1-31 窮地
「ふぅ……」
メッタとの話を終え、部屋を出た。
まだ朝を過ぎたばかりで教会にはあまり人がいない。
そのまま借りている部屋に戻ると、ハヤとコヅエが2人で机の上の紙に向かっていた。
「お!メッタ様とお話終わったのか?」
「まあな。なんだメッタ“様”って、アイツはそんな大層なやつじゃないぞ」
「コヅエの首輪を解いてくれたからな!メッタ様は元奴隷でも凄い人なんだぞ!」
「ああ知ってるよ。アイツは凄いやつだ」
「ふふーん!そうだろそうだろ!なあ、お前はメッタ様となんのお話をしていたんだ?」
コヅエは鼻息荒く、期待の篭った目で見てきた。
メッタのことを本気で尊敬していのが伝わってくる。
コヅエは魔力持ちだ。
魔術も少しくらい使えてもおかしくないだろう。
それでもこの首輪を外せないのは、やはりこの世界の技術の水準が“村”よりも大きく劣っているからだ。
“村”の連中なら捕まったとしても優秀な人材として、最悪でも逃げ出すくらいは出来るはず。
今頃皆は何をしているだろうか。
「なあ!何の話をしてたんだよ!」
「故郷の話だ。メッタとは昔からの仲なんでな」
「そうなのか?じゃあメッタ様ほどじゃなくても、お前も凄いやつなんだな!」
「お、おう……ハヤ達は何をしてたんだ」
「ふっふっふ!知りたいか?いいぞ、ハヤ見せてやれ!」
ドン、とコヅエが背中を叩くとハヤはおずおず喋り出した。
「コン、ニチワ。コレカラモ、ヨロシクデス。マサムネ」
「……!」
「どーだ!完璧だろ!今日学び初めてこれだぞ」
「凄いな。他にも、何か喋れるのか?」
「エヘへ……ハヤ、イロイロシャベレマス」
「日常会話はほぼ完璧だぞ!これも全部コヅエの指導力のなせる技だからな!」
「……!コヅエ、助かる!」
照れるハヤと胸を張るコヅエ。
机の紙にメモされていたのは竜人族の言語らしい言葉の羅列だ。
実際かなり助かった。
ハヤとの意思疎通は大きな課題だったが、これなら何とかなりそうだ。
ガタン! コッ コッ コッ コッ
「「……?」」
大きめの物音が部屋の外から聞こえる。
出処は教会の正面入口。
何やらこの部屋に向かっている様子。
「ノルン、メネメー、オカエリ!!」
余程言いたかったのか、ハヤは待ちきれずに駆け出して部屋のドアを開けた。
「……。」
「ただいま、戻りました……」
ドアから迎え入れられたのはやはりノルンとメネ。
だが、2人の表情は鬱屈としたものだった。
船の燃料を得られなかったのか、それともそれ以上に何か都合の悪いことがあったのか。
「どうした?浮かない顔って感じだが」
「そう?そう見えるかしら」
「がっつり見えるが」
「フタリ、ダイジョウブ?」
「……船に乗れなくなったわ」
「ん?」
「空警団に停泊場押さえられて、私達の船が乗れなくなったの」
唐突なカミングアウトに思考が停止する。
フネニ、ノレナクナッタ?
それはつまり……?
「船に乗れなくなったって、ことか?」
「そうよ。さっきから言ってるけどね」
「それはつまり、この島から出れないってこと、だよな?」
「フネ、ノレナイ?」
ノルンの表情と話している内容からようやっと状況を理解した。
空警団に俺たちの船が見つかり、乗れなくなった。
船が無ければ俺達は“陸”に行けないどころか、この島すら出られない。
「な、な、な_______________」
上手く言葉が紡げなかった。
ほぼ終わり。取れる手といえば、空警団に見つかるまで身を潜めるだけのこと。
だがそれも一時的なものにしかならない。
「なんでだ。なんでそんなことになってる」
「クルートよ。アナタが戦ったヤツが、あの島からずっと追っかけて来てたみたい」
「それでさっき見つかっちゃって……」
「あー!なんだその紙は!コヅエが映ってるぞ!」
ここは“陸”から最も近い島だ。
時間が経てば経つほど空警団の兵は集まるだろう。
空警団には俺の魔術を最低でも一発防ぐ機杖がある。
俺の力で強行したところで制圧されて終わり。
島を出るためにやれることはもう無いに等しかった。
「_______________え」
しんとなった部屋の静寂。
それをコヅエの間の抜けた声が破った。
見ると、メネの握っていた手配書?を青い顔で見つめていた。
「なんで……」
「コヅエ、ドウシタ?」
「っ、た、助けて欲しいぞ。だ、誰か……!」
コヅエは泣きそうな顔で俺にすがりついて来た。
何かあったのだろうが、今はそんな暇はない。
「何だ急に……他を当たれよ。メッタとか」
「メッタ様はあの部屋から出ようとしないから……頼むぞ!コヅエ1人じゃ出来ないことなんだ!」
「こっちも他人に構ってやれる程じゃねぇんだよ!」
「ひっ」
「っ……悪い、驚かせた」
「お、おお落ち着いてくださいマサムネ様。まだ何か出来ることがあるはずです!」
“陸”に辿り着けない。
そう思うと何故か頭がカッと熱くなっていた。
怯えた様子の竜人族2人を尻目に頭を巡らしたが、何も_______________
「お困りですか」
「……誰?」
「誰です」
「誰よコイツ」
低い声がドアから投げられた。
メッタでもマリーアでもない。
いつの間にか立っていたのは、深くフードを被った長身の男だった。
「そんなあなた方に良い案があります」
「いや、だから誰なんだよお前」
「クーシー。どうしたお前」
コヅエが見知った仲のように呼びかける。
メッタともう1人、この教会に潜んでいる人物。
クーシーと呼ばれた男は俺を見て、不敵に笑んで見せた。




