1-39 革命
なんでフミカが死ななくちゃいけなかった。
どうして“村”の人間が酷い目に遭わなきゃならない。
英雄になろうと夢見て、ただ安穏に過ごしていただけなのに。
“陸”に何かしたか?
何もしてないはずだ。
突然別世界に放り出されて、いきなり奴隷扱いなんて普通じゃない。
このままじゃフミカ以外の奴らも、同じ目になってしまう。
ガルーグ、ナルカ、マーマ……“村”の皆が。
『お兄』
これがフミカじゃない、関係ない亜人だったなら。
なんて考えた自分を恥じた。
これでは“陸”の連中と同じだ。
そうだ、自分の周りだけ、自分を含めた周辺だけが幸せだったらいいなんて考えて当然だ。
許せないのは他人の死に目をつぶり、安穏に暮らしている連中。
そして、それを許している理だ。
『お兄、起きて_______________』
俺はそんな理を、見過ごすわけにはいかなかった。
「オキテ!マサムネ!」
「……!」
声、少し聞き慣れた少女の声だ。
俺はハヤの声に目を覚ました。
何かの部屋の中、最初に目に入ったのはハヤとコヅエの姿だった。
「……どうした」
「オキテ!メネメー、タスケテアゲテ!」
「なんか強そうな奴がオマエを呼んでるんだ!来ないと、アイツを殺すって」
「強そうな奴?」
「おかしいよね!手前の命だけは大事だったみたいだよ!」
外から男の声がする。
クルート・ガレンセン、あいつの声だ。
「ハヤク!オネガイ!」
「あぁ、うん……」
身を起こすと、隣でノルンが横になっているのが分かった。
外傷はほとんどないようだが、身体の流れがかなり乱れていた。
まるで慣れない魔術を使ったように。
しばらく満足に動けないだろう。
「……かなり、無茶したんだな」
「マサ、ムネ?」
「なぁハヤ。お前ら亜人はこんな世界嫌か?」
「エ……?」
「人間達が自分の幸福のために亜人を淘汰する世界だ。お前らにとってそれは、許せるか」
「イヤダ。ハヤ、ハ、ミンナ、ナカヨクガイイ」
問うまでもない、当たり前の答え。
「ソウ、オモウ」
「だよな。嫌で当たり前だ。嫌なら、逆らうよな」
「ウン」
「当たり前だぞ!」
「ありがとう。それが分かったら十分だ」
ちょっとした確認だった。
俺の願いが、理が、独りよがりではないと思いたかったから。
誰かに許される理であると、知りたかったから。
「後は任せとけ」
軽く微笑んで、俺は船を出た。
〜〜〜〜〜〜
「騒いでんじゃねぇよ。気狂いが」
「良かった、来てくれたんだ。旅人さん」
無機質な笑みが俺を睨む。
クルートのすぐ横には、何やら動けないでいるメネが座っていた。
「ご要望通り戦ってやる。だからそこの長耳族は一旦放せ」
「嫌だよ。どうせ逃げる気なんだろ?僕は旅人さんとちゃーんと戦いたいんだよ」
クルートの懐から小さな板状機杖が取り出され、メネに向けられた。
一瞬光ったと思うと、それに連動してメネの腕の輪も小さく光った。
「……何した?」
「腕輪を起動したんだよ。あと15分もしたら、この腕輪から毒の針が飛び出すよ。即死のやつ」
「え……」
「首輪と同じってことか。クズ野郎」
「やる気出た?まあ一応ダメ押しにもう1つ」
そう言ってクルートはもう1つボタンを押した。
「“陸”の本部に応援要請。この島ならすぐに来れるからね」
「ちっ!」
「……!マサムネ、私のことはいいから船に!」
「馬鹿野郎。そこで黙って見てろ」
「ふふ……つまりは早く僕を倒さないとこの長耳はおろか、キミを含めた後ろの皆まで終わりってこと。やる気出たでしょ」
「んなことしなくても、お前は今回できっちり殺してやる」
“殺してやる”
その一言でクルートの目が変わった。
恐れ、怯え……決して期待や希望を抱いている目ではない。
「いいね、じゃあさっさと戦おうよ!旅人さん!」
だと言うのにクルートは望んでいたかのうよな台詞を吐きながら、刺突剣を構えた。
刀身が赤く染まり、魔力が彼の全身を満たしていく。
以前と同じ強化魔術の類……だがその出力は前よりも上がっていた。
「しっかり準備して来たよ_______________前と違ってね!!」
クルートは魔力が満たし切ったと同時に飛び出した。
間にあった距離は一瞬で縮められた。
「ははは!!」
「くそ、っ」
そして、放たれる神速の突き。
突き、戻し、そして次撃に備える。
切れ目のない連撃の中には詠唱する隙すらなかった。
「どうしたの!もう何も出来ない?!」
「誰がそんなこと言った!! 」
近づく剣先。
俺はそれを手のひらで受け止めた。
「痛、ってぇ!!」
「ははは!!」
肉を貫き、止まる刺突剣。
深くまで貫いていて、そう簡単に抜けない。
残った片腕を止まったクルートに向けて見せた。
「っ_______________“落雷撃”!!」
指先から放たれた紫電が蛇のようにうねり、目の前の標的に飛んだ。
「無駄」
カシャン
音を立て、刺突剣から刀身だけが抜き外された。
当然、手には何も無くなった柄だけ。
電撃が達するよりも速く、クルートは超人的な動きで距離を離していった。
「……!」
「予想外って顔だね」
避けられることを加味して放った魔術が掠りもしなかった。
それほどにクルートは自身の身体能力を強化している。
遠距離だろうと近距離だろうと、ヤツに俺の魔術は通用しない。
もうオレの取れる手は限られていた。
「……“肉体拡大”」
身体強化の中級魔術。
刺突剣の機杖で使っているのと同じ。
己の魔力を身体に巡らせ、強制的に身体能力を上げる魔術である。
「これで、テメェとはイーブンだ!」
「ははは!いいね!いいねいいね!」
流れる魔力が全身を満たす。
身体強化は限界を超える力を引き出すが故に、その身には多大な負担がかかる諸刃の剣だ。
だが、それは相手も同じ。
「行く、ぞ_______________ごぼ、ぉ?!」
口に広がる鉄の味。
いつの間にか吐血していた。
分かる。強大すぎる俺の魔力が、俺自身を蝕んでいるのが。
足先から胸にかけて順番に、感覚が無くなっていく。
「あ_______________?」
強化された感覚が、襲ってくるクルートをスローモーションにしている。
ゆっくり、段々とゆっくりに……そして終わらない。
俺の中の時間が停止へと近づいていた。
死
何となく理解出来た。
このままでは、自身の力で滅びてしまうと。
ふざけるな!こんなとこで死んでたまるか!
