1-35 脳天
「ネズミ風情が。私とやる気か?」
「……ハヤちゃんはメネちゃんを見ていてください。こ、ここはワタクシがなんとかしますから」
ワタクシが何とかする、そう言った。
有言実行、有言実行、有言実行。
3度唱えて意志を固める。
そうでもしなければ、ノルンは逃げ出してしまいそうだった。
「ノルンアブナイ」
「大丈夫……大丈夫ですから」
「アノーロ様はこちらへ。ここは私に任せてください」
「余は執務室に隠れておるからな!」
アノーロが部屋の外へと走っていくと、二ーノルドと呼ばれた男が立ち塞がった。
相手は見上げるほどの巨躯を持つ者。
これに立ち向かうと思うとノルンは身の毛もよだつ思いだ。
「ふ、ふふふふ」
「ノルン……?」
「なんだ、貴様」
「_______________先手必勝!」
叫ぶと共にノルンは攻撃を仕掛けた。
歯を食いしばり、最小限のモーションで。
放ったのは回し蹴りだった。
ド ゴ ォ ッ !
人間のモノとは威力が違う。
獣耳族の身体能力から捻り出されたそれは並の生物を一撃で絶命させるほど。
「……痛い。だがそれだけだ」
つまり、それを直撃した上で立っているこの男は並の相手ではないということ。
「ここはアノーロ様の部屋だ。ネズミは出ていくがいい!!」
「っ、離_______________」
二ーノルドは伸びたノルンの足を掴み、廊下に向かって軽々投げて見せた。
まるで子供が投げた人形みたいに、ノルンは全身で円を描きながら飛び、床を数回バウンドした。
「ゴホ、ゲホッ……いっ、た……」
「半亜人、獣耳族、長耳族に、竜人族……貴様らのことはクルート様の報告で聞いている。首輪が作動しない奴隷なんだそうだな」
「半亜人、まさかマサムネ様のこと……?」
「誰であろうと逃げ場はない。ついさっきクルート様に応援を要請した。近いうちにここに来る」
「……!」
「アノーロ様の船で逃げる気なんだろうが、そうはいかん。貴様らのようなネズミに明るい未来などないのだからな」
そう言って二ーノルドは背負っていた機杖を取り出した。
彼の手を少しはみ出るくらいの金属の棒。
だがそれは一瞬光ると、彼の体長を超えるほど強大な大剣へと姿を変えた。
「獣耳族、まずは貴様を殺す。その後に半亜人の男を殺し、そこの竜人族2人を“陸”へと送る」
ドズン、と丸い剣先が床に叩きつけられた。
「これは決定事項だ」
威圧。
二ーノルド自信にそのつもりが無くとも、ノルンはこの男からの強い圧を感じていた。
怖い、死にたくない、逃げ出したい。
いつものワタクシが顔を出す。
「へ、へへへ」
「さっきから何を笑っている。気色の悪い」
「そうですね。今のワタクシ、凄く気持ち悪い」
足が竦まない。
体が震えない。
生半可な覚悟では勝てない相手に、生半可な覚悟のまま挑もうとしているのに。
「だがその笑みも、すぐに潰えるだろう」
風を扇ぎながら大剣は振り上げ、ノルンに向けて振り下ろされた。
当たれば必殺。
圧倒的な重量を前にノルンは跳び退いて回避した。
ド ゴ ォ ン !!
