2-12 順応
「ご、あ……」
拳を固めてわずか3秒。
顔に向けた正拳突きたったの1回。
それだけでニクスはオレの前に崩れ落ちたのだった。
「弱……いや、大丈夫っスか」
「一撃でノされたあげく心配されるとは、どこまで屈辱を味あわせれば気が済む!」
「あ、すんません。そういう気はなかったんスけど」
「そうやって余裕ぶっていられるのも、今のうちだぞ。ガルーグ・メルスバッサ」
「……?そうなんスか」
「学園の強者共がお前に注目してんだよ。この頃暴れてる生意気な新入生としてな……!」
「学園の、強者……!」
「“剛腕のナックル”、“俊足のレツ”、“狡猾のルズー”!!あの学園は曲者揃いだぜ……お前は果たして生き残れるかな」
「ちなみにニクス様は強さの序列としてはどの辺でいらっしゃります?」
「上の下だ……これでも自惚れだがな。どうだ、恐ろしいだろこの学園は!」
「……しょうもねぇな」
「え?」
オレは吐き捨てるように言った後、その場から立ち上がった。
このレベルで上位なら何も気にする事はない。
問題はソイツらを返り討ちにしていかに目立たないかだが。
「あー、そんときはそんときか……」
脅せば黙るだろうか。
そもそも既に目立っているのだから何を尽くしても今更な感じもする。
「ん?あれ、もう終わり?!」
「終わりました。屋敷に戻りましょう。まだ朝食も食べてないっスから」
「和解の握手とか、互いを認め合うやつとかしないのかい?!これで、終わり?!」
「ないっスよ。なに勘違いしてんスか」
「えー、つまんないなぁ……っ、う、寒」
ミィンはネグリジェ姿で体を震わせた。
走って散々汗をかいているのだ。そりゃ冷えるに決まっている。
「ほらさっさと帰りますよ」
「なんだい?急にしゃがみこんで」
「帰るんスよ。おぶって帰る命令……忘れてんスか」
「……!忘れて、なーいよ!」
高い声色と共に重量が背中にのしかかる。
本当にガキかと勘違いするくらい軽かった。
身体にしても、精神にしても、年齢の割に幼ない。
コイツが名家の一人娘として振る舞うには、荷が重すぎるような気もした。
「ふふ、主人が言う前に実行するとは、なかなか奴隷の仕事が板についてきたじゃないか」
「奴隷なんで、役割は徹底するっスよ。だからご主人も頑張って主人をやってください」
「言われなくても!じゃあ、出発!」
ミィンの一声と同時に走り出した。
くるる、とミィンの腹の音がしばらくうるさかった。
「ごほ……おい、テメェら、俺様の前で、イチャつきやが、って……」
〜〜〜〜〜〜
学園内のとある薄暗い部屋にて、複数の人影が蠢いていた。
十数人の人間達、それは全てこの学園の上級生である。
「“剛腕のナックル”がやられた」
「「!?」」
老け顔の男の一言にその場にいた一同は驚愕する。
男は薄い暗がりの中で険しい表情のまま、話を続けた。
「つい昨日のことだ。ある男に挑んで、返り討ちにあったらしい」
「あの力自慢のナックルが」
「無事なのか!アイツは!」
「精神的なショックで今日はおやすみらしい」
「くそっ……誰なんだ!そのある男ってのは!」
「ナックルは正体を喋らなかった。口止めされてるのだろう。だが、恐らくその男というのは」
「な……まさか例の!」
「アイツだってのか!?」
「落ち着け“俊足のレツ”!!」
どよめきは広がる。
その場にいた人間の誰もが同じ人物を思い浮かべていた。
「そうだ。皆が思っている通り、ナックルを倒したのはあの_______________」
溜める、何故か溜める老け顔。
その様子に一同は息を呑んで見守る。
そして満を持して老け顔は口を開く。
「ガルーグ・メルスバッサ。“インガウェークの処刑人”だ」
「やはり……!」
「あの男か」
「ところによっては“インガウェークの切り札”」
「懐刀」
「王子」
「筋肉」
「白い悪魔」
「やかましい……!通り名は1人につき1つまでと言っただろう!ややこしくなる!」
静まり返る一同。
老け顔は少し気まずそうな顔をし、喋りを始める。
「我ら学園13人衆がこのまま黙っておくわけにはいくまい!奴には刺客を送ろうと思う」
「するってぇと……この中から」
「俺が行きましょう」
すっくと、一同の中から1人の男が立ち上がる。
ニヒルな笑みと共に男は短剣をケースから出したりしまったりした。
「ナイフ危ないよ」
「お前は……一家全員空警団、幼い頃から多くの団員と顔見知りだと言う!」
「「コネのギンジ!!」」
「へっ。会長、俺に任せてくださいよ」
「ああ、お前になら任せられるだろう」
「アイツが現役の団員よりも強いならまだしも、そうじゃないなら勝機はいくらでもありますぜ」
「ああ。そもそも現役の団員より強いならここの誰もが勝てないからな」
「なんかちょっと前に聞いた空警団元隊長のヨハン様を倒したとかいう奴隷とアイツの特徴が一致するような気がするが、気のせいだと思うから俺は勝てますぜ」
「ああ。気のせいだよ。そんな化け物ならそもそも近づきたくもないからな」
はっはっはっ、と笑い声が薄暗い部屋にコダマする。
その場にいる誰もが、ガルーグ本人がその奴隷だとは気づいていなかった。
〜〜〜〜〜〜
「_______________ぶあっくしょい!!」
不意に出たくしゃみに教室中が静寂に包まれる。
教卓に立っていた教師さえも、目を丸くしてこちらを見ていた。
「ガ、ガルーグ君?調子が悪いなら、保健室へ」
「いや大丈夫っス。続けてください」
怯えの混じった声で教師は返事する。
一瞬の静寂も小さな話し声で徐々に打ち消されていった。
「死ぬかと思った……」
「こえー、処刑人キレたのかと」
「近くの席のやつとか心臓止まってんだろ」
「でも今日もかっこいい♡」
「授業中なにしてんだろなアイツ」
冗談交じりにヒソヒソ声に嘆息する。
唯一、笑っていたのは隣の主人と床に座す竜人女のみであった。
入学して1ヶ月。
これはこの学園の空気に慣れた頃の出来事であった。




