後編
そして来たる任務の日。
俺は何事も無かったかのように学校へ来ていた。
いつも通り自分の席で本に目を通していた。
「ねえ、マサムネ」
そんな俺にナルカが声をかける。
教室には今ガルーグがいなかった。
「……なにか」
「いい加減ガルーグと仲直りしなさいよ。今日任務でしょ」
「それはガルーグの誠意次第かな」
「誠意って、今回のはどっちもどっちでしょうが。そう言ってるアンタには申し訳ない態度が一切見えないんだけど」
「あっちが謝れば俺は謝るつもりだけど」
「それ、ガルーグも同じこと考えてるわよ」
「じゃあ一生このままだな。しょうがなし」
「はぁ……こんなんじゃ卒業はまだ先ね」
「……ナルカだって。この前はガルーグの味方してたくせに」
「あ?」
「……。」
ナルカの睨みに目をそらす。
本格的に敵を増やすのは後々都合が悪い。
俺はこれ以上は言い返そうとはせず、ただ黙った。
「おうおうおう!なんか陰気臭い雰囲気が漂ってんなあ!どこのどいつが原因だあ?」
静寂を破るようにガルーグが騒ぎ立てながら教室に入った。
「お前か?お前だよな?どこのパーティーの陰キャだテメェ」
「……うぜぇよ」
「はっはー!思い出した、最近パーティー追放されたマサムネくんじゃん!なあどんな気持ちだよ、今どんな気持ちだ?」
「チッ……」
「ガルーグ言い過ぎ。ほら、とりあえず2人共お互い謝っときなさいよ。今日任務でしょ」
「だーれがこんな根暗に謝るか!任務は今日から3人で行くんだよ。それで決まりだ」
「あーそうかそうか。こんなパーティー俺からお断りだよ!俺は1人で高みにいくから、お前らで傷舐めあってろばーか!」
「陰キャ!根暗!ハゲ!」
「脳筋!ケダモノ!知能が虫以下!」
「ちょっと2人ともいい加減_______________」
バ ァ ン !!
机を叩く音。
突然の物音に固まり、俺たちは発信源を見た。
「うるさいんだけど。特にそこの2人」
寝ていたはずのマーマがゆらりと立ち上がる。
危険を察知した俺とガルーグはそれぞれ別のドアから教室を飛び出した。
〜〜〜〜〜〜
「ったく、マーマのやつ手加減しろよ……」
「あれ。お兄今日任務じゃないっけ」
時は少し飛んで夜。
いつもならもう任務へ出かけている時間、俺は家で装備を整えていた。
マーマに殴られた横腹がまだ痛い。
だが、ガルーグは脳天にかかと落としされてた。
もっと痛いに違いないざまあみろ。
「ねーねー無視ー?もう仲直りしたのー?」
「仲直りはしてねぇけど任務はあるよ!俺はちょっと遅れていくんだけな!」
「そっかー。ねぇ、この前のスコップって結局何に使ったの?」
「ん?いやちょっと、穴掘ったんだよ。色々あってな。そんな気になることか?」
「別に気にはしてないけど。長に聞いといてって言われたの。よくわかんないけど」
「……別に、なんでもないよ」
ローブと杖を持ち、夜空を見上げた。
手に入れた力は未だ健在。
あの時の力はいつでも出せる。
アイツらの驚く顔を見るのが楽しみだ。
はやる気持ちを抑えながらも、家を出た。
〜〜〜〜〜〜
「くそっ!おいナルカ!あの辺の雑魚早く始末してくれよ!」
「無理!こっちは大型の足止めで手一杯よ!」
「マーマは!」
「今やってるー」
主な攻撃役である魔術師を欠いたパーティーとは、牙を抜かれた獣も同然。
野を駆ける狼や巨大な液体状の生物などなど……。
ガルーグら3人はいつも通りの任務で苦戦を強いられていた。
「大型はともかく!小型の処理はどうにかなんねぇのか!今までどうしてたんだよ!」
「マサムネが魔術で処理してたに決まってんでしょ!」
