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31の花言葉  作者: 夏川 流美
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8.ハマナス


 僕には、好きな人がいる。


 DV彼氏と付き合って3年目の、低身長で小動物のような可愛らしい人。体に傷痕をつくった彼女は、いつも泣きながらこっそりと僕の元にきて相談してくれる。





 明け方にスマホが鳴り響く。アラームではなく、着信音だ。飛び起きて玄関に駆けつけてから、その電話を取った。


 もう何回目になるだろうか。



春宮(はるみや)くん、ごめんね……」



 震えて、掠れていて、意識を集中しなければ聞きそびれてしまう、蚊の鳴くような小さな声。僕はすぐに鍵を開け、玄関の前で立ちすくんでいた電話の相手を招き入れた。



 泣き腫らした目。唇の端に血の塊。真新しい(あざ)が首元で主張している。


 リビングまで手を貸し、覚束ない足取りで歩く彼女は座り込んだ途端、大粒の涙を溢れさせた。分かっている。彼女がこの時間に来る理由は毎度同じ。



「今日もカレに……殴られちゃって……」


「それで、また追い出されたの?」


「うん……そう、なの……」



 朝から深夜まで遊び歩き、帰ってきた彼女の男は何かと文句をつけて暴行を加える。それから外に追い出し「明日まで帰ってくるな」と言い放つそうだ。夏とはいえ、不審者に狙われかねないこんな、薄着で。


 追い出されている間、男は家に別の女を連れている。そのことを彼女も知っていた。なのに、別れられない。「いちばん愛してるよって、いつも言ってくれるんだよ」と、彼女はそんな戯言を信じているみたいだった。



「とりあえず、シャワー浴びる? 体、綺麗にしたいでしょ」


「ううん、大丈夫……。大丈夫だから、そばにいて」



 そばにいて、だなんて。好きでもない僕なんかに、よくそんな言葉が出てくる。そうやって優しくするから、僕もあの男も、勘違いするのに。


 そう思いながらも、縋ってくる手に抗うことができなくて。放っておいた上着を彼女に被せ、隣に腰を下ろす。


 彼女の(すす)り泣く声だけが家の中に響く。ずっとそばから動かず、でも慰めることもせず、僕はただ黙ってそこにいた。




 長いことそのままでいると、気付けば泣き声は止まっていた。うつろうつろしている彼女に、穏やかな声をかける。



「きみにプレゼントがあるんだ」


「プレゼント……? なぁに?」



 首を傾げる彼女を残して、一旦リビングを出る。自室から持ち出したのは、ハマナスの小さな花束。椿のような、ハイビスカスのような花弁は、鮮やかな紅紫色でとても綺麗だ。


 直前まで後ろ手に隠して、彼女の前まで行ってから、驚かすように差し出した。目をまるく見開き、みるみるうちに口角のあがる彼女。



「すっごい、かわいい! これ、ほんとに私に?」


「うん、もちろん。きみに()()()()だと思って、買ったんだ」



 花束を受け取る、細い指先。輝いていた目は、すぐに色を変えた。



「でも、こんな素敵なの持って帰ったら……カレになんて言われるか……」


「……うん、それも分かってるよ。だから、僕の家の玄関に飾っておく。きみが来たら、一番に目に入るように」


「ふふ、うれしい……。ありがとう」



 潰れないように抱きしめ、花束にそっと頬を擦り寄せる彼女の可愛いこと。泣き顔はすっかり笑顔に変わってしまった。


 そんな様子を目にして、ぼんやりと思考を巡らせる。



 僕がもしも彼女に、別れたほうがいいよ、と言ったら、その言葉は聞いてくれるのだろうか。「春宮くんが言うなら、そうしようかな」などと言って、あの男と縁を切ってくれるのだろうか。


 正直、その可能性は有ると思っている。流されやすい、依存し易い彼女だからこそ、僕の言うことなら考えてくれる気がしていた。


 無論、彼女自身が別れることを決めてくれるならそれが良い。その時には僕も全力で助け出そう。







――だが僕は決して、別れることを勧めない。ぼろぼろになっていく姿に、胸が痛まないわけじゃあ、ないけれど。




 体中に、他の男の傷を作りながらも

 僕のもとに来て泣いてくれる。



 そんな彼女が


 この世のなによりも綺麗で、美しくて…………大好きだから。






ハマナス

『悲しくそして美しく』

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