2-20 解体
「ということなんスけど、手を貸してくれないスか?」
プレアがいなくなった後日。
オレはディアーヌの地下室で頭を下げていた。
「えぇ……昨日の今日だけど。そんなことある?」
「解読もままならないんで、協力お願いしゃす!」
「いやいいけど。休日だし、ウチとしてはもちっと遠慮とかして欲しいなーって」
授業もなく休みだというのに、わざわざ訪ねて来ているオレにディアーヌは怪訝な目を向けていた。
プレアを連れ戻すと言ってもそもそもどこにいるか分かっていないのだから、しょうがない。
事情を理解した上で協力してくれそうなのがコイツくらいしかいないのだ。
「そりゃウチのポンコツ共動かせば探すことくらいは出来るけどさぁ……」
「あざっす!」
「あざすって、なんか図々しくなぁ。解読頼んだのはウチだけど」
「……?すんません。じゃあ1人で何とかします」
「ちょいちょいちょい!引き受けないとは言ってないから!変なとこで気ィ遣うなよな!」
「え?どっちなんスか」
「いや、もう、協力するから。なんなんキミ」
こちらの台詞だ。
ディアーヌが軽く柏手を打つと、ドアの向こうでドタドタと足音が聞こえて来た。
機杖仕掛けの人形が動き始めているのだろう。
「今ポンコツ起動してるからちょいまち。その娘がどの辺にいるとか目星はついてんの?」
「いえ、全く」
「オッケー、まあ出来るだけ広い範囲で動かしとこかね」
「……そんな街中で勝手に動かして大丈夫なんスか?」
「ウチのポンコツ舐めんなよ?動きは完全に人間だから、姿隠せばほとんどバレない。見つかっても、ウチの名前出せば一発だし」
「名家だからっスか」
「いや、ディアーヌの名前でもう皆平伏もんだから」
ディアーヌはふん、と得意げに鼻を鳴らしてみせた。
「この頃普及してる機杖もほとんどウチが作ったし、学園の人形もウチの旧作のお下がり。“陸”のお偉いさんもウチに頭上がんないワケ」
「だからこんな地下室を……そんな立派なら竜人族の1人や2人、貸して貰えんじゃないスか?」
「ウチが凄いってだけで、ルポストア家が凄いワケじゃないから。流石に無理みたい」
「そう、なんスか?」
ディアーヌですら竜人族に触れられないというのは、少し違和感を覚えた。
恐らく機杖は“陸”での最先端の技術。
それの前線に立っている名家の娘にさえ竜人族は手の届かないものらしいが。
それほど竜人族は“陸”にとって重要な何かを握っているのだろうか。
「いいよウチの話なんて。ほら、さっさと探しに行きな」
「……あざした。ご主人も喜ぶと思います」
「あの子の話はいいっての!てか、また手紙送ってきたから、ちゃんと止めさせてよね!」
軽く返事を返して部屋を後にする。
その間にもオレの竜人族に対する疑念は徐々に深まっていった。
〜〜〜〜〜〜
高く上がった太陽の下で、溢れるような雑踏。
奴隷であるオレが1人で立っているというのに、人々はオレに見向きもしない。
そんな事実に苦笑した。
「半亜人だろうが人間だろうが、成りだけじゃ分かんねぇか」
指輪の機杖に指をなぞらせる。
ご丁寧にインガウェークの家紋まで彫られているが、これが奴隷の証明だとは見ても気づかないだろう。
「さて、探すつってもどこから行くかな」
辺りを見回すが、当然の如くそれらしい人影は見当たらない。
第一にアイツがインガウェークを抜けた理由が分からないのだ。
もうこの“陸”に居ない可能性すらある。
「まあ適当に行くか」
「まテ。そっちはもうさがしていル」
「……あん?」
フードを被った大男がオレの肩を掴んだ。
知り合いにこんなやつがいた覚えなんぞない。
挨拶と言わんばかりにガンを飛ばした。
「誰だテメェ」
「なにものかト、きかれれバ、ごごーであル」
「聞かねぇ名前だな。敵か?味方か?」
「ディアーヌさまハ、おまえをきょうりょくかんけいだト、いっていタ」
「……人形かよ。そうならそうとさっさと言え」
「ごごーだト、いっタ」
「はいはい5号な。紛らわしいんだよ」
5号はフードを深く被りながらオレの横を着いてくる。
森にいたのとは違う、完全に人に擬態しきっている人形であった。
「アイツも仕事が早いな」
「ディアーヌさまハ、すごいおかタ。きょうりょくにかんしゃしロ」
「凄いお方って、自分で呼ばせてんのかよアイツ」
「ぶじょくするナ!かんしゃしロ!」
「あー、はいはいしてるよしてる。凄いお方だよディアーヌ様は」
「そうダ!ディアーヌさまはすごイ!けど、ディアーヌさまはそうおもってなイ……」
「あ?どういうことだ」
急に人形の声のトーンが下がった。
コイツら、人形のくせに感情の起伏があるのか。
「ディアーヌさまのつくってきたワンド、ほんとはほとんどディアーヌさまがかんがえたものじゃなイ」
「……?じゃあ誰が考え出したやつなんだよ」
「ミィン・インガウェークがかんがえたもノ」
「へぇ……」
「ミィン・インガウェークはまりょくがないかラ、かんがえついてモ、きどうさせられなイ。だからかわりにディアーヌさまがつくル」
「なるほど」
「てがみでせっけいずがおくられてくル。ディアーヌさまはそれをさいげんすル。さいげんできるだけでモ、すごイ。けどディアーヌさまはじしんがなイ……イ……イ」
突然、5号の声にノイズが走る。
故障かと思ったが、それはすぐに立ち直った。
『……ピ……なんか余計なこと喋ってたな、このポンコツ』
「……この声、ディアーヌか」
『聞いた?聞いたよね?なんか余計なこと絶対聞いたよね?』
「いや何も」
『いーや!絶対聞いたよ!……はぁー、あぁぁぁあ!!』
バタバタと何かを叩きつける音が聞こえる。
何やら悶えている様子だ。
『はぁ……はぁ……』
「だ、大丈夫そうか?」
『……喋ったら殺す』
「分かってます。喋る気もないっス」
『ならよし……クソ、コイツ後で解体だわ』
「……。」
『今、1〜15号機で探索してる。今のとこは発見なし系ね』
「15体。そんだけいりゃオレは何もしなくてよさそうか?」
『ううん、そうでもないよ。ウチのポンコツで入れない所あるから、アンタがそこに行かなきゃなんない』
「入れない所?」
『そ。んじゃ通信切るから、後はこのポンコツに着いてって。そんじゃ』
プツっと食い気味に途切れた音が鳴ると、消えていた5号の目に光が灯った。
「_______________?なにガ、あっタ」
「気にすんな。ほら、案内してくれよ」
こうして5号は重い足取りで目的地へと向かっていく。
 




