2-9 潜刃
能力測定を程々に。
入学しての恒例行事的なのを全て終えた頃、オレは教室にいた。
新入生でもいくつかある組の中の1つ。
これから1年間、生徒として振る舞わなければいけないクラスの教室である。
「はあ……」
そんな中オレは一番後ろの席でため息をついていた。
何故か、それは問わなくても教室内の状況が物語っている。
「見ろよ。あれだ」
「あれがインガウェークの懐刀か」
「確かに、なんか近寄り難いオーラがある気が……」
わざわざ他の教室から物見遊山に来る新入生、それと在校生。
その目当ては他でもないオレ。
見つけては遠巻きにオレを眺め、満足するなり戻っていくのであった。
「ねえガルーグ、なんで主人のボクより目立ってるのかな。ねえねえねえ」
「え、ええと……そんな目立ってるスかね?」
「目立ってる!満を持しての、箱入り娘のボクより、なんで目立ってんのさ!」
「……すいません」
「朝は嫌ってくらい見られてたはずなのに、なんでかな。だぁれも、近寄ってもくれないし」
隣の席のミィンが口を尖らせながらに言う。
生徒からオレに対する目は正体不明なこともあってか畏怖を込めたものがほとんど。
相対的に主人であるミィンの評価もどうやら恐ろしいイメージになっているようだ。
「バカね。アンタが目立ってどうすんの」
「うお!お前、そこに居たのか」
「こっちは目立たないように頑張ったのに」
ミィンとの席の間にプレアが三角座りしていた。
「なんで床に座ってんだ」
「奴隷が主人と同じ高さに座るのは不自然だから。ですよねマスター?」
「ん?ボクは気にしないけど」
「……そうですか」
「それよりも、そっちはどうだったんスか。能力測定」
「能力測定、ってなに?ボクが寝てる間にそんなのがあったの?」
「……ん?」
「ありましたよマスター。凄く退屈だったので寝てて正解だったと」
「そう?でも何でボク、急に寝ちゃったかな……?」
「寝たって……おいプレア、お前何かしただろ」
「何にもしてないことはない」
「手荒なマネしてるんじゃないだろうな」
「こっちは命かかってる。やれることはやるのよ」
「ん、命?二人とも何の話してるの?」
「「気になさらず」」
プレアは座り直し、クツクツと悪そうに笑った。
ミィンの魔力のことをバレないとは言え、当主にバレれば命一つで済まないだろうに。
ガ シ ャ ン !!
適当に考えにふけっていると、突如教室の戸が勢いよく開けられた。
そこから現れたのは派手な頭髪の男だった。
男の登場に周囲がざわめき始めたと思うと、一直線にこちらに歩いてきた。
視線の先には間違いなくオレ。
遠巻きに眺めることなく、男はオレの目の前に来て止まった。
「……なんスか」
「テメェか、俺様を差し置いて目立ってる新入生は」
「目立ってないっスよ」
「俺様には目立ってるように見えてる」
「……あれ。もしかしてキミはニクス君かい?」
「ん?誰だテメェ」
男に気づくと、途端にミィンの目の色が変わった。
「ミィン・インガウェークだよ。昔会ったことあるよね?」
「インガウェーク……?ああ、かなり前に顔合わせに行ったっけな。1回だけ」
「ほらやっぱり。フロストハート家のニクス君。ふふ、良かった知り合いだ。その、新入生同士ボクら友達に……」
「興味ねぇよ」
そう言って一蹴。
ミィンは貼り付けたような笑みのまま固まってしまった。
そんなことより目の前のコイツだ。
フロストハート家はたしか警戒すべき名家の1つ。
インガウェークについて勘ぐるつもりはないらしいが、ならば何故ここに。
「何しに来たんだコイツって顔してんな。なんでだと思う?」
「検討もつかないっスね」
「目立ってたからだ。お前が、俺様より」
なんだコイツ、頭がおかしいんだろ。
インガウェークの事を無視したとしても間違いなく関わらない方がいい人種だ。
「……。」
「何黙ってやがる」
「……。」
「ちっ、ほらよ」
押し黙っていると何やらきっちり封された手紙を渡された。
手に取ると、男は満足気な表情で踵を返す。
「挑戦状だ。俺様から、お前への」
「……はぁ」
「えっ、いいないいな。ガルーグそれ呼び出しってやつだよ。青春だよ。いいないいな」
「なんスか、青春……?」
「ここで開けんじゃねえ!俺様がいなくなってからだ」
背を向けたままの男を無視して、オレは手紙を開けた。
荒っぽい字で“放課後ここに来い!”とお手製の地図でどこかの場所を示している。
正直いって、どこなのか全く分からない。
「いいか、次会うときは勝負の時だ。ガルーグ・メルスバッサ!」
周囲の奇異の目を気にする素振りも見せず、男は教室から出ていった。
「いいないいな。それで戦ったら男の友情が芽生えるんだよ。いいなガルーグ、もう友達1人ゲットだよ」
「はぁ……」
「なんか変な奴だったね」
初日からろくな事がない。
