1-2 長耳と首輪
頬を伝う痛みに顔をしかめながら、俺は目の前の女と向かい合う。
対する女、平手打ちをかました張本人は不機嫌そうに俺を見ていた。
「っ……ノルン。あの、このお方は?」
「ごっ、ごめんなさいマサムネ様!ウチのメネちゃんが……メネちゃん謝ってください!」
「なんでこんな変態に謝らなくちゃいけないのよ!やっぱ人間ってクソね!このクソ人間!」
「へっ、変態?!いきなり会って失礼なやつだな!俺はノルンの耳を堪能していただけだ!健全だろ!」
「キモっ!その“堪能”って言い方が気持ち悪いのよ、クソ変態がっ!!」
出会い頭に投げられる罵詈雑言。
これもズレた常識か?いや違う。
俺は耳を触っていただけだ。
暴力を振るわれた挙句、罵倒されていいはずがない。
「このアマ……!」
「なに睨んでんのよ……!」
「わ、わああー!やめてメネちゃん!相手は人間様なんですよ!」
「るっさい!どの道私達終わりなの!今更こんなやつに媚び売っても、何も変わんないでしょ!」
「そんなこと無いですよ!」
「……?」
“人間様”と呼び、妙にへりくだるノルン。
そして“クソ人間”と呼び、人間を恨んでいる(?)メネという女。
ノルンだけがおかしいのではと思ったが、どうやらそうでもない。
“人間”は変わった扱いをされているみたいだった。
「ち、ちょっと待ってくれ。2人とも、1回俺の話を聞いてくれ」
「……何よ」
「そっちにとってはおかしい話かもしれないが、俺はこの世界での“人間”の扱いをよく知らないんだ。よかったら一旦教えてくれないか」
理不尽な暴力には当然腹が立ったが、今は状況を理解するべきだ。
そう思い、1度落ち着いて疑問を口にした。
耳を触ってなければ冷静ではいられなかっただろう。
「は?なにそれ?ノルン、これってどういうことかしら」
「ええっと……」
「あら、アナタもしかして頭おかしい人?」
「だ、だからおかしい話って、前もって言っただろ!」
「おかしすぎんのよ。他人に聞くようなことじゃないし、ましてや亜人相手に。変な嘘つかないで」
「メネちゃん待って!この人、本当に何も知らないんだと思います。ワタクシが初めて見た獣耳族みたいですから」
「初めてって、なんでそんなの分かんのよ」
「反応が尋常じゃなかったので……」
メネは何故かジト目でこちらに向ける。
だが、やがて数秒もすると諦めたようにため息を吐いた。
「ま、いいわ。疑ったところで始まんないし」
「メネちゃん!お利口です!」
「うるさい。勝手に褒めないで」
「メネチャン……」
「アナタは勝手に呼ばないで!!」
「なんでだよ……じゃあどう呼べばいいんだ。あ、俺はマサムネ・トキタ。マサムネで頼む」
「はぁ……094、長耳族のメネメー・バレタよ。面倒だからメネでいいわ」
族名の通り、メネは横に長く伸びた耳を揺らして名乗った。
薄い褐色の肌に真っ白なショートヘア。
そしてやはり首元には金属製のチョーカーが付いていた。
「“人間様”のことって、どこから話せばいいのでしょうか」
「いや本当に何も知らないんだ。俺が人間ってことは理解してるんだが」
「何も、ね……じゃあまずアナタ自身のこと話しなさいな」
「俺のこと?」
「この島に来た経緯とか諸々。言っとくけど、まだアナタのこと信じきったわけじゃないから」
「……メネちゃんはこう言ってますけど、聞いてくれるってことはある程度信じてくれてるんだと思います。安心して話してください」
「て、適当言うのやめなさい」
「……よし、わかった。じゃあまずは_______________」
こうして俺は自分の境遇について語った。
村のこと。“英雄”のこと。そしてここにたどり着いた日のこと……etc。
「へぇ、なるほどね」
「そんなことが……」
2人は割と親身になって聞いてくれた。
俺はどうも2人の考えていた“人間様”とは違うようで、メネの態度も次第に軟化していった。
「_______________と、言うわけだ」
「ごめんなさい。アナタには悪いことをしたわ」
「……やめてくれよ」
「比べるのも失礼だったわ。私達の言う“人間”とアナタは全く関係なかった。さっきまでの非礼を詫びるわ」
「やめてくれって!俺もそっちがどういう立場なのか知らないんだ。互いに悪かったってことにして……」
「そうね。じゃあお互い悪かったってことで」
「お前、それはそれでどうなんだ」
しおらしい態度から一変。
俺の発言を合図にメネは急に毅然としたものになった。
確かに言ったけども。
「要するに、アナタは“陸”の者じゃないってことね」
「陸?」
「マサムネはここに来るまでに海を見たかしら」
「下にある大量の水のことだな」
「そう。実はあの海の上に1つだけ浮いてない島があるの。それが私達の言う“陸”よ」
「ん……そうか。話振りから察するに“陸”に住む奴らが“人間様”ってことか?」
「御明答。でもアナタの村とは程遠い生活してるわよ。アイツらは」
そう言いメネは首元のチョーカーに触れる。
チョーカーは淡く光ったと思うと、その光で小さく文字を浮かび上がらせた。
「No.094……」
「私達亜人を浮島に追いやって、奴隷として扱ってる。いや奴隷とも思ってないかもね。曰く、亜人は使い捨ての道具。それがアイツら“クソ人間”よ」
メネは心底忌々しそうに呟いた。