2-21 発見
「なんだ貴様は」
大きな男がオレを見下ろしている。
細めた瞳で睨んでいる。
「その先に用があるんスよ。通してくれないスか」
オレはふてぶてしくそう返した。
なんでもいいから通してくれねぇかな
半ばヤケクソ気味に、心でぼやいていた。
「あそこのさきダ。おまえがいケ」
数分前、5号はオレにある場所を示した。
誰も通らないような建物の裏。
指した扉の前には大きな男が仁王立ちしている。
「なんでオレが行くんだ。お前らじゃダメなのか?」
「われわれでハ、通れなかった。このちくでハ、あそこだけさがせていなイ」
「通れない?何があるってんだ」
「わからなイ。だからおまえガ、いくひつようがあル」
「そりゃそうか……門番っぽいのがいるが。荒っぽくやってもいいか?」
「だめダ。ディアーヌさまにめいわくかからないよウ、おんびんにやレ。だれもきづかないくらイ、しずかニ」
「無茶言うなよ」
こうしてオレは大男の前に立った。
この先が何なのかは知らない。
だがプレアがいるかもしれないという可能性がある限り、この先を無視するわけにもいくまい。
「帰れクソガキ。お前が来れるような場所ではない」
「じゃあどういう人間なら通れるんスか?これでもオレ、名家の人間なんスけど」
インガウェークの家紋が彫られた指輪を見せつけた。
その実、やってることは奴隷の証明だが、この場合家紋だけで怯む者の方が多いだろう。
権威を振りかざしているようで気に入らないが、致し方なし。
「インガウェーク……それが本当だったとすれば、尚更通す気はないな」
「へぇ、いいんスか?まあ、あの……多方面に言いつけるスけど」
「やれるものならやってみろ。財力や権力なんぞに俺達は屈しない」
退く気はない模様。
こういう金持ちに媚びを売らない輩は個人的に好きなのだが、今回ばかりは普通に邪魔である。
「ちっ、しゃーねぇ……おい。お前今、財力や権力には屈しない言ったか?」
「……なんだ」
「じゃあ暴力ってのはどうだ?今オレが持ち合わせてる最強の力なんだが」
「冗談も程々にしろ。貴様のようなボンボンが何をしようと_______________」
踏み込み。
捻り。
拳を顔面目掛けて突き立てた。
〜〜〜〜〜〜
扉を抜けると、そこには薄暗い空間が広がっていた。
仄暗い雰囲気を漂わせながら、空間内には無数の息が蠢いている。
忙しなく動いている者や座りながら話し込む者など、行われていることは三者三葉。
だがそこにいる者全てに共通しているものが一つだけあった。
「奴隷……全員、奴隷なのか?」
過ぎるもの皆、首輪を付けているのだ。
耳が長く伸びた者、獣の耳を頭から生やした者等、見覚えのない種族が闊歩している。
奴隷の隠れ家ともいう場所なのか。
「……!」
そして、その影に紛れる1人。
部屋の隅で小さく縮こまっている見慣れた姿。
オレはその女に向かって真っ直ぐに歩き、そして声を掛けた。
「よう。何やってんだこんなとこで」
「……アンタ、なんでこんなとこにいるの」
忌々しい者でも見るかのようにプレアは顔を顰めた。
わざわざ迎えに来てやったというのに、とオレも思わず顔を顰めた。
「全く同じ言葉を返すよ。クソ女」
「ふん。帰って。私はもうあそこに戻る気ないから」
「急な反抗期だな。1ヶ月もあそこにいて、何を今更」
「私にはやることがあるの。あんなとこにいつまでも居られない」
「きっかけがあったはずだ。あの日、オレがいない間に何があった?」
「……」
「言えねぇような事情か?なら_______________」
一度嘆息してから、素早く動く。
軽い四肢を捕らえると、オレはプレアが何か喚くよりも早くに担ぎ上げた。
「なっ、止めて!下ろしてよ!」
「うっせぇ、いいから戻るぞ。こんな陰気な場所よりも、何も不自由ない華やかなとこの方がいいだろ」
「不自由ない?奴隷がそんなことあると思う?!首輪がある限り私たちに自由はないの!」
「じゃあ、ここにいりゃ手にいられるのか?その自由ってのは」
「そうよ!ここなら首輪の術式を解除してもらえるの。解放されるのよ、あんな生活から!」
「んなことしたら、インガウェークに戻れねーぞー」
「戻らなくていいって言ってんの!この、脳筋ゴリラが!」
些細な鈍痛。
小さな膝から繰り出された一撃がオレの顔面にヒット。
その隙を突いて、プレアは猫のようにオレの腕から抜け出した。
大した威力ではないが、顔面ともなれば流石に痛い。
「っ!……大人しく戻れ。首輪の解除なんざ、お前の嫌いな人間どもから危険視されるだけだ。最悪殺されるぞ」
「あんなとこに居ても、死んだも同然」
「んなこたねぇよ。少なくともあそこにいりゃ死にはしねぇ」
「強いアンタには分からないでしょうね!竜人族の私は、この“陸”に居るだけで生きた心地がしないの!」
「あん?そりゃどういう意味_______________」
「その辺にしておいた方が、よろしいんじゃないかね」
横から伸びた手がオレの肩に乗る。
低く、諌めるような声の主は、その長い身でオレの前に立ちはだかった。
「……誰だテメェ」
「なに、ただ通り過ぎただけの親切な男だよ」
「クーシィさん」
クーシィと呼ばれた男は、軽くウインクをして見せた。




