2-24 照会
「答えてくれよ!!兄貴は今どこで!何してやがんだ!!」
クーシィの名を出した途端、ニクスは俺の肩を激しく揺すり始めた。
どうやらクーシィの居場所は知らないようだ。
「離してください。とりあえず」
「教えてくれ!どこにいるんだ!兄貴に会わなきゃなんねぇんだ!!」
「っ、離せって!」
掴んでくる腕を振りほどき軽く突き飛ばした。
何やら様子がおかしいが、革命軍のスパイはコイツではないらしい。
「はぁ、落ち着いてくださいよニクス様」
「……すまねぇ。少し、我を忘れてた」
「少しなんてもんじゃないっスけど。なんスか、兄貴なんですって?」
「あぁ、俺様の兄貴はお前が会ったって言うクーシィ・フロストハートで間違いねぇ」
「革命軍の一員なんだとか」
「……すまねぇな。兄貴がそっちに何かしたってんなら、謝る。出来ることなら何でもするよ」
「急にしおらしくならないでくださいよ」
ニクスはうってかわって、露骨に落ち込み出した。
知らないのならもう用は済んだ。
もう用はない、とオレは踵を返した。
「知らないんなら、聞くことはもう無いっス。別にそっちの家を貶める気とかも無いスから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前はクーシィ・フロストハートを追ってるのか?」
「あの男が今ウチの者を連れ回してるんスよ。ソイツ連れ戻したいだけで、あの男自身には特に何も」
「じゃあ……何でもいい、手がかりが何か得られたら教えてくれないか」
「知ってどうするんスか」
「それは……」
ニクスは少し言い淀んだ後、困ったように呟いた。
「分からない。でも、とにかく会って話がしたいんだ。なんで革命軍に入ったのか。どうして家を、次期当主の立場を捨てたのか」
「……余計な情報、オレに聞かせないでください」
「あ、すまん」
「じゃあオレはこれで。何かあれば、一応報告はしますよ」
今度こそ、踵を返してその場を後にした。
ニクスは教室で疎まれていた。
恐れられているオレとは別のベクトル、失望や卑しみの念で。
彼もオレと同じ新入生だ。
余程のことをしなければそんな扱いをされないはず。
人相や性格がそこまでさせているとも思えない。
クーシィが革命軍に寝返ったから。
裏切り者を産んだフロストハートの人間だから。
もし周知の事実であるなら、そういうことだろう。
「テメェと同じだよ……マサムネ」
逸脱した者のせいで、その周りにいた者が不当な扱いを受ける。
同じだ。いつだってメチャクチャにする奴は。
〜〜〜〜〜〜
歩を進めながら考え込んでいた。
革命軍のスパイは過去に名家を貶めようとしている。
そんなことをして得するのはどういう輩だろうか。
「……分かんねぇな」
候補を出そうにも、浮かぶ顔が少ない。
そもそもこの“陸”について知らないことが多すぎるのだ。
こういう時は詳しい奴に聞くのが早い。
コン コン コン
地下にある鉄製の扉をノックした。
「入りますけど、いいっスか」
「入って、い、い、から……!早く助けろし!」
「はあ……?入りまーす」
困惑しつつも扉を開ける。
飛び込んできたのは、掴みかかろうとしているミィンとそれに抵抗しているディアーヌの光景であった。
「ハグ、ハグくらい、いいでしょ……!」
「や、め、て!馴れ、馴れっしいんですけど!」
「……出直しましょうか?」
「待て待て待て!止めろし!これ放置するとかマジない……って!どさくさに紛れて唇を近づけてくるな!」
「ははあ、随分と仲良さげっスね」
「っ……!もう、手伝ってやんないかも!マジで!」
「あー……はいはい。ご主人、その辺にしときましょうね」
しばらく眺めといてやろうかと思ったが。
仕方なしに、暴走気味のミィンをつまみ上げた。
「ちょっと!何すんのさガルーグ!」
「いや流石に協力関係が崩れんのはヤバいかなと。てか、何してんスか」
「友情を確かめようとしてたの!ほら、仲良し同士は挨拶代わりにキスするんでしょ?」
「なんスかその歪んだ友情」
「はぁ……はぁ……その箱入り娘に、ちゃんとした教育してあげて……常識的な、やつね……」
「いやー、ご苦労さまっス。すんませんね預かってもらってて」
「送り込むにしてもせめて許可を取れ!ウチ託児所じゃないんだから!マジで!」
「いや、ディアーヌ様絶対断わるだろうと思ったんで」
「鬼畜……!」
ディアーヌは息を絶えさせながら、恨めしげにオレを睨んでいる。
はて、何か悪いことをしただろうか。
オレは面倒な主人にこの地下室のことを教えただけなんだが。
「む、何か2人とも仲良さげ」
「そうっスね。割と仲良いっスよ」
「誰がよ誰が。そういえばウチ、こき使われまくってるだけなんですけど。ウチ天才よ?おかしくない?」
「ええ、助かってます。感謝してるっスよ」
「なっ……ま、まあ、そんな蔑ろにされてないんなら、いいけどさ」
「……ディアーヌちゃん?」
「ウチだって、竜人族の娘に会いたいから協力してるわけで……別にそっちと仲良くしたいわけじゃない、し……」
ディアーヌは顔を赤くして、俯いたままブツブツと何かを呟いている。
感謝され慣れてないのだろうか。
実際オレは助かっているし、事ある毎に褒めることにしよう。
「さて……ディアーヌ様、頼んでたのはどうなりました?」
「ひゃいっ!……た、頼んでたの?ちょっと待って」
「ガルーグ、頼んでたのって?」
「すぐに分かりますよ」
ディアーヌが奥にある紙の群れをかき分け始める。
ここに訪れたのは預けていたミィンを引き取るためだけではない。
むしろここからが本題と言っても過言ではなかった。
「これ。ウチのポンコツから保存してたやつ」
「なにこれ……写真?」
「そ。つい前までそっちの竜人族の娘をずっと監視してたの。これは、その時に一緒に映り込んでた人を記録したやつ」
荒い画質で型取られた人影を確認していく。
何より注目すべきは、オレが傍にいなかった昨日の時間帯。
さらにその中にあるのはミィンすら傍にいなかった時間。
探すのはたった数分の間、プレアが一人で接触している者。
「_______________ん?コイツは」
「この人って……」
「そう。多分、この人」
該当していた人物は、たった一人だけ。




