1-37 潜影
「〜♪」
死んだはずのノルンから、上機嫌な鼻歌が鳴り響く。
何も無かったように彼女は呑気に体を伸ばしていた。
「さっき仕留めたはずだが……どういうことだ?」
「見たままですよ。死んで、生き返りました」
当たり前に呟き笑う。
異様な気配を感じ取った二ーノルドはすぐにノルンへと向き直り、大剣と共に走り出した。
接近する巨体に相対してもなお、ノルンは余裕がある佇まいであった。
「ならばもう一度死ね!気味の悪いネズミが!」
超人的な力で大剣は振り下ろされた。
異端を滅する刃はノルンの身体目掛けて、高速で落下。
1人や2人消し飛ばせそうなその一撃に対してノルンは笑って見せた。
「はははっ!そんなの嫌に決まってますよね!」
ガ ゴ ン ッ ! !
刃が触れたと思うと床は割れ、鈍い音が響いた。
一撃を受けたはずのノルンは大剣の下でその四肢を保っている。
「……!」
「驚いた顔してますね。何がそんなにおかしいのですか?」
予想外の光景に二ーノルドは眉をひそめた。
ノルンの何倍もの重量を持つ大剣は、ノルンの素手で受け止められていたのだ。
「何故だ。さっきまで貴様は、死を待つだけの雑魚だったはずだ!何が変わったというのだ!」
「別に、何も」
「ふざけるな!今にでも、細切れに……!」
「ダメですよ。次は私から行きますから」
振り上げられようとした大剣はビクともせず。
ノルンの右手が大剣にひびを作り、反対の左手は固く握り込まれた。
「覚悟のほどを」
「っ、待_______________!!」
突き出される拳。
インパクトと同時に。
細腕から放たれるには大きすぎる衝撃が二ーノルドの腹で波を打った。
次の瞬間、地から離れた巨体が屋敷中を幾度もはね回った。
激突音は連続し、健在だった二ーノルドの肉体がおかしな方向へと徐々に折れ曲がっていく。
乱反射する肉体をあろうことか、ノルンは涼し気な表情で眺めていた。
やがて数秒もすると、飛び回っていた体は止まった。
「〜♪」
「ぐ、ごぉ……はひゅ……はひゅ……」
ノルンは絶えかけた息の二ーノルドへと上機嫌に歩み寄っていった。
「ありえん……貴様の、それは……強化の、魔術だろう……!」
「魔力が目覚めたんです。ついさっきね」
「獣耳族は本来、魔力など持たん!なんなのだ貴様は……!」
「なんなのだ……?ノルン・ノランシー、だったでしょうか。名前なら、確かそう言ってました」
「蘇生と、魔術。貴様、どこまでこの世の理を外れれば!」
「はぁ、いいから船を動かす機杖の場所を教えてください。でなきゃ殺しますよ」
「ふざけるな!誰が貴様なんぞに!」
「あ……そこにあるじゃないですか」
そう言って、二ーノルドの胸元の鍵をむしり取った。
その小さな機杖は服の裏に隠れており、普通は気づかないはず。
にも関わらず、ノルンは気がついたようにそれを奪い取った。
「……!返せ!それは、アノーロ様の」
「もう用済みです。ばいばーい」
最期の言葉に耳など貸さず。
ノルンは遮るように、二ーノルドの顔面を踏み潰した。
「ふぅ……これで終わりですかね」
「ノルン!ノルン!」
「ハヤ、ちゃん。無事で何よりです」
「ノルン、ダイジョウブ?イタクナイ?」
「ご覧の通りです!五体満足で生きてますよー」
「お疲れ様。よくこんなのに勝てたわね」
「あ、メネちゃん。貴女も無事で何より……?」
不意に振り返ったその先。
メネが短剣の切っ先をノルンに向けていた。
「メネメー?!」
「……これはどういうつもりで?」
「どうもこうもないわよ。アナタ、ノルンじゃないでしょ」
「はて、どういうことです?私は正真正銘ノルン・ノランシーですけど」
「アイツは自分のことを“ワタクシ”って呼ぶのよ」
「……あぁ、そういえば」
「おかしいと思ったのよ。アイツは誰よりも臆病で、誰よりも生きたがってた。どんなに切羽詰まった状況でも、誰よりも生き残れる立場にいようとするような奴だった」
迷いはない。
メネは確信した目でノルンを睨む。
「性質が変わったとかそういうんじゃない、ハッキリ言えるわ。アンタはノルンじゃないって」
「……あは、そんな露骨でした?隠してたつもりなんですけど」
「バレバレよ。生憎コイツとは付き合い長いの」
「ダメかー、あはは!そっか!流石にそこまで馬鹿じゃないですか!」
「っ、アナタは一体……!」
「じゃ、またいつか_______________」
最後に笑ったと思うと、ノルンだった何かの意識は途切れたように消え、力無く崩れた。
そうして倒れようとするノルンの体は、ハヤに受け止められた。
「……イキテル」
「そ。次起きたらどっちなんだか」
「ワタシガサワッテカラ、ノルンガ、オカシクナッタ……ワタシノセイ」
「んなわけないでしょ。少なくとも、この島に来る前からノルンはおかしかった」
メネは顎に手を当て、ここに来るまでの出来事を思い返した。
変わったとすればやはりノルンの故郷から。
そこで何かがあったとすれば……。
「メネメー、ダイジョウブ?」
「む、むむ……あー!やめやめ!船の機杖手に入れただけ、今は良しとしましょ!よし!とりあえずマサムネ達を探しましょうか」
「ウン……ア!アッチ!」
「……噂をすれば、ね」
ハヤが指をさした方向には、マサムネを抱えているコヅエの姿があった。




