5-6 対峙
いくつもの窓が並んだ廊下を歩く。
左からは陽光、右には影に満ちたドアが多数。
なんてことの無い廊下には心地よい騒がしさが流れていた。
どこか下の階で響いている、男達の騒ぎ声。そして足音。
しかし、マサムネはそれらに耳を傾けず、ただ一直線にある部屋へと足を進めた。
“隊長室”
そう記してあるプレートの部屋まで来ると、なんの躊躇いもなくそのドアを蹴り開けた。
「ちっ、流石にそうなるか」
高そうな家具に取り囲まれた部屋の中、誰も座していない椅子のみがキィキィと音を立てていた。
椅子のすぐ後ろの窓は人が通れるくらいに開かれており、そこから流れ込んでくる風がカーテンを激しく揺らしている。
まるで、そこに居た誰かが窓から出ていったかのような様子。
マサムネは息を吐いた。
「……!居たぞ!“蒼穹の魔術師”だ!!」
マサムネ目掛けて、廊下の遠くの方から魔力の弾丸が撃ち放たれた。
命中する前にマサムネは部屋の中へと飛び込んだ。
ビスッ、ビスッ、と着弾する音が屋敷にこだまする。
「おー、おー、やっぱ本土は早ぇ。いきなり撃ってくるわ……おい!アンタら!ここの隊長はどこ行ったんだ!部屋に居ないんだけど!」
「集まれ!ヤツはここだ!!」
「っ、おい無視かよ」
部屋越しに聞こえてくる廊下の足音は徐々に増えていったと思うと、閉められた扉の前でピタリと止まった。
大体の数でも20人、部屋の前で陣取っている。
普通なら万事休すの状況。
それでもマサムネは気にする様子もなく、閉められたドアに向かって呑気に喋りかけていた。
「なあ、そっちの隊長は?部下の誰よりも早く逃げてるっぽいんだけど。ヤバくねぇ?どうよそんな隊長についていってんのお前ら」
「総員、“猟銃”用意!!」
「待てよ聞けって。“猟銃”ってアレだろ?普通に殺す時に使う機杖だろ。いいのか?革命軍の幹部に色々聞くことあるんじゃないの?こんな完全に包囲した状態ならもっと取れる手あるって。な?」
「構え!」
「殺せ、とか言われてんの?上の命令っても、ちょっとは疑い持った方がいいと思うよ。そっちの事情も色々あるかもしんないけどさ。俺実は噂ほど人殺してないんだぜ?」
「……。」
「……お?ちょっとは考えてくれて」
「_______________撃てぇ!!」
一人の騎士の号令と同時に幾数もの弾丸が撃ち込まれた。
連続する銃声は一人につき1発などではない。
何度も、何度も、断続的に銃撃は続く。
発射される魔弾は全て壁や扉を貫通し、不規則な弾道で部屋中を襲っていった。
「……止め!止めぇ!」
銃声が止んだのは撃ち始めて30秒後のことであった。
穴だらけの壁から見えるのは同じく穴だらけの家具達。
わずかながら部屋の中には人影も見えている。
窓から逃げたとて、その先すら騎士達が包囲している。
銃撃の嵐も術や家具を盾にしたところでそう簡単に防げるものではない。
逃げずに部屋で蜂の巣になったのだろう、そう確信して号令をかけた騎士はドアを開けた。
「な、にぃ……!!」
「_______________あーあ、使っちまったよこんなところでよ」
騎士達の目に飛び込んできたのは何食わぬ顔で立っている標的の姿。
傷一つどころか、息を荒らげる素振りすら見せていない。
そして、何より疑うべきは標的自身ではなく。
「魔弾が、空中で止まっている……?!」
「驚いてるところ悪ぃんだけど、俺も急いでるんだよね」
驚いている騎士をよそに、マサムネは広げた手を向ける。
「死なねぇ程度の仕返ししてやる」
「待っ」
「手加減“劣鋭火弾”、五連だ」
ゴ ド ド ド ド ド ッッ !!
連続する音と共に辺り一帯が熱気に包まれる。
爆音、爆風、そして爆熱。
ガラスの割れる音などささやかに感じるほど、あらゆる衝撃が騎士達ごと巻き込んでいった。
マサムネ以外の全員が床に伏している頃には、そこにあったもの全てが吹き飛び尽くしていた。
「う……あ……」
「おい、死ぬなよ。こっちは聞くことがちゃんとあるんだからさ……頼むよ」
「_______________マサムネェ!!」
マサムネが項垂れる騎士の1人を掴みあげたタイミングで爆音に似た男の怒号が響き渡る。
「お、ガルーグ……って、あっは!!お前マジかよ!」
「何してやがる……!テメェ!!」
マサムネは思わず手を離す。
目線の先には息が上げながら近づいてくるガルーグの姿があった。
剣を片手に、ハヤをもう片方に。
「あっはは!お前マジでハヤのこと守ってんじゃん!殺しはしないと思ってたけどさあ!はははは!!」
「るせぇ……なんなんだテメェは。何がしてぇんだ!!」
「何がしたいってねぇ……まぁ、とにかくお前んとこの総大将に会いに来たんだけど、なんか留守みたいなんだわ」
「総大将……リング隊長か?なんでテメェがあの人に会う必要がある!何のつもりだ!ここまでするほどのことか!」
「するほどだよ。間違いなく」
マサムネは揺れることなく、当たり前のように言って見せた。
街を焼き、人を殺してまでやりたいこと。
それを実行すべきだと、マサムネはなんの躊躇いも見せずに言っている。
ガルーグはハヤから手を離し、持っていた剣を両手で握った。
「なら、やっぱり許せねぇよ……それほど重要なことだったとしても、人を殺していいはずがねぇ!!」
「おー、丸くなったなお前。いや?元からそんな感じだったか?覚えてねぇな」
「構えろ!!テメェとは、今日こそここで決着着ける!」
「え……?こっちも忙しいんだけどなぁ。まあ約束してたし、しょうがねぇか」
マサムネは緊張感のない調子で、背にかけていた等身大の杖を手に持った。
数を揃えた騎士をものともしない火力。
それに対し、身一つでガルーグは対峙する。
恐れも情けもその剣にはのっていない。
「避難してろハヤ。すぐ終わらせるから」
「っ……!お前死んだぜ、マサムネェェ!!」
怒りと苛立ちの刃が無心の杖へと立ち向かう。




