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2-1 主人と奴隷

 

 “陸”の某所、平らで開けた場所。

 真っ白な障壁に囲まれた広大な空間に幾人もの生命が集まっていた。

 誰もが武器を持ち、誰もが他の生命と戦っている。


 甲高い金属音と空間に埋め尽くすような雄叫び。

 既に足元にはいくつも死体が転がっている。

 そんな死体も含めて、皆に共通していたのは首輪を着けていることだった。

 つまり、この場で殺しあっている皆は奴隷の亜人なのである。


「……ううむ」


 誰もが他人を蹴落とし、生き残ろうとしている。

 そんなおぞましい殺し合いを高みから眺めている影が1つあった。

 スキンヘッドと整えられた髭が印象的な中年の男性である。


「ご機嫌よう。エイン殿」


 さらにその後ろから男が現れた。

 白銀の鎧を着込んだ金髪の好青年である。

 エインと呼ばれた男は突然の声に少し驚きながらも、落ち着いた声色で返した。


「騎士様、すみませぬな。今回はこちらの無理な頼みを聞いてくださって」

「いえいえ、インガウェーク家当主の頼みとなればこのくらい……それで、我らの演習場を使って行っているこれは?」

「奴隷の選別です。近いうちに16になる娘の誕生日があるので」

「ははあ、そうかそれで。近頃物騒ですからな」


 騎士は納得した様子で唸った。

 両者とも目の前で行われている殺し合いなど見慣れている様子だ。


「それにしてもおかしな話ですな。今目の前で失われている命には気にも留めないのに、人間の死となれば誰かが心を痛める」

「彼らの死にも慈しむ者はいますよ。我らが見ていないだけで」

「なるほど。騎士殿の言う言葉は一味違いますな」

「そんなに難しいことではありませんよ……ところでエイン殿は半亜人について知っていますか」

「人間と亜人の間に生まれた者でしょう?最近になって広まりましたからな」

「……“蒼穹の魔術師”ですか?」

「ええ」


 “蒼穹の魔術師”

 数ヶ月前、A-04の島で起きた事件からその名は徐々に知られるようになった。

 それは島主アノーロ・ケノヤッツの官邸に侵入した奴隷が飛行船を盗み、島から出た事件である。

 問題となったのは奴隷と接触した者の被害である。

 超重兵と謳われた二ーノルド・ヴェインは死亡。

 加えてあの“亜人を屠る者(デミスレイヤー)”が瀕死の重体にまで追い込まれていた。


 何人いたにしろ、奴隷による被害となればそれは見逃せないもの。

 その動乱の中心にいた人物こそ“蒼穹の魔術師”

 事件の後に“革命軍”の一員として号外に顔を出すようになった()()()であった。


「直接に目にしたこともありませんが、あんなものが敵に回っていると思うとゾッとしますな」

「でしょうな。我らもその影を追っていますが、その姿を目にした者は数少ない」

「ほほう、隠れるのが堪能とは。いくら強くとも亜人、性根は賊らしいものですな」

「いえ、見た者のほとんどが物言えぬ目撃者となっているだけです」

「……なるほど」


 エインは気まずそうに押し黙った。

 半亜人、その正体がなんであれ“陸”に大きな被害を与えているのは変わりない。

 もはや“半亜人”と“蒼穹の魔術師”を知らない人間など何処にもいなかった。


「して、何故“半亜人”の話を」

「エイン殿。今、目の前で行われている殺し合いがあるでしょう?」

「はい……おお、もうそろそろ終わりますな」

「ここらの亜人は皆エイン殿が集めた者ですか?」

「ええ。適当にそこらの島や陸のものを買い占めて集めたものです」

「その中にいるのですよ。例のが」

「例の?」


 騎士が指をさした先、数少ない生き残った奴隷の中に傷一つ負っていない影があった。

 獣耳族でも長耳族でもない、人間と遜色ない姿がそこに堂々と立っている。


「間違いなくあの者が生き残ります。あれを完璧に制御出来るのなら、貴方の家はどんな砦よりも安全な場所と言えるでしょうな」

「あれが、半亜人……!」


 死屍累々の戦場にて、錆びれた剣をただ1本。

 正眼に構えた一人の男が小さく息をついていた。

 この場にいた何百人が彼を襲ったところでこの結果は変わらなかった。

 彼はそれほどまでに強かったのだ。


「_______________ああ、ダルいな」


 忌々しそうに首輪を触り、残りの敵を横目に流した。


 〜〜〜〜〜〜


「_______________。」


 暗い部屋だ。

 むせ返るような雑魚共を蹴散らしたオレは、照明が一つもない地下室に放り込まれていた。

 なんでも、お偉いさんの奴隷に任命されたとか。

 どうでもいい、そんなことよりも重要なことがオレにはあった。


 ガ シ ャ ン !!


