1-24 ナカミ
夜。
今後の方針を決められないでいた俺達は振る舞われた料理に舌鼓を打った後、この島で一夜過ごすことを決めた。
各々に用意された一室は華々しい家具達に囲まれていた。
どれくらい華々しいかと言うと、寝具に天蓋が付いているほどである。
本来ならば空警団をもてなす部屋なのだろう。
エレガント過ぎて逆に落ち着かない。
リリン リリーン リーン
唯一、外から聞こえる虫の音だけが安らぎだった。
「……寝れねぇな」
呟き、寝具に疲労の無い体を投げた。
広すぎる部屋には俺が一人だけ。
敵がいない島、襲われる心配のない時間。ここまで安全なのは“村”以来だろう。
だが、このまま夜が過ぎるのを待つのは退屈だった。
コン コン コン
「……入っていいぞ」
返事を食い気味に戸が開く。
現れたのは、俺の予想していた通りの人物だった。
「ふん。随分と暇そうな顔してるわね」
「実際に暇なんだよ」
湯上り姿のメネがそこにいた。
湯気を体からくゆらせながら、ゆったりとしたローブに身を包んでいる。
メネは部屋に入ると、上気した顔をパタパタと扇ぎながら椅子に座った。
「熱い湯に体を浸すなんて初めてだったけど、気持ちいいものね。アンタも入ったら?」
「後でいい……てかなんだその服」
「わかんない、上がったら着ろってさ。浴場?は綺麗で広かったし、ホント至れり尽くせりだわここ」
「それにしては浮かない顔じゃねぇか」
「アナタがそれ言う?」
メネの半笑いで言った言葉に、思わず口を止める。
そうだった。
浮かない顔をしているのは、俺も同じだった。
「改めて考えたら、私アンタが“陸”を目指す理由なんてこれっぽっちも知らなかったわ」
「……言ってないからな」
「考えてない、じゃなくて?」
「考えてるさ。けど、分からないんだ」
「分からない?どういう意味よ」
「あの日、ノルンやメネを助けてから俺は“陸”を目指すと言った。これは間違いない」
「ええ。島を出た後の目的としてね」
「でも、何でそんなことを言ったのか分からないんだ。ただの思いつきなんかじゃない。何かを、何かを俺は考えていたはずなんだ」
「なら、今考えなさいよ」
「今考え_______________?」
ーーーーーーーー。
俺は好奇心旺盛な男だ!
“陸”をこの目で見たいという思いで、あの日宣言したはずだ!
俺は、単なる好奇心で“陸”を目指しているのだ!
「っ、違う!」
「いっ?!」
俺は執念深い男だ……。
“村”を襲ったヤツらが許せない……。
ヤツらに復讐するために俺は“陸”を目指すのだ……。
「違う、違う違う違う!」
「ちょ、ちょっと!どうした急に!1回落ち着きなさいって!」
俺は正義感の強い男だ。
虐げられてきた亜人達のため、悪しき人間共を懲らしめるため。
俺は“陸”へと向かい、世界を正すのだ。
「俺、は、一体……?」
バ チ ン ッ !!
「……!!」
「落ち着けってんでしょうが!」
メネの叩き飛ばすような平手打ち。
同時に頬を走った痛みで我に返った。
「目ェ覚めたわね……ったく、おかしいヤツだとは思ってたけどここまでとは」
「す、すまん。俺また、あのビオクの時みたいに」
「しっかりしなさいよ。ノルンがここを出れるかどうかはアナタに掛かってるんだから」
「でも、それでいいんじゃないか?ノルンもハヤも、お前だってこの島に残るのが1番安全だろ」
「それもアリだとは思ったけど、そうもいかないのよねー」
「……?」
「ここの亜人、女ばっかで男はほとんどいなかったでしょ」
「ああ。それがどうかしたか?」
「ついさっき歩き回って分かったんだけどね。実はここ、空警団専用の娼館なのよ」
「……!」
娼館。
その言葉に衝撃が走った。
整えられた部屋、女性の亜人達。
つまり、この島に残った亜人は皆訪れた人間を相手に。
「流石人間様って感じ。保護区の言葉通りに運営するわけないわよね」
「ビオクが、ノルンを引き留めようとしてるのは……」
「娘に死なれるよかマシって感じかしら。ま、クソ人間の性奴隷になるってのも死んでるようなものだけど」
「そうか……そういう、ことか」
「理解してくれてなにより」
メネは喋りながら拳銃を取り出し俺に向けた。
弾は入っていないと分かっていたが、それでもやはり怖い。
「ここで娼婦として生きるくらいなら、私は死んだ方がマシ」
「お前ならそうだろうな」
「だから、アナタのせいでここに留まることになったら、誰よりもまずアナタを恨んで自決してやるから」
「分かってる」
「そんで、ここが安息の地だったとしても私は止まる気なかったから」
「……。」
「“陸”に行って全てを確かめるまで、私は止まらないからね」
「分かってる、分かってるって」
息が詰まるような問答に、息を詰まらせながら俺は苦笑する。
メネが味方で良かった。
ここまで脅されなきゃ、きっと俺は前に進めない。
メネがいなきゃ俺は今頃……。
対するメネも、ため息混じりに笑った。
やがて入って来たハヤが俺に向いた拳銃を見て大騒ぎするのは、それから数秒後の出来事であった。
こうして夜は更けていく。
〜〜〜〜〜〜
ギィ…… ギィ…… ギィ……
ベッドの軋む音。
それと腹の辺りの重み。
時は深夜。
俺は床に就いたはずの俺は微妙な寝苦しさに耐えきれず、目を覚ました。
「ふぅ……ふぅ……あ。起きましたか」
「ノルン、か?」
視線を落とすと俺に馬乗りしているノルンの姿があった。
不思議なことに汗ばんでおり、下着姿だった。
