった。周りの反応も、正直納得出来る」


 ニクスは語りながら、大きな包みから武器を取り出す。

 握られていたのは柄の頭に宝珠が付いた短剣であった。


「だから兄貴のせい、しょうがない。そんなのは違う。それはそんじょそこらの奴と同じ反応だ」

「兄貴は優秀な人だった。だから敵にまわっちまって皆不安なんだ。あんなのが敵にまわったら、もしかしたら“陸”は負けちまうんじゃねぇかって……不安だから、残された俺たちにぶつけるんだ」

「じゃあ、俺様は何をするべきなのか。何をすれば、この流れを止められるのか」


 赤い宝珠が淡く光ると、包みに入っていた金属片達は大きく舞い上がった。


「_______________形態(スタイル)猟犬(ハウンド)”」


 ニクスが告げると同時に、舞い上がった金属片達は一点に集まり始めた。

 歪にくっついていくガラクタ達は形を描いていき、やがてその姿を現した。


「お前を倒して証明すればいい。レオ・ソドムを倒し、インガウェークに名を連ねているお前を」


 金属だったモノはいつの間にか狼を象った機杖(ワンド)へと姿をかえていた。


「俺様が居れば“陸”は安泰だと。フロストハートは偉大だと、証明すればいい」

「そのために、犬で芸でもさせるんスか」

「ほざけ」


 漂っていた空気が刃のように鋭く尖る。

 ニクスが短剣を構えると同時に、狼が体勢を低くしていた。

 まさに戦闘態勢、準備は万端か。


「これが俺様の本気だ。あの時と同じとは思うな」

「犬コロ一匹ついただけっスけど」

「そう見えるならその程度だ。素手で勝てるほど甘くはねぇよ……テメェは、機杖(ワンド)は必要ないってか?」


 この闘いには機杖(ワンド)を一つ持ち込めると許可されている。

 本来ならば剣の1本や2本持っておきたい。

 だが、それぞれが自分を活かせる武器を持ち込める中、オレが持っていたのは。


「生憎、オレにはこれしかないんで」

「……指輪?」


 奴隷の証明。

 オレに必要な機杖(ワンド)と言えば、これだけだ。


「さあ、やりますか。周りも待ちくたびれてるみたいですし」

「はっ_______________行くぜ、ガルーグ・メルスバッサァ!!」


 合図などわざわざしなくてもいい。

 その一声を最後に、2つの白銀が鋭利に飛び迫った。


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