1-38 矜恃
発動機の唸り声。
油のすえたような臭いが漂う、官邸のある一室。
巨大な影が堂々とそこで佇んでいる。
「これね。島主さま専用のお船ってのは」
振動する漆黒の装甲にメネは忌々しそうに言ってみせる。
アノーロのプライベート飛行船には白く“00”と刻まれていた。
「とりあえずここからは出れるわね。あのクソ人間殺せなかったのが唯一の心残りだけど」
「船なんてコヅエは動かせないぞ」
「メネメー、ウゴカセル。ダイジョウブ」
「とりあえずこの寝てる馬鹿とそっちのノビてる馬鹿を降ろしましょ」
「マサムネ、ナンデネテル?」
「でかいヤツに殴られたからだぞ」
「でかい?アイツのことかしら」
昇降口を開き、船内へと入った。
内部の作りはマサムネ達の乗ってきた空警団のものと変わらない。
抱えていたマサムネとノルンを下ろすと、メネは制御盤に触れ始めた。
「……ん?普通に動かせるわね。じゃあこの機杖なんなの?」
「船が出る時、ここの天井がパカッて開くの見たことあるぞ!多分それだ!」
「ドッグのどこかに鍵穴でもあるのかしら……ねぇコヅエ。今更だけどアナタも私達に着いて来るの?」
「そうだな、この島にいてもロクな目に遭わないからついて行くつもりだぞ……ダメか?」
「別にいいわよ。女子供が1人や2人」
「出来ればクーシーやメッタ様も連れて行きたかった」
「行く気が無かったんでしょ。“陸”に行くんだから、ついて行かないのが普通だと思うけど」
高い電子音が響く船内。
そして、その外部から歩み寄る一つの影。
その足音が間近に近づくまで、3人は誰も気づくことが出来なかった。
「_______________はぁい」
気の抜けた声が昇降口から聞こえた。
一同は声のする方に顔を向ける。
「これ、何してんの?」
「クルート・ガレンセン……!」
現れた男は傷だらけの体で妖しく笑った。
「……!」
「ストップ。動かない方がいいよ」
淡々とした警告。
クルートの刺突剣はハヤに向いている。
「竜人族2人もいるなら1人くらい良いと思うんだよね」
「……人質にするなら私にしなさい。話はそこからよ」
「メネメー……!」
「話が出来るなら誰でもいいよ。じゃあ、とりあえず船の外に出てもらおうかな」
軽やかなステップで降りていくクルートにメネは着いて行った。
メネの片手には短剣、目の前にはクルートの背中。
だが、クルートに立ち向かう勇気は……。
「ねぇ、話って_______________!」
船に出た途端、クルートの手がメネの衣服にするりと入り込んだ。
突然の行動にメネの顔はみるみる青ざめ、いつの間にか掴みかかろうと手を出していた。
「っ、何してんのよ!!」
「お、危な。いやいや何もしないって。ほら」
「……!それ、船の機杖!返して!!」
「大丈夫。悪いようにはしないから、さっ!」
カチャン、と小気味よい音。
その音と同時にドック自体から何かの駆動音が鳴り始める。
すると、船の真上の天井が徐々に空を映し始めた。
「ここから出たいんだよね?上を開かないと出れないから、開けてあげたんだけど」
「な……どういうつもり」
「だから、君とは話したいだけなんだよ。まずは信用してもらおうと思って」
「こんなので信用するわけないでしょ」
「そうだよねー。だからこうだよ」
そう言うと、クルートは鎖で繋がれた2つの輪っかを取り出した。
笑んだ表情を崩さず、片方の輪をすぐ横にあったパイプ管に。
もう片方をメネの腕に瞬時に取り付けた。
「これで逃げられない。ちゃんと話聞いてよね」
「ちっ……!ハヤ!コヅエ!」
逃げられないと分かるや否やメネはクルートを掴み、船内に見えている2人に声を投げた。
「船を起動して!真ん中のボタンを押すだけで動くから!」
「なに?!オマエはどうするんだ!」
「私のことはいいから!今出れるの!この島から出るのよ!」
「イヤ……イヤダ!!」
「なにやってんのよ!いいから早く!」
「ははは!いやー、無理だと思うよ」
メネが何度命令しても、2人は船を動かそうとしなかった。
「あの二人の目、君と同じ目だよ。人質を代わって出た君と全く同じさ」
「……なんでよ」
「あんな小さい子に他人の生き死にの判断させるなんて、酷じゃないかな」
「なんなのアナタ!何が目的なの!私を殺したいなら、今すぐ殺せばいいじゃない!」
「死会いたいんだ。旅人さんか獣耳族の子と。出来ればどっちもがいいなぁ」
「……!」
「気兼ねなく全力でね」
口は笑っていても、目は1ミリたりとも歪んでいない。
クルートはメネの後ろにある船を真っ直ぐに見つめていた。
「意味が、分からない。そんなことをしてアナタに何の得があるっていうの」
「……さっきさ。すごい強い人と戦って来たんだよね。多分僕より強い人」
クルートは体に付いている切り傷に触れながら話した。
「その人との戦いから僕は逃げて来たんだ。強い人と戦えるなら死んでもいいって思ってたはずなのにさ、逃げたんだよ僕」
次第にその声には怒気が篭ってきていた。
「死んでもいいってくらいだったのにさ!逃げたんだよ?!おかしいよね!手前の命だけは大事だったみたいだよ!」
「そんなの、そんなの当たり前でしょ。死んだら何にもないんだから、逃げて当然よ」
「は……キミみたいなのと一緒にしないで欲しいなぁ!」
メネの発言が癇に障ったのか、突然クルートは血走った目でメネの首を締め始めた。
「僕が普通だって言いたいの?じゃあ僕の今までは何だったのさ。なんで皆みたいに普通に生きられてないんだよ!」
「か、は……そんな、の、自分で、考えてよ」
「なんだよそれ。考えても分かんないからこうしてるんだろ?」
「……あは。可哀想な、人ねアナタ」
「っ……てかキミ死んだ方が、旅人さん本気で戦ってくれるんじゃないかな」
むき出した怒りと取り繕った笑みが消える。
いつの間にかクルートの手には刺突剣の替刃が握られていた。
「どうでもいいけどさ、死んでよ」
残った無表情のままクルートは凶器を振り下ろそうとした、その次の瞬間_______________
「“尖鋭火弾”」
飛んできた火球がその腕を撃ち抜いた。
突然の襲撃に、クルートはバリアを形成する機杖で応戦した。
コツ コツ コツ コツ
火球の主は気だるげな足取りで船から降りてきた。
「騒いでんじゃねぇよ。気狂いが」
「良かった。来てくれたんだね旅人さん」
黒いローブと白の鎧が相対する。
覚めた瞳と冷めた瞳が強気に見つめ合った。
 




