2-7 英雄
ミィンによる入学式の答辞は無事終わった。
途中ミィンが発表内容をド忘れしたり喋りがカタコトになったりしたが、オレとプレアの全力サポートによって切り抜けることが出来た。
傍から見たミィンの態度はどうも好印象だったらしく、教師や在校生は感心した様子で聞き入っていたのを覚えている。
緊張しすぎて固まっていた様子は後で「クール」だの「冷静」だのと評価されていた。
式終了ときて次は教室かと思ったのも束の間、誘導された先は何故か更衣室。
配布された運動用の衣服に着替え終え、更衣室を出た頃には女子の一群はもうそこにはいなかった。
「おーい!男子共、早く着替えろー!」
よく通る教師の声が野太く響く。
焦って出ていく男の群に流されるように、オレも声の方へと小走りして行った。
「今から行うのは能力測定だ。男女別に行うため、お前らが女子の運動着姿を拝めることはほんとんどない!」
だだっ広い室内にブーイングが飛び交う。
ミィンといきなり離れたのはマズイが、こういう時のためにプレアがいるのだ。
今はアイツに任せるしかない。
「そして、お前らの能力を正確に見極めるために今日は特別講師をお呼びした!どうぞお入りください!」
「……うーっす」
教師の後ろから若い男が出てきた。
眠そうなタレ目が特徴のその男は男子生徒を見渡すと面倒くさそうに頭を掻いた。
「現役空警団、“爪”のナズキさんだ。お前らの拍手っ!」
控えめな拍手が男を迎えた。
だが、拍手をしている生徒達はとても歓迎している様子ではない。
「魔力持ちじゃないよな……?」
「はは、“爪”って。あんなの誰でも出来る仕事だろ」
「呼ぶならならクルート・ガレンセン呼んでこいよ」
「おーおー好き勝手言ってんなガキ共め」
「すっ、すいませんナズキさん!後でよく言っておきますので!」
「いいかーガキ共。お前らが将来行くのが“爪”だろうが“眼”だろうが“鱗”だろうが知ったこっちゃないが、これだけは覚えとけ_______________」
突然、男は自分の右足を引きちぎった。
驚愕する生徒達をよそに男は取った足を掲げてみせる。
よく見るとそれは金属製の義足であった。
「っとと……この足は亜人との交戦の結果になったもんだ」
「ナズキさんはあの“蒼穹の魔術師”と初めて遭遇した騎士の中の1人だからな!」
「「……!」」
“蒼穹の魔術師”の名が出た途端、生徒がザワつき始める。
さっきまで小馬鹿にしていた奴も尊敬の眼差しで男を見ている。
蒼穹の魔術師とやらは、よほど通った名なのか。
「そ、その足は“蒼穹の魔術師”にやられたんですか?!」
「いや、長耳族の女に銃で撃たれてこうなった。当たりどころが悪かったらしくて。そんなことより俺が言いたいのは……」
「長耳族……“銀翼の長耳”だ!」
「すげぇ!」
「じゃあ“不死身の獣”も見たことあるんですか?!」
「ええ……?ソイツになら1回蹴られたよ。それよりも……」
「すげぇ!すげぇ!」
幼児がはしゃぐかのように生徒達は質問を男に投げかけていく。
だが、オレは“蒼穹の魔術師”も“銀翼のエルフ”も“不死身の獣”も知らないから、この様子をボーッと眺めることしか出来ない。
「君は興味無いのかい?“蒼穹の魔術師”について」
「……ないっスね。そもそも聞いたこともないですし」
「興味が無いってとこは同じだ。俺はレオ、君は?」
「ガルーグっス」
「ガルーグ君、よろしく」
レオと名乗った男が差し出した手を何となく取った。
金髪碧眼の優男といった印象だ。
「その“蒼穹の魔術師”ってのは何なんスか」
「話題の革命軍の半亜人さ。聞いたことないかい?」
「半亜人……」
「数ヶ月前、あそこの島でそこそこ重大な事件があってね。その台風の目となったのが彼さ」
「つーことは敵っスよね?なんでこうも賑やかになんスか」
「さあ?彼は空警団最強と名高いクルート・ガレンセンを打ち破っているからね。強い者に憧れてるんだろう」
「……。」
「そう、君の思ってる通り皆馬鹿なのさ」
レオは騒ぐ男子達を一瞥し、鼻で笑ってみせた。
顔に出てたか。
半亜人ということは“村”の出身?
革命軍なんて偽善じみた組織に所属する輩、居ただろうか。
居たとすれば、ソイツこそが真の馬鹿に違いない。
「空警団最強を倒した半亜人……ってか、空警団って結局何なんスか」
「……へ?」
「素っ頓狂な声あげてますけど」
「い、いやまさか知らないとは思わなくてね。この“陸”にいれば、普通に耳に入ってくるものだと」
「身の上が特殊なもんで」
「そう、だなあ……ざっくり言うと、昔この地に竜が現れて、それを打ち倒して封印した二人の英雄によって作られた組織、かな?」
「はあ、二人の英雄」
「シアン・フロストハートとヒロ・ソドム、ってこれくらいは」
「初耳っス」
「う、ん。そっか。そういう人も、まあ、いる、か……?」
レオは信じられないといった表情で頭を抱え始めた。
仕方ねーだろ“陸”で育ってねーんだから。
「_______________あー!つまり俺が言いたいのは!」
パチン、と勢いついた柏手を合図に静寂が訪れる。
前に立っていた男がようやく話を締め括る様子だった。
「“爪”だろうが“鱗”だろうが空警団に入ればこうなる可能性があるって、そういうこと!」
「はい。ナズキさんの有難いお話も終えたということで、まずは剣術組手で能力を測っていくから、二人一組になれー」
「二人一組。ねえガルーグ君、よかったら僕達2人でペアにならないかい?」
「……いいっスよ」
レオはオレの顔を見て、ニコリと笑った。




