5-11 敵
「人の部屋に勝手に入ったらダメだぞ」
部屋に投げかけられたのは雛鳥のような声。
淡々とした、そこにある事実を告げただけの声にメネとニクスは振り向いた。
そこにいたのは竜人族の少女“コヅエ”であった。
「ここはクーシーの部屋だぞ」
「その前にここはフロストハートの屋敷だ。チビッ子、お前いつからそこにいた?」
「チビッ子じゃないぞ。コヅエだぞ」
「はあ?おい銀翼、コイツお前んとこのガキ_______________」
竜人族の娘。大方革命軍の者だろう。だが、今は騎士としての責任よりも、兄の真実の方を優先したい。
そう思いニクスはメネの方を見た。
「っ……!」
ニクスの予想を裏切り、メネの表情は硬かった。
拳銃を手に持ち、味方であるはずのコヅエにそれを向けている。
安心とは程遠い警戒の色。
部屋の前にいる影を睨みつけ、額には汗が滲んでいた。
「どういう事だ?味方じゃねぇのか」
「コイツはクーシィとつるんでたやつよ。多分、アイツと同じ」
「同じ?なんの話しだ」
「“使人”深海の神に操られてる者を、私たちはそう呼んでる」
「深海の、神……?なんだ、全く話が見えてこねぇぞ」
「いいから!今はコヅエから目を離さないで!!」
「メネ。どうしたんだぞ。コヅエはメネの味方だぞ。信用してほしいぞ」
コヅエは味方に銃口を向けられているにも関わらず、なんの揺らぎも見せていない。
それどころか、これから放たれるかもしれない弾丸すらいとわない様子で、部屋へと足を踏み入れようとしてくる。
メネは大きく動揺した。
「それ以上近づかないで!!」
「近づいたら、どうなるんだ?」
メネが咄嗟に取り出し、投げたのは二十機もの機杖。
小さな鏡のような機杖は宙に放り出されると部屋中に飛び散り、それぞれバラバラの位置につく。
「本気よ。もうここは私の領域、穴だらけになりたくなかったら入ってくんな!」
「穴だらけにはなりたくないぞ……けど」
メネの脅しなど気にもとめない。
コヅエは表情を変えることもなく、悠々と前に進み出した。
「コヅエは話を聞いて欲しい。信用してほしい。だから近づくぞ」
「忠告はした」
メネはなんの躊躇いもなく引き金を引いた。
ただし、狙いすました瞳の先にはコヅエではなく部屋中を散らばった機杖。
数発、弾丸はそれぞれ別々の方向へと撃ち出され、その先にある鏡型の機杖へと激突する。
ギギ ィ ン !!
機杖に触れた弾丸は跳弾し、再び別の機杖
へと方向を変える。
弾丸はピンボールのように乱反射し続け、部屋にいる3人を包囲するように飛び回り続けた。
「跳弾……いや、速度が落ちていない。むしろ速く……?」
「何がしたいのか分からないけど、この程度でコヅエは止まらないぞ」
なおもコヅエは銀弾の結界の中を歩いた。
その間でも、メネは群れに更なる弾丸を追加していく。
「おい銀翼。何してんだ。コイツは敵なんだろ」
「っ……コヅエ。アンタ本当にクーシィとは何でもないっての?」
「何でもない?クーシィとコヅエはただの仲間だぞ。マサムネやメネと同じだ。同じ革命軍の仲間」
「クーシィが、何かおかしいと思ったことは?!」
「たまに1人になることが多いだけ。クーシィは何もおかしいことはしてないと思うぞ」
「深海の神のこと、何か知ってることは!」
「神?さっきも話してたけど、何の話だぞ?」
「ち、ぃ……!」
弾丸は跳ね回るが、決してコヅエに命中することはない。
メネは拳銃を向けたまま小さく舌打ちをした。
目の前の少女は敵か、味方か。どちらも確信が持てていない。
「銀翼!早くしろ!敵なんじゃねぇのか!」
ニクスの声と連続する金属音が彼女の判断を急かす。
敵か、味方か。
混乱する脳内でもメネはいつもの様に唱える。
冷静、それでいて合理的に。
そう考えた途端にメネの頭は冷たく冴えた。
「_______________“照射”」
告げると同時、飛び回っていた弾丸が姿を消した。
「……メ、ネ」
そして次の瞬間、全ての弾丸はコヅエの全身に叩き込まれていた。
無数の穴から血を流し、コヅエの体は力なく倒れた。
「終わった、のか」
「だといいけど。神は底にいる、やっぱあの教会であったヤツらは全員……」
「何だったんだ?“使人”?結局コイツは誰の味方で誰の敵だったんだよ」
「それはおいおい説明する。もしコヅエが本当に敵だったのなら、とりあえずここから離れた方がいいわ」
「おいおいって、状況が分かってねぇようだな銀翼。こちとら本拠地攻められて……」
パ ァ ン!
唐突な乾いた音。
メネは倒れたコヅエの頭に弾丸を撃ち込んでいた。
「お、おい。やりすぎだろ」
「全方位からの集中砲火。それでも足りないのよ。少なくとも頭に3発は入れときたいわ」
「よく分かんねぇけど……真正面から顔面撃つのが一番手っ取り早かったんじゃねぇの?」
「ダメ。正面からじゃ止められる」
「_______________“止められる”?」
投げかけられる疑問の声。
その声は他でもない、倒れたはずのコヅエからの声であった。
「な……!」
「メネメー・バレタ。どこまで知っている?伝承の知識だけだと思っていたが、そうじゃないらしいな」
当たり前みたいに、穴だらけのはずの体はすっくと起き上がった。
間違いなく命中していた。血も出ている。尋常ならばとっくに絶命している状態だ。
だというのに、コヅエは生気に満ちた瞳でメネを見つめた。
「力まで知られているとなれば、やはりアイツか……くくっ、柄にもなく柔軟な対応してるようだな」
「っ_______________動くな!!」
メネは再び弾丸を辺りに張り巡らせた。
「今度はちゃんと殺すわ、“使人”!!」
「そう怯えるな。今更どう足掻いたところで何か変わるわけではない」
先程と同じように、コヅエは飛び交う弾丸の中を悠然と立っている。
しかし、表情も声色もまるで違っていた。
少女のような立ち振る舞いはどこへ行ったのか、一国の王のような佇まいでコヅエは立っていた。
「“照射”_______________!!」
「無駄だよ」
ニクスはその光景に目を疑った。
全方位からの放たれる弾の嵐。
何故かそれは既のところでピタリと止まっていた。
時でも止められているかのように、弾丸は空中で動きを止めていた。
「“使人”?違うな。我はそれらを顎でつかってやれる存在だ。前に立った時点で死んだも同然なのだよ」
嘘のような光景の中、その中心にいた少女は不気味に、邪悪に、醜くその顔を歪めた。
「貴様らの言う深海の神。そのものなのだよ我は」