「っ!ナルカ!お前も魔術ちっとは使えたろ!それで何とかしろよ!」
「そんな無茶……分かったわよ!詠唱するからちゃんと守っ_______________!!」
小型に目を向けた隙を突くように、液体状の大型魔物がナルカを飲み込んだ。
ナルカは必死に抵抗するが、1度飲み込まれた彼女が出来るのはもがくことのみ。
「あ、っ、ぷあっ……!!」
「おいふざけんな!テメェがやられてどうすんだよ!」
「_______________ナルカちゃん!」
「っ!?バカマーマ!やめろ!」
救助しようと飛ばしたマーマの蹴撃は魔物の液体の身体を虚しく揺らすだけ。
それどころか触れた脚部からマーマの体は飲み込まれていく。
「マーマ手を……くそっ!」
「ぼぼぼぼぼぼぼ……」
また1人、飲み込まれていく。
そして残ったのは、ガルーグ1人のみ。
彼の持つ攻撃手段は剣と盾を使ってのもの。
物理的な攻撃では液体の魔物を倒すことは出来ない。
「ふざけんな……この、役立たずどもが……」
1人では到底倒しきれない数の魔物がガルーグを取り囲む。
死にはしない。
村に救援を要請すれば、命はいくらでも助かる。
ただそうした場合、“英雄”としての評価は大きう下げられることになるのだ。
用意された死以外の選択肢。
それ故に、ガルーグは諦めきれなかった。
「こんなとこで……俺が、恥を……!」
「がぼ、ぁ、っ……」
「ぼぼぼぼぼぼ……」
次第に苦しそうになっていくナルカとマーマ。
このままでは2人は死んでしまう。
それでもガルーグは救援を呼ぶという恥を受け入れられなかった。
もうそろそろだろう。
そう思い、遠くで眺めていた俺は指先を魔物へと向けた。
「_______________“尖鋭火弾”」
放たれた火弾が、液体の魔物を容易く蒸発させる。
捕まっていた2人はそれと同時に外へと投げ出された。
「は?な、んだこれ?」
「よおガルーグ。どうだ任務は。楽に終われそうか」
「マサムネ……?なんだ今の」
「ただ初級の魔術だよ。ただし、俺の唱えた初級の魔術だがな」
「初級って、んなわけあるか!今の威力、超級とかだろうが!」
「そうか?んじゃ、もう1回」
かろうじて生き延びていた魔物にもう一度、同じこと魔術を放つ。
過剰なほどの火力が、周りの魔物すらも巻き込んでいった。
「短い詠唱で、ここまでの威力だとぉ!?」
「言ったろ。初級だって」
「何を、どんな手を使ったんだテメェ!」
「特に何も?で、ガルーグは俺に何か言うことがあるんじゃないか?」
「はあ?」
「今、救援呼ばなきゃヤバかっただろ?そこを俺が、助けた。何か言うことあるだろ」
「誰が、テメェなんかに……!!」
「ゴホッ、ゴホッ、マサムネ、あり、がと」
「ぼぼほ……センキュー……」
咳き込みながらも礼を言う女子達。
この2人もあのままでは死んでいた。
それはいくら馬鹿なガルーグでも分かっていたはずのことだ。
「何か、言うことは」
「……せん」
「えぇ?!なんか言ったか?!」
「すいま、せん、でした!!って言ってんだろうが!」
「だろうが?なんか言ったか!!」
「すいませんでした!!」
ガルーグは屈辱の表情で頭を下げた。
いい気分だ。今すぐに笑いだしたい気分だが、今はそういう時間ではない。
まだ魔物が周りでこちらの動きを伺っている。
「ははははは!!いいぜ!お前のその謝罪に免じて!ここら一帯の魔物を駆除してやるよ!」
指先を天へと向ける。
唱えるは初級魔術。
電撃を出現させるだけの魔術。
だがそんなちっぽけな魔術すら、俺の手にかかれば天災級となる。
「_______________“落雷撃”!!」
ド ゴ ド ゴ ド ォ ン !!