ーーーーーーー。
ーーーーーーー。
ああ、そうだ。
こうなったら奴との戦いなんて関係ない。
生きることだけを考えよう。死んだら終わり、意味なんてないのだから。
もしこれで生きていたら、長耳族は無視してまず船に乗り込んで、そして……。
それこそふざけるな。メネを見捨てる?それこそ、ここまでやった意味がねぇ。
ーーーーーーー。
お前だろ?俺の頭の中でゴチャゴチャ言ってやがるのは。俺を操り人形にしてやがる奴は。
ーーーーーーー陸に行け。
お前が誰かは知らねぇ。知りたくもねぇ。そして、お前の言うことも黙って聞くつもりはねぇ。
ーーーーーーー陸に行け。
今の俺にあるのはただ1つ。目の前の戦闘狂を、理に関係なく人殺しを目的にしてるような奴をぶっ飛ばしたいだけだ。
ーーーーーーー陸に行け。
だから力を寄越せ。お前が誰なのかなんてどうでもいい。もしお前が、俺に宿るこの力を操作できるんなら、力を俺に寄越せ。
ーーーーーーー陸に行けるなら。
言われなくても陸には行ってやる。だから黙って力を、二度とフミカみたいなヤツをもう見なくてもいいくらい、この理をぶち壊せる力を、俺によこしやがれ_______________!!」
ーーーーーーーいいだろう。
意識、覚醒。
満たされ切った最強の肉体をもって、俺は現実の世界へと立ち返った。
「……!!」
最強の魔力、最強の肉体。
打倒するは白騎士の戦闘狂。
魔術を回避、防ぐ術を持つ彼に小細工など必要ない。
「正面から、ぶちのめす……!」
「いいね、じゃあ僕も正々堂々_______________!!」
カシャン
刺突剣の刀身が急回転したと思うと、勢いよく射出された。
「なんてねぇ!!」
「避けて!マサムネ!」
メネの声に反応して、咄嗟に回避。
だが、避けたと同時に射出された刀身が耳元で魔力を帯び始めた。
爆発の術式。
後目で刀身を見た時、そう頭を過ぎった。
ド ゴ ォ ン !!
「マサムネ!」
「っ!心配すんな!」
上がる土埃。
右耳が音を受け取らない。
だが、左耳が奴の接近を知らせている。
「これで、さよなら旅人さぁん!!」
間髪入れずの追撃は心臓に向けて。
「っ_______________!!」
突き出された刀身は俺を貫いた。
「あは」
「そんな……マサムネ!」
刀身を伝う血液はどくどくと流れていく。
風船から空気が抜けていくみたいにとめどなく、とめどなく……
「なんて、そう簡単にやられるかよ」
ハッキリとした意識のまま、クルートの右腕を掴んだ。
「な……!」
「テメェが何を思って殺してるのか、それが正当な理由だろうがなんだろうが関係ねぇ」
片腕を掴んだまま、全力の一撃をクルートに見舞った。
「俺は俺の意思で、この理に抗ってやる」
ボ ゴ ォ !!
拳に走る肉の感触と共に、クルートの体は後方へと吹き飛んでいく。
強く掴み過ぎていたのか、クルートの利き腕だけは俺の手元に残っていた。
「……終わり、か」
魔術を解くと、強ばっていた力が抜けていった。
同時に生命が抜けていってるみたいに、意識が段々と薄れていく。
「ダメだ……まだ、メネの、解除、しなきゃ、なのに」
「マサムネ!マサム_______________」
メネの声が、俺の声が……?
狭まっていく視界の中、長身の男が俺の前に立った。
「よくやってくれましたね。期待以上です」
「クー、シィ、か……?」
「後は任せてください」
男の声を最後に、俺の意識はプツリと途切れた。
「貴方達を、革命軍へと招待します」




