1-18 蒼穹
「ふぅっ_______________!!」
「くそっ!こいつ急に!!」
読める剣筋。
だが、読めたところで回避が追いつかない。
剣さばきだけじゃない、クルート自身の動きまでギアが一段上がったようだ。
「身体強化か!“陸”のお前らがそんな芸当出来るとはな!」
“村”では身体強化は中級魔術に分類されていた。
俺にとって下級である尖鋭火弾を上級と分類するコイツらには過ぎた力のはずだ。
それを今、おそらくは詠唱なしに。
「何とか言えよ隊長さん!」
「すいませんね。これしたら口数少なくなるもんでっ!!」
刺突剣を握るクルートの目は赤く血走っていた。
機杖によるものだろうが、かなり無理な強化だ。
そう長く持たないだろうが、コイツの間合いでは勝ち目がない。
小さく唱え、手のひらを下に向けた。
「_______________空破風」
放った突風の勢いは俺を軽々後方へと吹き飛ばす。
当然、クルートとの距離は大きくひらいた。
ここが俺の距離だ。
「気張りな隊長さん」
「っ、やらせるかよ!!」
気づいたのかクルートは必死に距離を詰めようと走る。
そんな接近を俺が間に合わせるはずがなく。
即座に詠唱し、次弾を放った。
「尖鋭火弾!」
ド ゴ ォ ン !
命中と共にむせ返るような熱風が辺りに立ち込める。
廊下を埋める灼炎。
その波を抜けクルートは再びその姿を現わせた。
彼を囲うのは、透明で球型のシールド。
「また一個使っちゃったな」
破損した円盤状の機杖を捨て、クルートは疾走を続ける。
予想通りだ。もう一度距離を……
「空……!?」
「逃がさないって!!」
カシャリという音が鳴り、刺突剣の刀身は急回転。
クルートが突き出すと同時にその刀身は高速で射出された。
「いっ?!なんだそれ!!」
脳天を貫かんと飛んだ刃を左手の甲で受けた。
抉るような感覚が脳内で痛みへと変化されていく。
「いって……!」
「これで!!」
腰に下げていた替刃を取り付け、刺突剣は再び繰り出される。
魔術を唱える間もなく、俺の左腕は貫かれた。
「っ!……はぁ……これは、予想外だな」
「ええ。なんでこれで僕の_______________!!」
痛みに耐えながら、血まみれの左手でクルートの手をガッシリと掴んだ。
「……どういうつもりですか」
「このままアンタを釘付けにする」
「野郎と2人きりとか、地獄なんですけど」
「そういうなよ」
「素手で押さえられる程、僕は甘くないですよ」
ニヤリと笑い、魔術を紡いだ。
球形のバリアを貼る機杖。
どうやらクルートの在庫には限りがあるらしいが、それ以外にも1つ弱点があった。
「バリアの内側、この距離なら貼っても防げねぇんだよな?」
「!! 離れ」
「言ったろ。気張れよって」
青白い光がクルートを走った。
「_______________瞬流氷結」
「ろ」
喋る間もなく走る氷結。
発現した氷はクルートを瞬時に凍りつかせた。
「すげ、こんな感じになんのか」
いきすぎた威力だった。
華のように広がった氷は廊下の通路を断つほどの大きさだ。
死にはしないかもしれないが、溶けるまでは一歩も動けないだろう。
この力があれば、本当にこの世界をーーーーーー。
ーーーーーーー。
ーーーーーーー。
“陸”にたどり着けるかもしれない。
そうだ、この力があれば“陸”にたどり着くなんてわけないだろう。
「……?あ、そうだ。早く、船の方に行かないと」
一瞬、虚ろいだ思考。
たまにあるんだよなこういうの。ボーッとしてしまう。
“陸”に向かうんだ。しっかりしないと。
その場を後にした。
〜〜〜〜〜〜
「お父様。なんで私は皆から仲間外れにされるの」
幼い日の記憶。
あの頃の私は、どこに行くにも除け者として扱われていた。
老若男女問わず、色白で金髪のヤツらは皆私を同じ種族として扱ってくれなかった。
「それはねメネメー、僕達がダークエルフだからだよ」
優しいお父様はそう言って私を諭した。
エルフ、それは長耳族の古い呼び名だ。
「しょうがないことなんだ。そういう存在として生きてきたと受け入れるしかない。大丈夫、僕達以外にもダークエルフはたくさんいるんだ」
「たくさん?それは、どこにいるの」
「多分遠く。皆どこかで、僕達と同じように生きてるんだ」
「会いに行けないの?」
「会いに行くには外に出なきゃならない。外は危ないんだ。エルフ以外の種族もいっぱいいるからね」
「そう、なんだ……」
外には同じダークエルフも、他の種族もいる。
同じように皆生きてるんだ。
まだ見ぬ世界。それはきっと、とても広い世界だ。
「いいかい。僕らは自分のことだけを考えるようにするんだ。他人に構ってる余裕なんてないからね」
「……でも、困っている人がいたら助けた方がいいってお母様が」
「そう、それも大事だ。だけどそれはちゃんと周りを見て、それがするべきことなのか見極めてからでなくちゃダメだよ」
「難しい」
「常に冷静、それでいて合理的に。これがウチの家訓だよ」
「冷静、合理的……?」
お父様は決まってそう言っていた気がする。
常に自分に必死だ。そうでもしなきゃダークエルフの私達は生きられない。
どうしてダークエルフなんだろう。
皆仲良く生きていけないのだろうか。
同じ空の下で、こんな何もない空で生きているのに……。
真っ青な空を眺めて、子供ながらに思っていた。
〜〜〜〜〜
「はぁ……はぁ……」
チャリチャリと空薬莢を落としながら、息を整えた。
すぐそばには脳天を撃ち抜かれた兵士が2人。
「弾、無くなっちゃったわね」
冷静それでいて合理的。
大丈夫、私には出来ている。
これであの3人と行くんだ。
あの“陸”に。
ォォォォ……。
随分遠くから、船の雄叫びが聞こえる。
またどこかの島で亜人が淘汰されている。
傷つく必要のない者達が傷ついている。
ふと空を見上げて、記憶の空と重ね合わせた。
「……全然違う」
いくつもの島が浮いた空。
記憶で見た空とは全く違っている。
_______________私は“陸”から見た空を見なければならない。
その光景が記憶と重なれば、“陸”が何なのか分かるはず。
だから、私は“陸”に行かなければならない。
「……行かなくちゃ。アイツらもう待ってるかも」
今日だけで3人殺した腕。
血塗れて、冷えきった腕。
冷静で合理的な私にピッタリな……震えた腕だった。