「なにしてるんだお前」
「分かりませんか?ここまでしても」
ほんのり赤く染まった頬。
艶やかに揺れる金の頭髪。
熱を帯びたその瞳からは、いかがわしい雰囲気を感じずにはいられなかった。
「私の、もらっていただけますか?」
「なにを……急に……!」
「ふふふ、卑怯ですよね。何も言わずに、こんなこと」
「そ、そうだ待て!まずは話をしてくれ!こうなるに至った経緯を!」
俺の股間に伸びようとする手を振り払った。
おかしい、明らかにいつものノルンじゃないのだ。
「話、聞いたら続けてくれますか?」
「いや、もちろん内容によるが」
「……実は、ワタクシこの島に残ろうと思うんです」
「……!」
「驚きましたか?」
「ノルン、実はこの島は空警団の」
「分かってます。承知の上だからこそ、こういう事をしてるんです」
ノルンはどこか虚ろな曇った目で俺と目を合わせた。
吸い込まれてしまいそうな碧眼に、思わず意識が揺らぐ。
「ワタクシは卑怯な人なんです。いつだって、本当は自分のことを考えてる」
「いいのか……?メネは性奴隷になるくらいだったら死んでやるって」
「っ、ワタクシは!!メネちゃんほど強い人じゃないんです!」
「あの時、島から初めて出た時だってそうでした。船を占領する役割が本当は1番危険だって……分かっててワタクシはやりませんでした。メネちゃんがやると言って、安心してました」
「ハヤちゃんと逃げる時だってそう!結局あの時はメネちゃんが囮役を……ワタクシはそれを止めようともせず、一目散に逃げてました」
「今だってそうです。皆と“陸”に行くか、ここに残るかでワタクシは……!!」
「ノルン……」
「いつも自分が生きることだけを、選んでました」
2人は正反対だった。
表面では冷酷を装いながら、誰よりも他人を見ているメネ。
表面では亜人を想い、人間を恨んでいるが、その実自分の生だけを意識しているノルン。
どちらもきっと間違っていない。
だからこそ、ノルンの瞳は罪悪に染まっているのだ。
「だからもういいんです。ワタクシのことは赤の他人、どこかの娼婦として見てくれれば」
「そんなこと……!出来るわけないだろ!」
「見ず知らずの人間にあげるくらいなら、せめて好きな人にもらって欲しくて……!」
「好きって、お前」
ベッドから離れようとした身体が、ノルンの手によって軽々押し倒された。
獣耳族の身体能力に人間の俺が勝てるはずがなく。
「ん_______________!!」
「……っ、ん……んっ……ちゅ……はぁ……」
「……ぷはっ!ノルン、やめっ……」
「んふふ!あんなに強いマサムネ様でも、こうなったらどうしようもないんですね!んっ……」
揺れる乳房。
徐々に汗ばんでいくくびれ
エスカレートしていくノルンの攻め。
手を振りほどこうと揺らすがビクともしない。
抵抗も空しく、俺はされるがままにしかならなかった。
「やめろ!何してるのか分かってんのか!」
「酷いことだとは分かっています。だから、これが済んだらもう、皆さんの前には出てきません」
「……!」
「お願いします。これで最後ですから、せめて」
泣きたいような表情でノルンは全てを露わにした。
“これで最後”
これを受け入れてしまったら、もうノルンは俺達の前には出てこない。
そんなこと認めるわけにはいかない。
「最後なんて、認める、か……あ?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
突然、薄れる意識。
ーーーーーーーーーー。
ーーーーーーーーー。
ーーーーーーーーー。
ノルンの涙を最後に、俺の意識は途絶えた。
〜〜〜〜〜〜
「マサムネ、様?」
ノルンは涙声で呟いた。
原因は突如脱力したマサムネの体。
抵抗していた腕からは何の力も感じられず、瞳は目蓋で固く閉じられていた。
「え、そんな。死んじゃっ、た?」
ノルンの胸の内に不安が過ぎるが、鼓動からそうでないと気づく。
なら、何故?
「……マサム_______________」
一安心し、口付けしようと近づけたノルンの顔は、喉元へと向かった手のひらによって阻止された。
「あ……か……は……!」
伸びた手はノルンの首を容赦なく締めつけ始める。
「獣耳族の娘。こちらとしては、勝手に抜けるのはやめてもらいたいのですが」
「ぁ……マサ、ムネ、様?」
「獣耳族といえど、少ない手駒ですからいなくなると困るんですよ」
喋っているのは間違いなくマサムネ。
だが、ノルンの目に映っているその男はまるで別人のようにものを語っていた。
「貴方、誰、です」
「誰だって構わないでしょう?今は貴女が“陸”まで着いてきてくれるかどうかについて話してるんです」
「誰が、誰とも知らない貴方なんかに……!」
「あっそう?じゃあしょうがないか」
「あ_______________!!」
力の流動。
マサムネの手を伝い、青白い力がノルンへと流れていった。
苦しいような、満たされるような感覚がノルンを支配していく。
「ああ!あ、あああ……!!!」
「うふふ、これはこれで結果オーライかも」
目を見開き体を痙攣させるノルン。
やがて手が離されるとその場に力なく崩れた。
マサムネらしき者はその姿を見て満足げに微笑むのだった。
「誰、ね……貴方達で言うところの神、かな?うふふふふふ」
不気味に表情を歪ませ、マサムネの体もその場に倒れ込んだ。
夜はより深く更けていく。
そこに住まう生命の意思など関係なく。




