1-14 侵入
島に飛行船が不時着して2日経った頃。
飛べる状態じゃなかった船は、ほぼ新品の状態にまで修復されていた。
「今日に出発するつもりだそうだ。こっちも出来るだけ早く仕上げるぞ!」
「「おお!!」」
ザッドの声に多くの亜人が反応する。
2日前に始められた修復作業は島に住む亜人の協力によって行われた。
手のあいた者は進んで作業に参加し、夜中だろうか早朝だろうが船の近くには亜人がいた。
「アイツのためなんだ。このくらい……!」
「出来るだけ早く完成させて、助けてやるんだ!」
手を動かす彼らの内にあるのは1人の少女。
ハヤという竜人族である。
この島にいる亜人は魔空石の採掘のために存在している。
“陸”側の考えが変われば亜人達の先などいくらでも残酷なものとなる。
そして、その採掘の行く末を握るのは、魔空石の在り処を感じ取れる竜人族。
ここの亜人達は皆、ハヤに何度か助けられたことがあった。
これらの行動はそれ故のものである。
「ザッド。進捗のほどはどうさ」
「テンタか……もうほとんど完成だ。後は仕上げて燃料を積むだけ。今日中には動くだろうな」
「良かったさ。この調子で行けば空警団の奴らが来る前に行ける」
「ああ、そのことなんだが……」
「“眼”が島内にいたんだって話さ?」
「聞いていたか。見間違いだといいんだが」
「この前来た“眼”の船はだいぶ前に帰ってる。なんでそんなのが彷徨いてるのか甚だ疑問さ」
「亜人らはそうそう街に出んからな。前に来た時からずっと島にいただろう」
「でも……なんでさ?」
“眼”は定期的に島を訪れ、採れた魔空石等を回収し、陸へと戻っていく。
それだけが役目であった。
なのに何故その“眼”の1人が島に残っているのか。
「まあ我らが考えたところで分かることではないか」
「そういえば例の3人はどうしてるさ?」
「もう島主の官邸に忍び込みに行ってるそうだ」
「官邸って、ハヤの所……大丈夫さ?」
「彼らなら上手くやるだろう。多分」
「頼りない奴らだから正直不安さ」
テンタがため息混じりに呟いた。
どうなろうと、明日までに船はこの地を出ている。
彼らが出来るのは修復に尽力するだけであった。
〜〜〜〜〜〜
場所は島主の官邸。
忍び込むと呼ぶには余りにも堂々と。
俺達は官邸の中を我が物顔で歩いていた。
「こちらでございます」
貼り付けた笑みの使用人が鉄の扉に案内する。
俺はその案内に堂々と、そう!このようにさりげなく答えてみせた。
「フ、フム、ゴクロウ」
「ちょっと、なんでカタコトなのよ?」
「マサムネ様っ!もっと毅然と振舞ってください!」
「騎士様?どうかなされましたか?」
「いっ、いいや!ナンニモナイデス」
上手く回らない舌で何とか喋ってみせる。
多分俺は、いや、間違いなく俺は緊張していた。
それもしょうがないこと。
俺は空警団のフリをして官邸に侵入しているのだ。
船の修理はまだ完了していないが、船の中の備品は問題なく貨物室から取り出せた。
俺達が利用しているのは、ノルン達の島を襲った“爪”の予備の装備だ。
ちょうど3人分残っていた。
幸い装備にはフルフェイスの甲冑も含まれており、亜人である2人の姿を隠すにはちょうど良い備品であったのだ。
かくして、俺達は無事空警団を装ったまま、官邸に入れている。
「……入らないのですか?」
「はいっ、入りまぁす!」
「もっと自然に入れっての」
「ちょっと、早く前に行ってください」
メネに背中を小突かれながらも、案内された地下室へと足を踏み入れていった。
「ようこそおいでくださいました騎士様」
入るや否や小太りの中年が俺達を迎える。
広がったのは視界の悪い、牢屋だらけの石造りであった。
顔を顰めたくなるような饐えた臭いが途端に感じ取れる。
「長い旅路、ご足労いただきありがとうございます」
「えー……気にするな。大したことではない」
「いえいえ、騎士様がわざわざこの島に訪れたのですから。これは私からの気持ちでございます」
中年がゴマをスリながら何かを手渡してくる。
ランプで照らされて見えたのは、封筒に入れられた金の束であった。
暗くてよく見えないが、中年の下卑た笑みがうっすら見える。
「予定ではもう少し遅いご到着のはずでしたが、何かあったのですか?」
「予定していた“眼”の方々は都合上来れなくなった。代わりに我ら“爪”の13番隊がここに来ることとなったのだ」
「はあ、それでですか」
「今回の竜人族の回収について何か不満があるのなら“陸”の方に物申せ」
「い、いいえ!そんなことは滅相もない!」
メネが打ち合わせ通りの台詞をスラスラと喋っている。
もう全部コイツが喋ればいいんじゃないか。
「……えーと、では早速竜人族の娘を連れて来てくれるか」
「ええもちろんですとも……ですが、その前に」
こそこそと中年が何かの準備をし始める。
ランプに火を灯し、鍵の束で牢屋をいくつか開け始めたのだ。
数分もすると、中年は俺達を牢屋の前へ案内した。
「……これは」
「私のコレクションでございます」
牢屋内にいたのは何人かの亜人だった。
ただし、足枷に繋がれ、首輪をつけられて身動きが取れなくなった状態の。
身体中にはボロ布から鞭で打った跡がいくつも覗いており、誰もが余すことなく死んだ目をしていた。
「ここの亜人は皆、働きに出されていると聞いたが」
「ええ。ですからこれは私の個人的なコレクションでございます」
「これを我らに見せてどうするのだ。自慢でもするのか」
「いえいえ!これらを貴方達にプレゼントしようと思っておるのですよ!」
「……あ?」
「何を隠しましょう。私は早いとこ出世したいと思っているのです。こんな島なんぞ抜け出してさっさと陸で暮らしたいのですよ」
「賄賂ならさっき金を貰ったが」
「それでは足りないと感じましたので、これも私の気持ちでございます」
「……はぁ」
「あの娘なんてどうです?獣耳族の娘は特にアソコの締まりがいい!一度試してみればヤミツキに……もちろん新品ですからな!」
「もういい」
愉快な姿勢で腰を振る中年に、吐き捨てるように言った。
まあ、ろくな人間ではないだろうとは思っていたが、ここまで露骨だと怒る気も失せてくる。
だが、だからといって俺が何もしないわけにはいかなかった。
俺が何かしなければ、後ろの2人がこの男を殺すから。
「ギリギリ死なない程度にしてやるよ」
「_______________へ」
「落雷撃」
一瞬の黄色い閃光が仄暗い地下を照らした。
〜〜〜〜〜〜
「嘘、だろ……」
空を見上げたザッドが掠れた声で呟いた。
目線の先には、本来そこにあるはずがないもの。
“眼”一番隊
その名を冠した飛行船が、この島に降りようとしている瞬間である。