 何処かの鍵が開く音。

 ドアが動く音もすると、小さなランプと共に人影が現れた。


 足音、恐る恐る近づいているな。

 すり足気味か……よく見えないが、これは女の足音だ。

 やがて靴音はオレの前で止まった。


「キミがボクの奴隷かい?」

「……ああ?」

「明日見せてもらう予定だったけど、待ちきれなくて来てしまったんだ。お父様にはナイショだよ」

「テメェ、男か?」

「失礼だね。ボクは女だよ」

「紛らわしい話し方しやがって」


 女を自称する影はランプをそばに寄せてきた。

 暗闇に光る瞳が、見定めるかのようにオレを睨んでいる。


「勇ましい顔だ。きっとキミは戦士なんだね」

「……けっ」

「ボクはキミの主人になるんだ。媚びを売っておいた方が身のためだと思うのだけど」

「興味ねぇな。確かにオレは奴隷だが、テメェに気に入ってもらおうとは思っちゃいねぇ」


 悪態ついて見せると、何故だかオレを見ていた瞳が嬉しそうに煌めいた。

 気味が悪かった。


「ふふふ……嬉しいな。キミみたいのがボクの奴隷になるんだね」

「気持ち悪ぃ」

「ボクとしてはキミと仲良くなりたい。出来るだけキミの要望には答えようと思うのだけど、何かあるかな」

「んだそれ。それはなんでもしてくれんのか?」

「うん……あ。でも奴隷からの解放とかはなしだよ」

「だろうな」


 そこまでバカじゃないか。

 要望、今後オレの立場が何かしら良い方向に行くには……と、考えたがすぐに止めた。

 オレにそんな小難しいことは考えられない。

 ただ一つ、守っておきたいものだけを口にした。


「テメェが主人、オレが奴隷。この役割だけは絶対に守れ」

「……んん?」

「オレはテメェの言うことを聞く。だからテメェはオレの言うことを絶対に聞くな」

「ええ?それは、当たり前じゃないかい?」

「お前らにとってはそうなら、それでいい。この世界のルールがそうなら絶対にオレの前で破るな。それがオレの要望だ」

「っ……ぷっ、はは!!なんだいそれ!そんなの言われなくてもこっちで守るよ!」

「……るせぇな。そういうのを破った野郎のせいでオレはここにいるんだよ」


 女の笑い声が響く中、ボヤくように口にした。

 郷に入っては郷に従え、あの日にオレは痛いほどに思い知った。

 今後オレの前では、理は理のままで保たせる。

 ルールや役割があるからこそ今ある世界はあるのだから、そう決めた。


「は、はは、ひぃ、ひぃ……キミは面白いな!良かった!お父様は最高の誕生日プレゼントをボクにくれた!いや、貰うのは明日だけれど!」

「うるせぇな。いつまで笑ってんだ」

「はは……ねぇ、キミ名前は?今覚えておきたいんだ」

「知るかよ。明日にはテメェのお父様から教えられんだろ。立派な番号がよ」

「いや、キミの名前が知りたいんだ。あるんだろ?半亜人ともなれば」

「だとしても教えるかよバーカ」

「むむ……ん!名前を教えてよ!これは主人からの命令だよ!」

「……!」

「主人の言うことは聞くんだよね?ルールなんだよね?」


 歯噛みながら、コイツに話したことを後悔した。

 自らに課したとて、他人に話す必要はなかったろ。

 めんどくせぇ。


「っ……ガルーグだ。ガルーグ・メルスバッサ」

「ふふ、いい名前だね。ボクはミィンだよ。インガウェーク家の一人娘」

「知らねぇよ、この世界の家名とか」

「じゃあ今度教えてあげるよ」


 手を伸ばしてきたので振り払おうとしたが、やっぱりやめた。

 どうせ命令とかなんとかで握らされる。


「はぁ……」

「ふふふ……」


 握ってやると、ミィンの顔が照明に照らされてハッキリと映った。

 不覚にも、整った顔立ちだと思った。


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