降り注ぐ黄色い閃光が、周りの魔物を蹂躙した。
圧倒的な攻撃力。
その威力にガルーグらは口を開けて眺めていることしか出来なかった。
「ふぅ……片付いたな」
「なんだよ、そりゃ」
「凄い、凄いじゃないマサムネ!何をどうしたらこんなこと出来るの?!」
「天才、天才!!」
「おっ、おかしいだろそんなの!つい最近まで愚図だった奴が、急に、そんな」
「おいおいガルーグ君。ちょっと口の聞き方に_______________?」
べた褒めのナルカ、はしゃぐマーマ、悔しそうに歯噛むガルーグ。
そんな3人の様子とは全く関係ない、謎の違和感が俺を襲った。
違和感の原因は魔物。
倒れた魔物達から何か、力が流れているような気がした。
「なんだ……?」
「マサムネ、どうしたの」
「魔物から何か感じる……力の、供給源みたいな」
「供給源?何言ってるの」
「分かるんだ。誰かが……!」
恐らくそれは結晶から力を手に入れたことにより得た、第六感のようなモノ。
その不思議な感覚を頼りに、俺は魔物の力の供給源へと走り出した。
目指す先は森。村を取り囲んでいる木々の群れだ。
魔物は任務の日で、定期的に村を襲う。
俺たちはそれを自然なものだと思っていた。
それがもしも人為的なものだとしたら。
「……いた!」
森にある草むらの中。
人の気配を感じて、それに手を伸ばした。
力の供給源。俺の感覚が正しいのなら、この者こそが魔物を操っているはず。
掴んだ手を引き出し、その正体を外に出した。
「……え?」
「はぁ……はぁ……待ってよマサムネ!」
遅れて3人も近づいてくる。
そして、パーティー全員がその男を目にして驚愕した。
「ひっ、な、なんだよお前ら!」
「メッタじゃねぇか。お前、なんで」
「お前は“英雄”になって、村を出たんじゃ……?」
そこにいたのは、学校を卒業し、村を出たはずのメッタだった。
2週間程前にパーティーと共にとっくに出発したはずである。
「メッタ、お前が魔物を……?」
「おっ、お前らなんでこっちの場所が_______________!!」
メッタの怯えたような表情は一転した。
突然怒ったような表情へと変わり、俺の胸ぐらを掴み始めたのだ。
「マサムネのさっきの力といい……まさかお前、お前お前お前お前お前お前!!!」
「っ?!な、なんだよ!落ち着けって」
「その力、早く戻せ!いつ手に入れやがった!まさかお前が_______________」
パ キ パ キ
何かがひび割れる音。
「……は?」
頭が割れるような大音量。
音を発していたのは紛れもなく。
「見て、空が、割れてる」
ひび割れる空。
「……終わりだ。もう全員、終わりなんだァ」
膝を折りうずくまるメッタ。
誰もが目を、耳を、疑った。
バ キ ン
オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ
空を割って、それは現れる。
「何、あれ」
「空飛ぶクジラ……」
「違う。飛行船だ……とてつもなく大きい」
オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ
空を優雅に飛び回り、鋼鉄の鯨は唸るように鳴いた。
だが、俺が信じられなかったのはその姿ではない。
目を向けた先は、割れた空の先。
「あの空、夜じゃない……!」
青々と澄んだ空が、割れた世界から覗いていた。
訳が分からない。
意味不明だ。
現実が受け止められなくなった俺は、小さく後方へ後ずさった。
その直後。
「_______________マサムネ!!」
「え?」
唐突に崩れる俺の足元。
大地が崩壊し、俺の体は下へ下へと落ちていく。
遠ざかる空、暗くなっていく視界。
結晶のあった場所なんてとうに過ぎて……どんどん、どんどん下へと。
下。地の底。そこには何がある?俺はどうなる?
だが、そう考えられたのは束の間だった。
「っ、……青い、空?」
地が底をぬけ、俺の体は何故か宙へと投げ出される。
下に広がるのは青い床、そして上には、綺麗に晴れた青空。
「海……これ、海ってやつか!?」
そこで気づく。
下に広がっているのは一面の水、つまりは海だと。
だがそこにはあるはずの陸が、俺達が居たはずの陸がない。
全てが一面の海だったのだ。
空と海、それだけの世界。
_______________否、それとは別にもう1つあった。
「浮いてる、島……?」
空に浮く無数の島々。
雲と同じように存在していた。
目撃してからやっと気づいた。
俺の世界。そして世界の真実。
「俺達の村も、島だったのか……」
思い描いていた外なんてない。
あまりにも小さすぎた俺の世界。
宙へも投げ出された身体と同じように、俺の常識はフワフワと足元のない空へと投げ出された。
『うふふふふふふ』
何も分からなくなった俺を、響くような声が嘲笑う。