これからあんな輩に絡まれるのかと思うと、先が思いやられる。
波風立たせないためにも当然、挑戦状とやらは_______________
〜〜〜〜〜〜
_______________無視するに限る。
しょうもない魔術知識の授業を終え、時は夕刻。
校門前に溢れかえる生徒の中、オレは立っていた。
ワイワイガヤガヤと話しながら過ぎていく生徒の波。
オレは忘れ物を取りに帰っているミィンとプレアを待っている。
「まだかアイツら……げ」
校門の向こうを見ると、インガウェークの迎えらしき男が立っていた。
つい最近剣で打ち負かした、ヨハンとかいうジジイである。
険しい表情でじっとこちらを見ていた。
他の生徒には迎えがない所を見るに、やはり名家が特別なのだ。
皆知り合った生徒同士で歩いて帰っているのが分かる。
「ガルーグ君」
「……?」
「こっちだよこっち」
首を横に向けると、すぐそこにどこかで見たような顔があった。
「はあ、どうも」
「え、もう忘れたか?!ナズキだよ。能力測定で居たろ?!現役空警団の!ほら!」
「ああ……」
「微妙な顔して、さては忘れてるな」
「はて。そのナズキ?さんがオレに何か」
「君に聞こうと思ってたことがあってね。実を言うとここに来たのも君に会うのが目的だったんだ」
「……と、言うと」
「半亜人だろ君」
その一言に、忍ばせた短剣を手に掛ける。
いきなりバレた?流石に派手に動きすぎた、バレもするもんか。
殺そう。
情報がどこから広まるか分からない。
これがミィンにまで繋がる可能性もある。
この人混みの中だ。殺してすぐ離れれば誰が殺したかなんて分からないだろう。
「武器……離せよ。空警団に何かしようって気はない」
「ならどうして接触して来た」
「聞きたいことがあるんだ。すぐ終わるから」
ナズキは冷や汗をかきながら1枚の写真を取り出した。
「こいつは“蒼穹の魔術師”ってやつなんだが」
「……!」
「知り合いだろ?それも同郷の」
「マサ、ムネ?」
「マサムネ、それが名前か」
顔つきは少し違うが間違いない。
写真に写っていたのは紛れもなくトキタ・マサムネ其の人だった。
「他のコイツらは?」
「……いや、知らない顔だ」
「関係ない、っと」
次々出された写真には獣の耳を生やした女や、耳が長く伸びた女、プレアと同じ竜人族の女が写っていた。
「こんなことを聞いて何になる」
「こっちには大事なことなんだよ。君達半亜人のことはね」
「ちっ、そっちが一方的に聞いてくるだけなんじゃ気に入らねぇ。これ以上ペラペラと喋る気はねぇぞ」
「いや今ので十分。けど最後に1つだけ_______________」
周りに目立たないよう。
オレだけに見えるように、ナヅキはナイフ型の機杖を向けた。
「毒の短剣。刺さったら死ぬ」
「なら刺さる前に殺す」
「そうなったら空警団がお前をインガウェークごと潰しに来る」
「オレはインガウェークに思い入れはないぞ」
「は_______________まあまあ落ち着いて聞けよ」
ナイフ向け合ったままナズキは続けた。
「お前ら半亜人の力は強大だ。君のように奴隷なんて形で“陸”に入れたのはどう考えてもミスなんだ」
「だったらなんだ。危ないからここで殺すか?ただで済ます気はないぞ」
「だから、お前の意思を確認したい。お前はこの“陸”で何を望む?内容によってはこっちで叶えてやる。“陸”から脱出とか、奴隷から解放とか」
「世界征服」
「_______________止めてくれ。半亜人が言うと笑えない」
「だろうな。だが、こんな世界獲ったところで何も面白くない」
ナズキが苦笑する。
望むもの。そんなものはオレに無い。
オレにあるのはいつだって1つ、たった1つだ。
「この世界の秩序の維持。それ以上は望まないな」
「……ん?」
「奴隷は奴隷として。名家は名家として。今あるこの世界を維持し続けろ」
「な、んだ、それ……?」
「同じことを言って、同じ反応をしたやつが居た……だがそれでいい」
それがこの世界の理なら、それでいい。
オレはそれに従い続けるのみ。
いつも通りが流れるのなら、それでいいのだ。
「ただし、この世界が変わろうとするのなら、オレは何をしでかすか分からん。肝に銘じろ」
「な……例えば、どうなるとダメなんだ」
「空警団が亜人を救う、とか亜人が空警団になる、とかだな」
「……つまりお前は当分何もしないってことだな」
「ガルーグーどこー?!」
主人の呼ぶ声がする。
人混みの中で必死に張り上げている。
「聞きたいことはそれだけか?ならオレも……って、いねぇし」
気づくとナズキの姿はない。
まあいい、オレを安全と判断したのだろう。
半亜人は“陸”にとってはやはり脅威なのだろうが、生憎そっちがどれだけ苦労してようが関係ない。
オレの見えている範囲が平和なら、それで良いのだから。
短く息を吐き、主人の方へと急いだ。




