5-7 暗躍
______________何故だ?どうしてここに?
空警団“牙”の隊員であるニクス・フロストハートは動揺していた。
ひたすらに足を動かしながら困惑していた。
彼に降って湧いた不安の原因は彼が追っている背中にある。
“銀翼の長耳”ことメネメー・バレタの背中であった。
「明らかに向かってやがる……意味がわかんねぇ」
愚痴るように言葉を零す。
メネの逃げている先、そこにはフロストハート家の屋敷があるのである。
偶然などではない。迷いない足取りから読み取れるのは意図的な逃走経路であった。
「ちっ!“猟犬”!もう一度だ!!」
合図と同時に標的に目掛けて攻撃を一瞬で仕掛ける。
走ったままの背に、全く違う2つの角度からの同時攻撃。
「ふ……!」
だが、対するメネは振り向きもせず避ける動作を取る。
まるでニクスの動きは全て把握出来ているかのように、自立式狼型機杖が盾になるようにしてステップを踏む。
繰り出された攻撃はかすりもしない。
「なんでだ……捉えるどころかさっきよりも当たんなくなってやがる」
「ほーら。このままだと、アンタん家まで行っちゃうわよ」
「どういうつもりか知らんが、俺様は屋敷をどうされようが構わねぇぞ!なんの逃げ場にもなんねぇ!」
「別に逃げる気はないわよ。でも、相手して欲しいんなら着いてからね」
「いつまでそんな舐めた口聞いてられるかだなぁ!!」
怒号と同時にニクスはもう一度仕掛ける。
狼型機杖を踏み台に、大きく飛びかかった。
先程までと比べればかなり変則的な攻撃だ。
「はぁ……見え見えよ」
キュル、と方向転換したと思えば、飛びかかってきたニクス目掛けて脚を素早く薙いだ。
「っ_______________ごばぁっ!!」
死神の鎌のような回し蹴りはニクスの首元をヒットすると、そのまま横の壁へと強く叩きつけた。
勢いも相まってか、壁ごと穿つ速度でニクスは激突していった。
「あら、死んだ?」
「_______________っ!!だ、誰が死ぬかぁ!この程度でぇ!」
「お、よかった。結構しぶといのね」
「んなっ!なにが良かっただテメェ!敵に情けをかけられるほど俺様は落ちぶれちゃいねぇぞ!!」
「あー、うるさいうるさい。別にアンタに情があるわけじゃないってーの」
血まみれで暑苦しく叫ぶニクスにメネはうんざりしたような表情で返す。
まるで相手にしていない調子で。
その様子がニクスの神経をさらに逆撫でする。
「て、んめぇはぜってぇ捕まえる。真っ向からボコボコにしてから、ふんじばってやるよ……!」
「言ってなさいな。もうアンタが私を傷つけることなんてまず出来ないから」
「んだとぉ!?」
「そこの犬みたいな機杖。アンタの攻撃はそいつとの連携が前提なんでしょ?あのね、ワンパターンすぎるのよ。アンタ用に調整された機杖なんでしょうけど、出来る動作が単純がすぎ。私だったら手に取るように分かるくらい」
「……なにィ?」
「生憎、私はそういうのに目が利く。要するにアンタの戦法はもう通用しないってこと」
「……言っとくが、テメェの弾丸も俺様には当たんねぇ」
「はぁ。信じないでしょうけど、私は殺す気は無いわよ」
「は?じゃあ何がしてぇんだテメェはよお!!」
「ふふ、よくぞ聞いてくれました」
メネは壁の瓦礫に埋もれるニクスを引き上げるようなことはせず、腰を下ろしてニクスと目線を合わせた。
確かに視線から戦う意思は読み取れない。
何かを企んでいるが、まるでニクスに敵意は無いかのようだった。
「クーシィ・フロストハート。知ってる?」
「ああ?わかってて聞いてんだろ。俺様の兄貴。フロストハートの次期当主だった男だ!それがどうした!」
「そんな奴がなんで革命軍に入ったか、知りたくない?」
