1-26 最寄り
月夜に高々と立つ時計塔。
街頭の灯りは失せ、石のタイルとレンガの壁で彩られた街並みは藍と黒に染まっていた。
ここはナンバー“A-04”の島。
“陸”から最も近い島の1つである。
時刻は深夜。
住宅の窓には1つとして明かりは写っておらず、外の人気も全くない。
だが、そんな闇に落ちた特例島にも活動を続けている場所があった。
「ふああ……眠い。寝ていいっすか」
「ダメだ」
照明で照らされた停泊場。
この島に訪れる船のために見張りをしている2人、男女の従業員がそこにはいた。
「こんな時間誰も来ないっすよ。私寝るんで先輩よろしくです」
「ふざけるな。君が寝たら僕一人で頑張らなきゃいけないじゃないか」
「そのために2人いるんじゃないすかね?」
「とにかくダメだ。できるだけ寝ないようにしろ」
「じゃあ先輩が面白い話してくださいよー」
夜よりも深い黒を喉に流し込みながら女は言った。
2人の受け持つ時間はあと3時間。
女が寝るのも時間の問題だった。
「はぁ……知ってるか、最近見つかった島の話を」
「……え?もしかして社会的な報道の話しようとしてます?」
「なんだ、嫌か」
「寝ますて。今朝見た新聞の話とか、おじいちゃんですか先輩は」
「今朝じゃない一昨日見た新聞だ」
「どうでもいいですよ」
「まあいい……その島では多数の半亜人が発見されて運ばれたらしい」
「半亜人、ってなんすか?」
「人間と亜人の間に生まれた種だ」
「はえー。そんなのいるんすねー」
「僕は見たことないが、亜人の特徴が失われているから外見は人間と遜色ないらしい」
「へぇー、ソレどうやって見分けるんすかね」
「見分けることは出来ない」
「え?ダメじゃないすか。じゃあどうやって半亜人って分かったんすか」
「……ちなみに、半亜人は皆魔力持ちの優秀な人材だ」
「……?」
「まあ要するに、人間を奴隷にする口実のために“陸”の連中が作ったデマってことだよ」
「うわ、お偉いさんはやることエグいっすね」
「……と、いう都市伝説レベルの噂だよ」
「なーんだ噂話か!先輩もユーモアを磨きましたね!」
「人間の奴隷なんて見たことないだろ。何を騙されているんだ」
「いや“陸”ならいるかもと」
ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン
駆動音を夜空に響かせながら飛行船が停泊場に近づいていた。
真っ白な飛行船、空警団の飛行船だった。
「うわ。こんな時間に来ることなんて本当にあるんすね」
「ほら仕事だ。僕が確認するから記録は任せたぞ」
「了解っす。えっと?“爪”の13番っと……」
かくして2人は訪れた船を迎え入れた。
“爪”の13番隊。この隊が本来訪れるはずのない者達だと知らずに。
〜〜〜〜〜〜
「お疲れ様でした」
「はーい。良い滞在をーっすー」
保護区を出発してわずか5日。
再び別の島へと流れ着いた俺達は空警団を装い、島の中へと入っていた。
「わあー暗いです。これからどうしましょうか」
「クライ、ヨル、クライ」
「入れたはいいけど、これじゃ出歩いても意味ないわね」
「“陸”に近い島なんだ。慎重に行こうぜ」
保護区での燃料補給は完全だったが、それでもやはり“陸”までは届かず。
こうして到着した詳細不明の島でまた燃料探しとなったのである。
だが、夜では人気もない上に店も開いてない。
なんなら今の俺たちには泊まる場所もない状態だ。
「さて、宿屋にでも泊まれればいいんですがね」
「空警団のフリしてどうにかならないのか」
「さあ?でもボチボチ私達の存在が広まってる頃よ。出来るだけ痕跡は残さずに行きたいわね」
「あんなデカい船停めてるんじゃ、痕跡もなにも気にする必要ないと思うけどな」
「あれはしょうがないわよ。どうせすぐにここを出るんだから」
「さいで」
「……サイデ?」
カッ カッ カッ カッ
闇夜の中を駆ける音。
夜の街を彷徨い歩いていると、何やら前方から仮面をかぶった小さな影が走ってきていた。
「はぁ……!はぁ……!」
「子供……?」
「どうしたんで_______________うわわっ!!」
子供らしき影は猛スピードで俺達の間を抜け、その勢いのまま入り組み込んだ路地裏の方へと駆けて行った。
それから数秒もすると、同じように息を切らして走ってくる兵士達が現れた。
「はぁ……はぁ……ま、待てェ!」
「ひっ、ひっ……き、騎士様ですか!どうかお力添えを!」
「え?あぁ、な、なにかね」
「さっき何者かが逃げて来たでしょう?追って欲しいのです!我らではもう、体力が」
「了解。ほらアナタ達行くわよ」
メネが走り出すのに従って、路地裏へと走った。
「追うのか?」
「協力しなきゃ怪しまれるかもでしょ!」
甲冑を身に必死に足を動かす。
半端ではない重量を負いながらでは、身体は思うように動かない。
子供の姿は見えるが、追いつける気がしない。
「くそっ、無理だぞこれ!」
「いいのよ追うフリだけで。さっきの兵士からいい感じに離れてから止まれば_______________」
「ふふふふ!かけっこなら負けませんよ!!」
スイッチが入ったように、ノルンの速度が急に上がった。
逃げる影を捕まえるべく、地を蹴り壁を蹴り、ノルンは同じ装備とは思えないほど軽快な動きで駆けて行く。
「ノルンスゴイ!」
「ちょっとノルン!?」
「よーっし!つっかまーえたぁ!!」
「……?!うわあああぁぁぁ!!」
勢い余って地をバウンド。
ノルンは捕まえた影と共に転がりながらも、捕獲を成功させた。
遠くで倒れたノルンの方へと、俺達は数秒してから駆け寄っていった。
「いて、ててて」
「ここまで無茶しろとは言ってないんだけど」
「いやすいません。船の中じゃ満足に体動かせないもんで、つい」
「ドッチモ、ダイジョウブ?」
「ノルンは大丈夫だろ。どっちかってぇと……」
「いってぇ!!なにしてくれんだ!死ぬとこだったぞ!!」
小さな影はノルンの腕から抜け出し俺達に怒号を浴びせた。
そして仮面で見えなかったその表情が、起き上がった拍子で露わとなる。
「くっそー!……って、なんだよ。他人の顔まじまじと見て」
「顔っていうか頭だが」
「アナタ、竜人族ですか?」
「ナカマ……!」
その頭からは長くうねった角が生えていた。