瓦礫を飛ばし、床にめり込む重剣。
持ち上げることすら困難な武器を二ーノルドは何食わぬ顔で振り回し続けた。
「は、ぬぅん!!」
大きな影を作りながら舞う剣閃。
ノルンはその全てを見切り、避け続けていた。
そして、
「_______________はぁ!!」
「っ?!ぬぅ……!」
巨大すぎる得物だからこそ、読めた。
ノルンは浮き上がる一瞬の隙を縫うように拳と足先を叩き込んでいく。
反応、速度、そして手数。
相手に劣っていないものを総動員させることで、着実にダメージを与えていった。
「くっ!何故だ!貴様のその顔は、敗者の顔、蹂躙される者のはずだ!」
「そうでしょうね。ワタクシは今、恐れおののいています。かなり弱者でしょうね!」
「怯え、竦み、私のような強者を前にしてただ死んでいくだけの存在!なのに、何故!」
殴打、鋭く。
仲間を守る意思も、自己犠牲の覚悟もない。
彼女の内では生存本能が警鐘を鳴らしまくっている。
「何故だ!」
だが、冴える感覚。
「何故なのだ!」
だが、軽い足取り。
「貴様なんぞがぁぁぁ!!」
息を上げ、叫びと共に床に叩きつけられた大剣はその勢いを鈍らせた。
剣の主は項垂れ、その脳天を低く下ろしている。
「はぁ……はぁ……」
_______________勝機。
紛れもないそれをノルンは見逃さない。
反応しきれていない男へと一心不乱に駆けていく。
狙うは急所、渾身の打撃を見舞ってみせよう。
「これで、終わりです!!」
近づき、その踵を大きく掲げた。
「なんてな。馬鹿め、所詮はネズミか」
「_______________!!」
二ーノルドの懐から現れた機杖が眩い光を放った。
刹那、ノルンの全身を痺れるような激痛が走った。
否、“痺れるような”ではなく痺れていた。
機杖から放たれたのは電撃そのものである。
「っ……ぁ、」
「頭の悪い亜人だ。ここは“陸”に最も近い島だぞ?|邸宅を守る男の持つ機杖が一つだけで済むわけあるまいて」
二ーノルドが吐き捨てるように言うと、雷撃の機杖は黒煙を上げて砕け散った。
「“雷銅”もっとも、こいつは1度使えば壊れる試作品だがな」
「ぅ、ぃ……ゃ」
「もはや口も聞けんか、軟弱者が」
二ーノルドは倒れて動けなくなったノルンに近づくと、おもむろに大剣を振り上げた。
剣の落ちる先は、紛れもないノルンの脳天
「やべでぇ……ワタクシ、死にたくな_______________」
「生憎、ネズミに聞く耳は持たんのでな」
頭にめり込む鉄塊。
潰れるような苦痛。
それらを最後にノルンの意識は無に帰した。
〜〜〜〜〜〜
「クルート様、お急ぎください!」
「はーいはい。ちゃんと走ってるよ」
闇夜の街、10人前後の騎士が走っていた。
目指す先は高々と建てられた邸宅。
救援を要請した島主がいる建物だ。
「はーあ、せっかく気持ちよく寝てたのにさ」
「アノーロ様からの要請は10分前。例の半亜人一行が邸宅にて現れたとのことです」
「さっき聞いたよ。まあそういう事ならちゃんと協力するんだけどさ。旅人さんももうちょっとタイミングを、ってさ」
「……!誰だ」
騎士の一群の向かう先。
1人の影が立ち塞がっていた。
深くフードを被った長身の影。
騎士達からでは、その顔は認識出来ない。
「残念ながらこの道、騎士様達には一方通行となっております」
「何者だ、どけ!我々は空警団の騎士であるぞ!」
「へぇ、それは怖い」
無視して通り過ぎようとした騎士が唐突に倒れる。
そして、そこから起き上がることはない。男はその様子を気にも留めていない様子だった。
「ちっ、ちっ、ちっ、この先通るには、この私の許可を得てから、お通りくださいませ」
「……!貴様ぁ、名を名乗れ!」
「名?知りません?私の名は_______________」
「「クーシィ・フロストハート」」
2つの声が重なった。
一方は長身の男。
そして、もう一方はクルート・ガレンセンの声である。
「ひっさしぶりだよ!君みたいなのに会いたくてウズウズしてたんだよね!」
「クルート様?この者のことを」
「大体だけど知ってる。君たちは帰りなよ。その方がいい」
「ですが!」
「君たちが何人いようと通れないよ。だから死ぬか、帰るか。君たちはどっちがいいかな?」
クルートの笑みに騎士達は後ずさる。
だが、それとは真逆にクルートは1歩前へと進んだ。
「人聞きが悪い。私は騎士様たちを殺す気はないよ」
「そう?でも、僕相手には手加減なしでいいよ」
薄く笑い、刺突剣を取り出した。
「殺し合いの方が燃えるからさ」
「ふふ、騎士様がご乱心だ。誰か止めてあげては?」
騎士達には恐れの色。クルートに対する男は何も持たない手を前に向けた。
「さて戦ろうか!革命軍!」
騎士は狂気の笑みを浮かべ、闇夜を疾走する。




