1-34 警告
いかにも高そうな家具が立ち並ぶ部屋。
明かりが消されたその部屋には4つの生命が蠢いていた。
一つ、島の島主ことアノーロ・ケノヤッツ。
彼はいつも通りの時間にいつも通り床につき、目を閉じている。
朝に華やかな行進を街中でかまし、島主らしい生活と共に1日を終えた彼。
不自由のない暮らし、何の不安もない満足した表情で夢を見ている。
彼に悩みがあるとすれば、逃げ出した竜人族の奴隷か。
親しげだった奴隷を人質におびき寄せてはいるが望み薄である上、そもそもその人質は数日前あたりから息をしていない。
そして、そんな彼を取り囲む3つ。
「うわ、ムカつくくらい気持ちよさそうに寝てますね。殺しませんか?」
「ダメ、船を動かす機杖の場所聞き出してからよ」
「ドウヤッテ、オコス?」
アノーロが寝ているベッドを中心に、亜人が3人立っていた。
獣耳、長耳、竜人、悩ましげな顔でアノーロの寝顔を眺めている。
「ノルン、こいつの顔引っぱたいて」
「えー、嫌ですよこんな脂ぎった顔。メネちゃんがやってください」
「私は起きた瞬間に騒がないよう黙らせる役やるから。ほら早く」
「……ノルン、ワタシガヤル?」
「っ、いやハヤちゃんがやるくらいなら。やる、くらいなら……!」
「やるなら早くしてよ」
「え、えぇい!」
パチン、と肌を叩く音が部屋で小さく2度鳴った。
しばらくもすると目をつぶっていたアノーロの眉がピクピクと動き始めた。
「う、ううん」
「うわ、触った時ヌルってしましたよ。気持ち悪っ」
「はいはいご苦労さま」
「う_______________ん?なんだ亜人か。今日の夜は頼んでないぞ。さっさとカゴに入れておけ」
「はぁ……夜に何させようとしてたんだか」
メネは呆れながらも片手の短剣をアノーロの喉元に突きつけた。
月光に反射してキラリと光る銀刃に、アノーロは一瞬だけ固まった。
「へ」
「ほら、これ見える?今アナタはどういう状況かしら」
「……!ど、どどどういうつもりだ」
「人間様、殺しに来ましたよー」
「コンニチワ」
「貴様、なっ、ナンバーを言え!ただで済むと思ムグッ」
「今ただで済まないのはアナタの方よ」
メネは睨むような目つきで拳銃をアノーロの口内に押し付けた。
拳銃に弾は装填されていないが、この暗がりではアノーロに確認は出来ない。
「飛行船持ってるんだってね。私達それに乗りたいんだけど」
「ほ、ほんなものははい」
「殺すわよ」
「ひぃっ!ふ、嘘です!建物の裏の方にはいますっ!」
「はいどうも。それ動かす機杖はどこにあるかも聞きたいんだけど」
「ほ、ほれは……」
「早く答えなさいよ」
振り下ろされる短剣。
「いっ!?ひあ、ひあぁぁ……!」
アノーロは太腿を抜けていく苦痛に顔を歪めた。
涙と鼻水で顔を濡らしながら、肩で息をしている。
「ふぃっ……!ふぃっ……!」
「こんな時間だし、誰かが駆けつけてくれるなんて甘い考えはやめたほうがいいわよ」
「……イタソウ」
「周辺から足音は聞こえません。マサムネ様達もまだやってるだろうし、もうしばらくの余裕はありますよ」
「へぇ……どうする?もうちょっとコイツ痛めつけようかしら」
「ならあとで代わってください」
「ふぃ、ふ、ふ……!」
「あら、もう話してくれる気になった?」
「ふざけるなよ!亜人共が!」
アノーロの叫びと同時に首元のペンダントが光った。
その眩い閃光に、一瞬だけ亜人3人は思わず視界を遮る。
その合間にアノーロはベッドから飛び退き、机に上にあった機杖を手に取った。
「は!ははは!動くな下郎が!死にたくなかったらな!」
「……!それって」
「そうだ!首輪を起動する機杖だ!これを起動すればどうなるか知らないわけではあるまい!」
「はぁ……ああ、怖い怖い」
「動くなと言ってるだろう!そんなに死にたいならまずはお前からだ!」
近づいてくるメネに向けてアノーロは意気揚々と機杖を起動。
薄ら光る機杖、それに対応するようにメネの首輪も光る、はずであった。
少なくともアノーロの脳内ではそうなる予定であった。
「満足かしら。じゃあ次はその右手ね」
「あっ、ぎああぁぁぁ!!な、何故だ!何故首輪が作動しないぃ!」
「残念ながら、私達のは動かないようになってんの。分かったらさっさと喋って。次はその目ん玉いくから」
「ひ、あ、あ、あ……ああ!」
「ちっ!じゃあ宣下通り次は目を」
「……!メネちゃん待って下さい!」
「ニ、ニーノルドォォォォ!!」
ドスン ドスン ドスン ドスン ドスン ドスン
廊下の方から鈍く重い足音がこちらに近づいて来る。
恐らく尋常ではない速度で。
だが、気づいた時にはその脅威は部屋の前まで迫っていた。
そして
ド ゴ ォ ン !!
ドアどころか壁ごと破り砕いて、その巨体は部屋に現れた。
「アノーロ様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「この人!今朝に馬車を引いてた……!」
天井に頭がつきそうなほど、見上げるほどの大きさ。
無骨な体に重苦しいような顔つき。
ついさっき壁も破った。
見た目通りの屈強の男。
「ニーノルド!コイツらを殺せぇ!」
「っ、ムリ!動くんじゃないわよ!動いたらコイツの頭ぶっ飛ばすから!」
「ひぃ!やっ、やっぱり動くな!ひとまず_______________」
「ああああああああぁぁぁ!!」
咆哮、直後に攻撃。
警告も虚しく、大男は何の躊躇もなく拳を振り下ろした。
そして突き出された拳骨はアノーロの頬を掠め、メネの腹部を容赦なく撃ち抜く。
「い……!」
細い体は軽々と弾き飛び、壁へと激突した。
「ぅ……ぁ」
「メネちゃん!」「メネメー!」
「またネズミが3匹ぃ!今日は屋敷を汚すことになりそうだ!」
再び雄叫び、その標的は残りの2人へと向く。
憂い、悲しみ、怒り、入り交じり収束するは闘争。
「メネちゃんが。もう、ワタクシしか……!」
誰よりも恐怖を孕んだ目が、その戦いへと臨んだ。
誰よりも戦いを望まないその精神で。
まだ、夜は始まったばかりだ。




