2-6 目
吹き抜ける風、陽の当たる部屋、オレは慣れない衣服に身を包みながら苛立っていた。
思い通りにいかない、ムカつく、もう誰でもいいからぶん殴りたい気分だ。
「っ、んだこれ、どうやったらあんなになるんだよ!」
「早くした方がいいよ。もうマスター準備終わりそう」
「見てないで手伝え!準備終わってんだろ!」
「えへ、ヤダ。アンタが焦ってるの見てるの楽しいし」
「このクソ女が!誰だこのネクタイとかいうの作った奴は!!」
オレは首輪の代わりに布を巻き付けながら、無様に叫んでいた。
〜〜〜〜〜〜
「ふっふーん♪」
花弁が舞い落ちる早朝。
同じような衣服を着込んだ人々が通る道の上、オレは主人の鼻歌を聞きながらある場所へ向かっていた。
「なに?キョロキョロして落ち着きないよ」
「いや……マジで全員同じ服なんだなって」
「制服だっけ。皆同じ服だとなんかの軍隊みたい」
「全員揃いも揃って腑抜けた面してるけどな」
そう言って緩みかけたネクタイを締め直した。
今のオレには奴隷用の首輪が着いていない。
代わりに同じ仕組みを持った特注の指輪形機杖が着けられている。
これは半亜人であることを利用して、ただの生徒として振る舞うための物だ。
「ふん♪ふん、ふーん♪」
「ご主人様、もっとゆっくり歩いたらどうスか。まだ時間は十分に……」
「ふん、とぅるっとぅっとぅーん♪」
「あ……?なんだ、急におかしくなったか?」
「多分緊張してるんでしょ。見てみなよあの目」
「……?」
試しに前へと出て主人の顔を見てみると、異様に目を見開かせギョロギョロと辺りを伺っていた。
心ここにあらず、というより何かに必死な形相だ。
このオレが見ただけで恐怖を感じるほどに異常な表情だった。
「とぅる!とぅっとぅった!たんたんたん!」
「ま、まあ……狂っちまったワケでは、ないんだよな?」
「これは鼻歌が盛り上がってきてるだけ。つまりいつも通りってこと」
「そうか?にしてはいつもに増して騒がしいが」
「学園とやらに通うの初めてなんだから、期待半分、緊張半分って感じ?ほっといたら落ち着くよ」
「コイツの扱い慣れてんのな」
「一週間分先輩だからね。アンタが来る前は1体1で一晩中張り付かれて大変だったんだから」
苦々しい顔のプレアには首輪が着けられたままだった。
それは依然変わりなくプレアの命を握る首輪。
竜人族である彼女が生徒としているのは無理があったため、この学園でも奴隷のまま振る舞うことになっているのだ。
「見ろよあれ、竜人族の奴隷連れてきてるぜ」
「……!」
聞こえてきた声に耳を傾ける。
気づくと、周りにいる生徒たちが皆こちらを注目していた。
「あれがインガウェークの箱入り娘?思ってたのと違うな」
「奴隷連れて登校って、やっぱり普通じゃないよね」
「母親が亡くなって病んでるんだっけ」
「虐められてたんじゃなかったか」
「他人といるのが怖くて学校行ってなかったんじゃ?」
「……案の定目立ってんな」
「この根も葉もない噂が、本人の耳に届いてないのは幸いかな」
「だな。どっちかってえと心配すんのは俺らの方か」
「竜人族、初めて見たな」
「奴隷と同じ空気吸うなんて汚らわしい」
「デカイのは使用人か?」
「わざわざ学校にまで着いてきてるんなら普通じゃないよな」
奇異の目がオレたちに刺さる。
遠巻きに不審がるような様子で人々は3人全員を見ていた。
だがその程度は予想通り、気をつけるべきはそんな月並みな言葉ではない。
『ガルーグ君。学園で生徒として過ごすに当たって君には気をつけて欲しいことがある』
当主から告げられた3つの注意事項。
何も知らない、無知なミィンのためにオレがすべきこと。
1つ、ミィンの交友関係を出来るだけ広げない。
「ミィン様、思ったより可愛いよね」
「引きこもりって聞いたからもっと根暗な感じかと思った」
「むしろ明るそう。同じ教室だったら話しかけてみようかしら」
2つ、オレが奴隷であることは隠し通す。
「デカいなあの使用人」
「やけに屈強だな。やっぱボディーガード役なんじゃね?」
「指輪付けてるように見えるんだが」
そして、3つ。
「ミィン・インガウェーク……!」
「……。」
「どうしたの。険しい顔してるけど」
「いや、気にすんな。ちょっと周囲の視線が煩わしいだけだ」
どこからか聞こえた、恨めしいような声。
人混みの中からではどこの誰からなのか分からない。
だが、ガセネタに信じているそこらの人間とは間違いなく違う。
ミィンの存在に何かを思っている声だった。
「“他の名家の人間には気をつける”、か」
「_______________はっ!が、がが学校までもうすぐじゃないか!2人とも緊張してないかい?!」
「うっす」「はい」
「そ、そそそうか!楽しみだねえ夢の学園生活!じ、実はボク全校生徒の前で代表して挨拶するんだけどどどどど」
もう見えている校舎の全貌。
近づくにつれダラダラと嫌な汗を伝わせるミィンからは、明らかに余裕が感じられない。
「早速私たちの出番じゃない?」
「……何すればいいんだよ」
「何でもして、何とかするんでしょ。バレないように」
嘆息。
もう既に不安を感じずにはいられないオレがいた。




