2-22 騒ぎ
現れた長身の男と向かい合う。
佇まいや雰囲気から、その男がただ者ではないということはなんとなく分かっていた。
「退けよ。オレは後ろの女に用があるんだ」
「彼女は今忙しい。用事なら代わりに私が引き受けよう」
「あー……?竜人族の言語の解読だ。出来んのか」
「出来るよ。貸してみてくれたまえ」
「やっぱなしだ。触んな」
舌打ちと同時に一歩後ずさると、クーシィは薄く微笑んだ。
今手元に武器はない。
こうして正面から捉えられている以上、奇襲は通用しないし、魔術を詠唱出来る間合いでもない。
「いいから退け」
「まあそう言わず。たまには男の尻を追いかけてみるのも一興だと思うが」
「ちっ……おいプレア!なんだこの男色野郎は!」
「冗談とは言え酷い言い草だ。私の名前はクーシィ・フロストハート。革命軍の幹部をやっている者だよ」
「フロストハート……革命軍だぁ?」
フロストハートと言えば、ニクスの、あの果たし状野郎の家名。
それは確か名家の名前であるはずだ。
「名家の人間が革命軍を名乗るのか?」
「家の薄っぺらい肩書きに意味などない。今はこっちの方が気に入ってるよ」
「なるほど、名家の人間ってのは全員変わり者なんだな」
「ありがとう。さあ、君の名も名乗ってもらおうか」
クーシィはオレを正面に見据えたまま、会話を続ける。
この奴隷が集まる場所で、当然のように立っている人間。
名家であり、革命軍であるというのは間違いないだろう。
「世の流れに逆らってやろうって根性は好きだがな。やってんのが奴隷の解放とか偽善者ぶってんのが気に入らねぇ」
「自覚してるよ。でも、やってるのはそれだけじゃない。例えば……」
「興味ねぇ。名乗る気もねぇ」
気に入らなかった。
名家の人間でありながら、革命軍に身を置くその逸脱した感じが。
「テメェ倒してこの辺の奴隷全員、主人の下に送り返してやるよ」
「……まさか、私とやる気なのかい?」
「テメェがプレアの前から退く気がなさそうなんでな」
「やめておいた方がいいよ_______________」
瞬く銀光。
視界の隅から、何かが放たれる。
「ぬるいな」
反射的な動作でその攻撃を難なく受け止められた。
見ると、それは毒の塗られた投擲用の短剣である。
「ふん、殺す気の無い毒。偽善者らしい、姑息で反吐が出る手だな」
「……!」
「革命軍のアイツ程度なら倒せたんだろうが、生憎鍛え方が違ぇ。オレは戦士だからな」
短剣を指に挟んだまま折り砕いた。
革命軍といえど所詮“陸”
立っている土俵から違う。
「なるほど……!君はつまりマサムネ殿と同じ_______________!」
「アイツに会ったら伝えとけ」
クーシィが後ろに跳んだのに合わせ、前へと距離を詰める。
そして目の前の驚いた表情に向かって嘲るように囁いた。
「次会ったら殺す気でぶん殴る。首洗って待っとけってな」
微笑み、体の芯ごと切り落とす勢いで回し蹴りを繰り出した。
超高速の蹴撃。
クーシィへと迫る骨と肉のギロチンは超人的な力と勢いで接近し
「_______________やめて!!」
自身の意思と超人的な力によって止められた。
「こんなとこで、こんなこと止めて」
「……退けよ。死ぬぞ」
間に割って入ったプレアを眼光で脅した。
だが、その凛々しげな表情はビクともしない。
「アンタがこの人を倒しても、私は戻らないから」
「関係ねぇ。コイツをノして、無理矢理オマエを帰す」
「なんで!なんでそんな、自分勝手なことが出来るの……?」
「自分勝手はテメェも一緒だろうが」
ザワザワと辺りが騒がしくなってきている。
周りにいた者達がオレ達に意識も向け始めているのだ。
長居は出来ないだろう。
「……妹がいたの。あの子、革命軍に所属してた」
「ああ、前に言ってた奴か。それで?」
「それで、って!会いたいから革命軍に入るの!今までマスターの傍にいたのは妹に会えるかもしれなかったから!もうあの人に用はないの!」
「それだけか?」
「それ、だけ……?強いだけで何も持たないアンタには、これがどれだけ大事なのか分からないでしょうね」
「分からねぇな。そんだけ真っ当な理由があるにも関わらず、迷った顔してるテメェがよ」
プレアは図星を突かれた顔した。
妹に会える、だからそれまで利用していた主人と縁を切る。
当然の行動。
それでもプレアの表情には迷いが見え隠れしていた。
「別に……迷ってなんか……」
「そのマスターに情が湧いてるんだ。だから迷ってる。そんな中途半端でいいのか」
「うるさい!これでも迷った末なのよ!」
「そんな覚悟じゃ後々後悔するぞ。なんせ革命軍ってのは“陸”と敵対してる組織だ」
「舐めないで!覚悟はしてるわよ!」
「じゃあその気になればアイツを殺せるんだな?」
「……!」
プレアの口から詰まったような息が漏れる。
直後に表情がみるみる青ざめていった。
それはまさに、覚悟が半端である表れであった。
「無いんだろ。そんな覚悟」
「うるさい……じゃあ、じゃあどうしろって言うのよ。これが妹に会う最後のチャンスかもしれないのに……」
半泣きの声、俯きかけた顔を掴んだ。
見開かれた瞳を覗き込んで、オレは言い聞かせるように話した。
「じゃあオレと来い」
「……へ?」
「オレの力があればこの世界を好きに生きていける。革命軍に会う機会なんぞいくらでも作ってやる。奴隷から解放されたきゃ、いつでもしてやるよ」
「え、そ、そんなこと……言われても」
握る手を強め、紅潮するプレアを畳み掛けていった。
「好きに生きるようにしてやる。だから今はオレと来い。オレの傍で生きろ」
「あ……う……あ……」
プレアの目がグルグルと左右に泳ぐ。
迷ってるのか?これほどの好条件に迷う必要はないはずだ。
それとも信用されていないのか。
どちらにせよ今は押し切るしかない。
「オレと来い、プレア」
「ひ、あ、そんな、こと、いきなり言われても_______________」
リンゴのように赤く染まるプレアの表情。
何度も黒目を往復させ、悩みに悩み抜いた末、プレアの出した答えは……。
「_______________動くな!この周辺に、怪しい取引がされていると報せがあった!」
「……!騎士だ!テメェら、逃げろォ!!」
突如現れた空警団によって遮られた。
荒波を立てて出口へと流れていく奴隷の群れ。
その流れに呑まれるように、プレアとクーシィの2人も裏に続いている出口へと遠ざかっていく。
「ちっ、どけ!おい、待て!プレア!行くんじゃねぇ!」
追いかけようとするオレを妨害するかのように、奴隷の流れはオレを出口から遠ざけていく。
やがて、奴隷が軒並み逃げた頃には2人の姿はもうそこに無かった。
「だいじょうぶカ。ねんのたメ、すうふんごにくうけいだんがかけつけるよウ、てはいしておいタ」
「テメェ……マジでポンコツかよ。クソが」
「えエー」
肩を落とすオレを励ますように、5号の手がポンと置かれる。
駆けつけた空警団の喧騒と5号の声が、やけにうるさく感じた。




