5-3 赤の海
警告音が鳴り響く船内。
赤く点滅する正面モニターに写っているのは、なんてことない街の風景。
何の異常もないように見える。
「キャプテン!こんなの本当に上手くいくんですか?!」
「あぁ?前に襲撃した時、火の玉1発お見舞したろ。インガウェークにうったやつ」
マサムネは船内の騒ぎをデッキにて聞きながら面倒くさそうに言った。
「は、はい!それが何か」
「“陸”の連中はその威力を想定して、結界張ってるだろうな」
「それは、つまり……?」
「この前の魔術じゃこの結界を割れないってことだ」
「な、じゃ、じゃあどうするんですか!!終わりじゃないですか!!」
「落ち着けって。話は最後まで聞けよ」
マサムネは手を前に出し、心の中で念じた。
以前よりもずっと巨大な火球。
遮る壁など、簡単に削り取ってしまうようなきりもみ状の火球。
今の彼にとって、この程度の魔術を唱えるなど造作もなかった。
「今回ぶつけんのは中級の魔術だ。前のとは数倍の威力のやつだよ」
「……!」
「離れてろ……“切激炎弾”」
熱風と共に放たれた火炎が少し遠くで見えない壁に激突した。
炎はくゆる度、結界が徐々に削れていった。
「すごい……!キャプテン。いよいよですね」
「あー、そうだな」
「虐げられ死んでいった亜人達の無念、私たちで晴らしましょう!」
「……本当にな。俺も、そうなるよう願ってるよ」
目を輝かせて語る亜人に対して、マサムネは興味なさげに相槌をうつ。
奴隷の解放、亜人達の救済、どれもマサムネが望んでいることではない。
彼が真に望んでいるのは……。
「世界平和、ってガラでもないか」
「どうかしましたか」
「気にするな。ほら、もう結界が破れるぞ。3、2、1……」
ガラスが割れるような音が鳴ると、マサムネの目の前にあった結界はいとも容易く砕けた。
眼下に広がるは“陸”そのもの。
同時に当たり所を失った火炎は弾け、街へと無数に散っていく。
火は建物へと燃え移り、火事となり、街を襲う。
広がっていく、戦火。
これを戦火と呼ばずして何を戦火と呼ぶのか。
「開戦だな」
『どんな気分ですか?貴方の故郷を襲った空警団と同じことをするのは』
「……案外なんとも思わない」
「はい?」
「いやこっちの話」
マサムネはそう言いながら、赤く染まっていく街を無表情に眺めていた。
〜〜〜〜〜〜
一人一人の叫び声が喧騒を作り上げていく。
さっきまでの平和が嘘みたいに崩れていく。
必死の形相で走り回る人々の間には、親とはぐれて泣いている子供がいる。
人の流れにもまれ、もう死んだ人間だっている。
この光景を見れば理不尽だと、残酷だとのたまう奴がいるだろう。
だが、これが戦争である。
「アンタらが始めたことよ……全部ね」
メネメー・バレタは忌々しげにボヤいた。
路地裏の影に身を預け、過ぎていく人々の光景を哀れむように見つめていた。
彼女の目的はもぬけの殻になった後の街にある。
しばらくはその場に留まる必要があるのだった。
「“陸”の自業自得とは言え、流石に見るに堪えないわ……」
メネは息を吐くようにつぶやき、目を街から空へと向けた。
目に映るのは、“陸”の惨状になど気づいてないような、いつも通りの空である。
建物を薪に、高く上がった黒煙でさえあそこまでは届かない。
「空。そう言えば最初は、これを見るためだったわね」
“陸”から見える空。
それが自分の故郷と同じものであるか確かめるために、マサムネの手を取った。
“陸”が元々は亜人達の故郷だったという確証を得るために。知識欲のようなものだった。
ちっぽけな目的で、この世界へと飛び出した。
それが今では。
「“神殺し”……本当に出来るものなのかしら」
「よう。見知った顔がいるな、と思ったら知り合いじゃねぇか」
路地裏の影から男の声がする。
そして、メネにはそれが味方の声ではないと分かっていた。
「知り合い?私の知り合いにこんなお坊ちゃんいたかしら」
「こんな暗がりに女1人じゃ危ねぇぞ。“銀翼”」
ニクス・フロストハートはメネを見据えてニヤリと笑った。
彼は空警団の一員であり、おそらく誰よりも多く“蒼穹の魔術師”に接触したであろう部隊の一員でもある。
当然、メネは彼のことを知っていた。
「派手にやってくれたな。こっちは避難で手一杯だよ」
「そ。じゃあこんなところにいる場合じゃいんじゃない?今にも死にそうな住民がそこにいるかも」
「そんなもんより、被害を広げるものから潰す方が楽で良さそうじゃねぇか」
ニクスが指を鳴らすと、後方からガシャガシャと金属同士が擦れる音が聞こえてきた。
いつの間にか足元に居たのは鋼鉄製の猟犬。
彼の主武装である。
「こいつもそう言ってる」
「……犬の散歩ならもう少し通りやすい場所を選んだ方が良いんじゃないかしら」
「分かってねぇな。通りやすい道より、通り慣れた道だろ」
対するメネは腰に下げているいくつもの銃器から一つ、リボルバー式の拳銃を引き抜く。
2点からの銀光が、路地裏の影で妖しく光っている。
「こんな暗がりが好きなんて、根暗ね」
「なんとでも。暗がりの道の方が獲物にありつけるんだよ」
両雄が動いたのはほぼ同時であった。




