1-13 眼
「これ、なんの騒ぎかな」
突然現れた空警団らしき男は細めた目でそう話しかけてきた。
どうして空警団がここにいるのか。
だが、武器は持っていないし、こっちを襲う素振りは見せていない。
「あそこで亜人が人間と……」
目をつけられるのはマズイ。
関係の無いただの人間として振舞おうとしたその時。
「っ!!うあああぁぁ!!」
突然、メネが男に回し蹴りを放った。
至近距離での奇襲。甘い攻撃ではなかった。
だが、訓練されている人間だろうと直撃必至の一撃は
「_______________あぶな」
男の何食わぬ顔の前で止まった。
上がった足は既のところで受け止められている。
「メネ!何やってるんだ!」
「くっ……!」
「危ないなあ。ちょっと、気をつけてくださいよ」
一連の流れを特に気にすることもなく、男は人混みの中へと割り入っていった。
なんだったのか、と思うのもわずかな間。
ふと気づくとメネの顔は青ざめたものになっていた。
「どうしたんだ。何が起こったんだ」
「アイツ……“眼”だった」
「は?眼?」
「空警団の中でも島の治安を維持する連中よ!前の“爪”とは比べものにならないほどヤバいの!」
「ヤバいって、どうヤバいんだ」
「空警団で1番亜人を殺してる連中……」
「アイツがか!?」
「ノルンが、ノルンが危ない……考えなきゃ、どうにかしてノルンを……」
「……!ここで待ってろ」
顔面蒼白で動かなくなったメネを置いて男の後を追った。
だが、人混みは進もうとする俺を容易には通してはくれない。
気づけば男はノルンと店主の間にいた。
「これ、なんの騒ぎですか?」
「ひっ」
「お、おお!騎士様ですか!この亜人が私の物を盗もうとしてですね!」
「盗み?普通にお金払って買おうとしてるみたいですけど」
「え?ああ間違えました!この亜人がウチの店で買い物をしようとしてまして!」
「……?それがどうかしました」
「え?ええと、だから……」
店主はどうにかしてノルンを悪者に仕立て上げようとしているが、どうも男は納得言っていないようだ。
「ふぅ、ふぅ……!」
一方、ノルンは話し合う2人の横で息を荒らげていた。
メネと同じだ。
男が“眼”だと気づいてから、血の気が引いた顔をしている。
「騎士様!とりあえずその亜人が悪いんですよ!」
「いやそうは言ってもなぁ」
「_______________!!」
男がノルンから目線を外した瞬間。
ノルンはその場から逃げるように走り出す。
「いや、まだ話終わってませんよ」
だが、その足が駆け出すことはなく。
ノルンの腕は男にがっしりと掴まれていた。
「い、いやっ!離してください!!」
「だから終わってないんですよって」
「ひっ……い、いやあ!!」
怯えで混乱しているのか、ノルンは考えなしにその拳を男に向けて突き出した。
だがやはり、繰り出された拳は男の手中へと収まってしまう。
身動きの取れない最中、ノルンの表情は絶望に染まっていった。
早くたどり着かないと、手遅れになる前に。
俺は必死に前へ前へと進んだ。
「あ、ああ……」
「ん?なんか今日はよく攻撃されるなあ」
「ふざけんな亜人!」
「騎士様殴ろうとして無事に帰れると思うなよ!」
「詫びろ!お前らが人間様に逆らっていいわけないだろ!」
「違っ、ワタクシ……!」
「あー、あー、なんか余計に騒がしくなっちゃったな」
激化する民衆。
男がいるからか直接に攻撃はしないが、その眼は今にもノルン殺したいと血走っている。
誰もノルンの味方をしていない。
その流れを男は面倒くさそうに眺め……。
やがて諦めたように肩を撫で下ろした。
男の纏う空気がかすかに変わる。
俺は何となく、その後の男の行動が読めた。
「え」
「ごめん。やっぱりこれが1番手っ取り早いや」
どこからともなく取り出された短剣。
その銀光はなんの躊躇いもなく、ノルン目掛けて放たれた。
「_______________っ」
一瞬の冷たさと、先に伝う生暖かさ。
ナイフの切っ先は駆けつけた俺の手のひらを貫いていた。
「あれ?さっきの人」
「……マサムネ、様」
「いってぇ……!!おいアンタ、何しようとしてんだ!」
立ち塞がった俺を男は不思議そうに見た。
さっきまでノルンを殺そうとしていたとは思えない、純粋そうな瞳で。
やがて流れている血に気がつくと、男はすぐさまナイフから手を離し。
「_______________ふふっ」
不敵に笑った。
「すいません皆さん。この亜人は、この方の所有物だったみたいです!この奴隷に使いを頼んでいただけなのですよ!」
「ちょ、ちょっと騎士様?!」
「お店の人。貴方のとこの商品はこの亜人が食べるわけじゃないんですよ。なら、いいですよね?貴方としては」
「え……そ、そうですね。それならしょうがない」
男がそう言って回ると、集まっていた民衆は嘘みたいに沈静化。
やがて何も無かったかのように、皆その場から離れていった。
店主は何度も頭を下げながら屋台の奥へと戻っていく。
数分前まで、下手すればノルンが死んでいた状況。
だが、そんな状況はもうこの島から消え失せようとしていた。
何もかも。残ったのは俺の血だけ。
その事実に、俺はある種の気持ち悪さを感じていた。
「なんだよ……これ」
「いやー、すいませんね。貴方のおかげで何とか治められました。ありがとうございます」
「アンタ、今さっきノルンを殺そうとしたよな」
「ええ。この島が許す範囲で、速やかに事態を鎮めようとして」
「亜人だろうと、人間と同じ1つの命だろ!!」
「されど亜人の命。この島なら許されるんです」
胸ぐらを掴んだはずの手が、いつ間にか男から離れていた。
「郷に入っては郷に従え。旅の人かな?そんなんじゃこの世界を生きていけませんよ」
男はすり抜けるようにして俺を通り過ぎると、振り向くことなく街の人の中へと紛れていった。
「郷に従え、だと。そんなこと……!」
「マサムネ様!!」
「っ、ノルン。だ、大丈夫か」
「ありがとう……本当に、ありがとうございます。マサムネ様」
ノルンは俺の身体を強く抱きしめた。
よほど怖かったのか、声も体をカタカタと震えている。
とりあえずは無事に済んだ。
怯えきったノルンを俺は黙って見守った。
人間、亜人、島、空警団……。
俺はこの世界の理が心底嫌いになりそうだった。