「ん、なの、知った、ところで……!」
「実はね。私達も知らないのよ。ある程度推測は出来るんだけど、ハッキリとはまだ」
「っ!何が、推測だ!!」
ニクスは持っていた双剣をメネの喉に突きつけた。
「俺様も分かんねぇよそんなこと!!たかが数年の付き合いのお前らに何がわかんだよ!!」
「そう、分かんないの。今の私達にはまだ……でも今なら知れるかもしれない」
「んなもん知りたくもねぇ」
「そう?でもそこで、フロストハートの屋敷に手がかりがあるって話よ」
ニヤリと笑うメネの背後にはフロストハートの屋敷が高くそびえ立っている。
笑んだまま、メネは突きつけられた双剣の既のところまで近づいた。
「私達ならそれを知れるの。ねぇ、こんなとこで剣振り回すよりかは有意義な時間だと思わない?」
「……!お、俺様、は……」
詰まって、淀んだ声。
その双剣が標的を貫くことは、もう無かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「偉いですねぇ。お嬢様は」
街に聞こえるイラついた声。
声の主は火の海を笑う獣耳の亜人である。
怒りの矛先は軽鎧の上から白衣を羽織る、風変わりな騎士。
ただし、騎士の方はあちこちに切り裂いたような傷跡をつくっていた。
「住人全員を逃がせるまで耐えるなんて、素敵です。とても育ちが良いんですねぇ本当に」
「は、はは……それはどーも。亜人に褒められたところでだけど」
「でも内心は怖いんじゃないですか?このまま死んだら何も無くなるんです。助けた人達がいくら感謝してくれたところで、貴方にはなんのご利益もないんですよ?」
「いや、これがウチの仕事だし」
「へ、へぇぇ……」
ノルンは苛立ちを隠そうともしない。
何度も握り拳を作り、何度もその場で地を踏んでいる。
断固として譲らない、死を恐れない目の前の女にかなりイラついていた。
「役割を全うして死のうってんですか。ご立派ご立派。何を食べたらそんな脳みそになるんですかね。羨ましいですよ」
「……殺すなら早くやれし」
「っ、ああ、はいはい分かりましたよ。やればいいんでしょ?やればやれば殺れば殺ればって!」
何かに急かされたように、騎士へと近づく。
そのまま、メネは怒りも冷めないまま、持ち前の鋭い爪を振り下ろした。
ザクッ ザクッ
「_______________!!」
だが、次の瞬間血を流していたのはノルンの方であった。
彼女を貫いた凶器は槍。
それも、石畳の地面から生えたものによってだ。
「……あー」
「罠。こういうこともあろうかと陸中に設置しといて正解だったし」
「ごフッ……いや、ワタクシ寸止めするつもりだったんですけど。こんなにやられます?」
「……!」
「あー、痛い痛い」
ノルンは口から血を吐き出しながら、当たり前みたいに喋っている。
まるで今自分が負っている致命傷など気にも留めていない。
一息つくと、体に穴を空けながら刺さった槍から身を起こして離れた。
異様な光景だ。
獣耳族は生命力が高いと言えど、これがおかしいことくらいディアーヌには分かっている。
「不死身の通り名って、マジでそういうことだったんだ…… ヤバ」
「随分余裕がありますねぇ?!なんで貴方ら人間がそんな死に際に余裕があって、何にも悪いことしてないワタクシ達はブルブル震えてなきゃならないんですかねぇ」
あったはずの傷は時が巻き戻るように治っていく。
燃え滾っていた怒りも健在。
むしろ槍に貫かれてから憤怒の炎はより高く舞い上がるようで。
「世界でも、亜人でもない」
「あっ……今度こそヤバい?」
「おかしいのは人間の方でしょうがぁぁぁ!!!」
狂爪。
殺すための一撃がディアーヌを襲った。




