1-3 群れる飛行船
奴隷。
自分たちに対する人間”からの扱いをメネはそう語った。
横に座っていたノルンも沈んだ表情をしている。
「そうか……お前ら、酷い扱いされてるんだな」
「まあそんな苦労も、もう終わりなんだけど」
「ノルンちゃんそんなこと……」
「?何があるんだ」
「もうすぐ処分されるのよ。私達」
「まだ決まったのではない、多分のことなんですけど……」
「処分?どういうことだよ」
「……そうね。一旦外を見てみましょう?」
メネはそう言って立ち上がり、部屋の扉を開けた。
俺はその手が招くままに、外へと出た。
「うお……」
木製の壁や天井から一変。
目の前に広がったのは小さな集落だった。
そして、やはり上にあったのは青く広大な空。
いくつもの大地が浮遊していた。
村の空とは全く違う。
「この空はマサムネ様の村とはやっぱり違いますか?」
「全然違う。なんか村より広い気がするな」
「んー……あ、あったあった。ほら、あれ見てみなさい」
「?何が見え_______________」
メネの指が向いた先を見る。
いたのは空を飛ぶ白い影。
その姿に俺は身震いした。
「飛行船……!」
「そ、アナタの村を襲ったのと同じのよ。あそこにも、ほらあっちにもいるわ」
メネの指さす先にはどこにも飛行船がいた。
指折りでは数え切れない程、空には飛行船がいくつも飛んでいる。
「この世界の管理してる“陸”の連中。その下っ端がアイツらなの。“空警団”って呼ばれてるらしいわ」
「俺の村を襲ったのもその“空警団”ってのか?」
「そうね。島の亜人を捕まえてはどこかに連れていくの。捕まった先でどうなるかは私らも知らないわ」
「そう、なのか」
「マサムネ様の村は皆人間なんですよね?なら、捕まったとしてもそこまで悪い扱いはされないと思います」
「……この島は大丈夫なのか?」
「んなわけないじゃない。見てみなさいよこの有り様」
そう言い、メネはおもむろに集落を歩き出す。
近くで見て初めてわかった。
集落内に建っている家はどれも荒れているのだ。
抜けた天井に割れた窓。人の気配も一切しなかった。
「前はもっと賑やかな場所だったんですけど……皆、連れていかれちゃいました」
「今この島に残ってんのは私とノルンだけ。近いうちにアイツらはまた来て、最後の私達を捕まえるのよ」
「人はいたんだろ?抵抗は出来なかったのか」
「出来ないんです。これがあるから」
ノルン困ったように笑い、コツコツと首輪をつついた。
「機杖っていいます。モノによって色々な形をしてるんですけど」
「首のこれは毒を注入して装着者を殺す代物よ。ボタン1つで起動するし、外せないわ」
「毒……!そんなの、命を握ってるようなもんじゃないか!」
「“陸”の連中は発展した技術を持ってる。どんな亜人でもこれでイチコロよ」
「逆らう人もいましたけど、皆……」
そう言った2人は暗い表情をしていた。
“亜人”や“陸”、そして“空警団”
現れる情報に戸惑いながらも、俺は憤りを隠せないでいた。
これはきっと、目の前の2人に情が湧いてしまったからだ。
この世界の全てを理解したわけではない。
だが、この2人や他の亜人達が何故こんな扱いを受けているのか。
逆らえば殺す。従ったとて、身の安全は保証されない。
何故亜人達が、俺の村が支配されなければいけないのか。
「ま、とりあえずアナタは大丈夫だから。私らと別れた後もせいぜい元気にやりなさい」
「ダメだ」
「え?」
「ダメだそんなんじゃ。このまま黙っていいようにされていいはずがない」
「はぁ……反撃しようって?無理よ無理。捕獲に来る連中は下っ端の下っ端だけど、10人余りで武装して来るのよ。アナタ1人じゃ無茶」
「なら、2人も協力してくれ」
「だーかーら!首輪のせいで逆らった時点で死_______________」
「少し、動かないでくれ」
近づいてメネの首輪に触れた。
何かの信号で毒の針を首輪から出す仕組み。
対になっている物の合図でしか機能しない。
「あ、な、なによ……」
「やっぱりだ。そんな複雑な作りじゃないなこれ」
「……マサムネ様?」
島で習った魔術の仕組みと比べたら原始人レベルだ。
こんな物解除するのに道具も何も必要ない。
俺は首輪型の機杖に触れ、刻まれた式を的確に分解していった。
そして
「あ、出来た」
「……え、え?なんのこと?」
「この首輪にかかった術、今解除したんだ」
「……?、?!、?!?!」
メネは声にならない声を上げた。
何度も確かめるように、首輪のあちこちに触れ回っている。
1度仕組みを理解してしまえば楽勝だ。
ノルンの方にも触れ、一瞬でその術を解除した。
「ほい。ノルンのも解除したぞ」
「!……本当です。首輪が、動きません」
「これでお前ら2人は数字や記号なんかで呼ばれない。空警団にも逆らえるな」
「そんな、デタラメな」
「あ、はは_______________」
安心しきったのか、ノルンは乾いた笑いと共にその場にペタンと座り込んでしまった。
肩と足がカタカタと震えている。
「は、は……う、ううううう、うう!!うりがとぅございましゅマサムネ様ぁぁぁ!!」
「ウソでしょ……あんた、一体何者?」
「境遇についてはさっき話しただろ。ただの魔術師だよ。村じゃそこそこ落ちこぼれだったけどな」
「そう、でっかい貸しが出来たわね……」
「貸しなんて、そんな重々しく受け止めないでくれ」
目の前で起こっている理不尽。
“村”とは違う世界なのだから、理解し、適応せねばと思ったがそれは間違いだった。
世界の理だろうと、多数が望んだ意思だろうと関係ない。
こんなルールは間違いだ。
俺はこの理不尽に、理に抗う者となる。
今、そう決めた。
「メネもノルンも、俺が救いたいと思ったから救ったんだ。あんまり気にしないでくれよ」
「……っ_______________!!」
笑いかけるとメネは何故だか顔を背けた。
顔は見えないが、長く伸びている耳が真っ赤になっている。
もしや、無理やり解除したことで首輪に何か異常が?
「お、おいメネ。耳真っ赤だけど、大丈夫か?首輪に毒以外の何かが……」
「う、うっさい!今顔見ないで!見たら殺すから!容赦なく!」
「いやだっておかしいだろ!真っ赤になってるぞ!調子が悪いんだろ?見せてみろよ!」
「長耳族は皆自然とこうなるものなの!ほっといてってば!」
「い、いや流石にその耳の赤さは異常_______________」
「だらあ!!」
「へぶふ!!」
再び飛ぶ平手打ち。
メネ渾身の一撃は見事に頬を捉え、俺の体ごと吹き飛ばした。
「なんでだよ……」
回る視界の中、叩いた音とノルンの泣き声が島中を鳴り響いた。