1-11 思惑
街の路地裏の奥の奥……。
誰も訪れないであろう建物の裏、ある一室に俺たちは入った。
「ようこそ。ウチのアジトへ」
「適当に座るさ」
案内されるがままに席に着く。
中は1つのランプのみで照らされていて視界が悪く、鈍器や刃物が置かれている物騒な空間であった。
「この島の亜人だけが知ってる隠れ家さ。普段は皆働きに出てるし、必要以上に出入りしないようにしてるから今は誰もいないさ」
「働きに出てるってのは?」
「主に鉱石の採掘をしている。我やテンタは休憩時間というだけで、他の者は今もこき使われているぞ」
「亜人つっても、場所によって扱いが違うんだな」
「特例島だからな。“陸”よりは多少マシかもしれんが」
「特例島って?」
「……まさか、知らないのか?」
「あ、いや!コイツ“革命軍”に入って間も無い新人で!世間知らずなとこあるのよー!」
メネはパシンと俺の頭を引っ叩いた。
まずい、常識的な情報だったか。
咄嗟に目を細めヘラヘラとした顔で頭を下げた。
「すみませんねーボクわかんなくてー」
「……ふむ。まあいい。特例島というのは“陸”の手によって完全に整備、管理された島のことだ」
「大体は人間が住む街になるさ」
「果樹の栽培、鉱石の採掘や外部からの荷物の運び込み等の労働がここに連れてこられた亜人達の手によって行われるのだ」
「奴隷……にしては、割と自由にやれてるみたいだが」
「逆らえないし、逆らったところで何も変わらない。あちらも理解しているだろうからな」
ザッドはそう言って、首輪を見せた。
メネやノルンが付けていたのと同じ物だ。
「その首輪、外せるとしたら外したいか?」
「もちろん無い方が良い。だが、貴殿ら“革命軍”のように逆らおうとするほどの意思はない」
「今の扱いは辛いけど、死ぬよりはマシさ。死ぬリスクを負って逆らうより、今の生活を受け入れて生きる方をボクらは望んでるさ」
「……そうか」
「マサムネ様、あの首輪」
「いや、やめた方がいい」
ノルンが示唆した首輪の解除に首を横に振った。
今結ぼうとしているザッド達との協力関係はおそらく一時的なものだ。
戦う意思が無いのなら、解除したところで彼らが“陸”に警戒されるだけだろう。
だが、そんな彼らが何をしようとしているのか。
「頼み事は竜人族の娘を誘拐だったか。どういうことなんだ」
「そうか。まずは竜人族の娘について話さねばならないが」
「……。」
「竜人族も知らないのか」
「いやっ、ほらやっぱりコイツ新人だから!」
必死に弁明するメネにザッドは呆れたように息を吐いた。
「竜人族とは、亜人の中でも唯一魔力を持てる種族だ。“陸”には危険視されると共に、貴重な存在として扱われてもいる」
「なんでも、魔力の存在を感じ取れる力があるらしいさ」
「この島ではその力を利用して、魔空石と呼ばれている鉱石を探し出しているのだ」
「……なんでその娘を誘拐しなきゃならないんだ」
「つい最近、この島の魔空石は全て採掘し終えて、その娘はもうすぐで“陸”に連れ戻される予定さ」
「その前になんとか救出してやりたいのだ」
ザッドは切羽詰まったような表情で俺を見る。
なんとしてでも娘を救いたい、そう言ってるかのようだった。
よっぽどその娘に思い入れがあるのだろうか。
「“陸”連れてかれたら、その娘はどうなるんだ」
「どうなるか詳しくは知らん。だが、ヤツらに連れられてロクな目にあうわけがないだろう」
「それはそうですね」
「あの娘は我らの仲間だ……我々がどうなろうと、なんとかしてやりたいと思っている」
「ザッドだけじゃない。この島の亜人は皆あの子を大事に思ってるさ」
ザッドがそう言うと、テンタが懐から写真を出した。
写っていたのは小さな少女だ。
水色の長髪から長い角が上に伸びている。
どこか神秘的な雰囲気を持っている少女であった
「攫ってどうするのよ。この辺に隠すにしても、いつか見つかると思うんだけど」
「それなんだが」
「……?なんです」
「貴殿らの手で、この島の外へと連れ出して欲しい」
「はあ?」
「無理も承知だが、頼みたいのだ。貴殿らは“革命軍”だ。この島を脱出する目処は立っているのだろう?ついででいいのだ!彼女がこの島じゃない、どこかに行けるならどこでもいい!」
「んなこと言ったってな。俺らに着いてくのがそもそも安全じゃないし、脱出の目処ってのも……」
「ザッドさん?頼みを受けるなら、なんでも聞くってアナタ確か言ったわよね?」
「あ、ああ。言ったが」
「おい、メネ……?」
メネは出された写真を手に取り、偉そうに脚を組んだ。
「じゃあそれも聞く代わりに、私たちが乗ってきた飛行船。アレを直してくださる?なるはやで」
「あの船をか」
「あれ今動かないのよ。私ら操縦は出来るけどそれ以外はからっきしでねー」
「別に操縦も出来てないですけど」
「期限としてはその娘を回収する船が来る前に、かしら。それだったらそっちの条件も飲めるわ」
「……予定としては、回収の船は3日後に来る」
「っ、お、おいメネ!なんでも聞くって言っても限度が」
「いや!マサムネ殿、いいのだ!そうすれば、こちらの頼みは聞いてくれるのだろう?」
「もちのろんよ」
「3日後までに船を修理って……色々無茶さ」
「空警団の船は何度か整備したことがある。予備のパーツもこの島には置いてあるだろうから、我ら皆が集えば……」
亜人2人は重苦しい表情で話し合っている。
頼みを聞くと言ったのはあちらだが、何やら罪悪感がこみ上げてくる。
「働け働け……シシシ、計画通りね」
「お前まさか最初からこれのために」
「マサムネ様、彼女実はこれで平常運転なんですよ」
慌ただしい様子のザッドとテンタを、メネは悪そうに笑いながら眺め続けていた。




