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31の花言葉  作者: 夏川 流美
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6.ライラック

 もし花びらが5つに裂けているのを見つけたら、誰にも言わずにその花を飲み込むと、愛する人と永遠に過ごせるという言い伝えがある。


 そんな言い伝えを持つ、可愛い可愛い白のライラックが、いま私の手の上に乗っている。


 陶器のような滑らかな白さ。風に吹かれて簡単に飛んでいってしまいそうな繊細さ。



「あぁ……なんて愛おしい。まるであの子そのものみたい……」



 喉から漏れ出る声は、自分でも分かるほどに狂気に満ちている。だがそれも、仕方ない。これから私たちは永遠に、ずっと一緒に過ごせるのだから。


 あの子に何ひとつ言えないままなのは、少し勿体ない気もするが。私はライラックを口に含み、舌の上で幾度か転がし、あの子のような甘い苦味を楽しんでから、胃の中へと落とした。



 これで、私とライラックとの契約が、成立した。完璧ね、もう誰にも邪魔はできない。


 強い風が背中を押す。


 屋上の縁に立っていた私は、重力に身を任せて飛び降りる。急激なスピードで迫りくる灰色の地面に、思わず笑い声をあげると――








――ぶちり。

命が千切れる音がした。





***




 時は遡る。所はとある高校の教室。西日の差し込むそこには、数名の女子が密集していた。中央のひとりは、制服が汚れるのもお構いなしに、地面に這いつくばっていた。



「ごめんなさい、もう二度と……近付きません。話しかけません……」



 彼女の謝っている先は、仁王立ちして不満げに見下しているグループのリーダーであった。原因は、そのリーダーの好きな男子が落としたシャーペンを、拾ってあげたこと。それが気に食わなかった。



 やいやいと、取り巻きが罵声を飛ばす。一瞬でも、僅かでも彼女が頭をあげようとすれば、更に激しく、きつい言葉を投げつけられた。


 彼女の肩は小刻みに震えていた。もう何十分と、そうしていただろうか。皆の瞳に飽きの色が見え始めた頃、リーダーがひときわ強い罵声を飛ばして、しゃがむ。そして彼女の髪を掴むと、勢いよく持ち上げた。


 そして彼女と目が合った瞬間。リーダーはまるで熱いものに触ったかのように、手を引っ込めた。



「ヒッ……お前なんなんだよ!」



 リーダーの反応に。彼女の表情に。取り巻き達も怯んだ様子を見せたが、直ちに気を取り直して、再度強い罵声を浴びせだす。



「ニタニタ笑ってんじゃねぇよ、気持ちわりぃな!」



 乱れた前髪を目にかけたまま、彼女はにっこりと微笑んでいた。まるで嬉しそうに、幸せそうに、恍惚の笑みだった。



 さっきまで散々な扱いをされていたのに。今でも散々に罵倒されているのに。その表情は崩さない。リーダーは取り巻きに声をかけると、共にその場を去って行った。


 皆の姿が見えなくなると、ゆらりと立ち上がる。ひとりきりになった教室で、名残惜しそうに廊下を見つめた後、スカートの埃を2回払った。



「今日も……可愛かったなぁ……」



 先程まで見下ろしてきていた姿を頭に思い浮かべる。リーダーの席に無断で座り。机に頬をくっつけて、指で机上に何度も文字を書いた。



『あ、い、し、て、る』



 そうして、ふふふ、と笑い声を溢す。


 念の為言っておくと、彼女とリーダーは恋人関係ではない。それに彼女は酷く嫌悪されており、都合の良いいじめ相手としか思われていない。しかし彼女は違った。そんな相手にも関わらず、心酔するほどに愛していた。




(綺麗に整えられたセミロングの髪。人を見下すときのあの瞳。スカートから伸びるすらっとした白い生脚。


 それから、私にだけ強く当たってくるところ。実は野良猫を見つける度に手を振ってる可愛いところ。取り巻きやクラスを引っ張るリーダーシップ。


 あぁ、何もかも好き。大好き。本当に大好き。心の底から、愛してる……)




***




 パソコンで調べ物をしていた彼女は、ぴたと画面のスクロールを止める。


『愛する人と永遠に過ごせる――ライラック』


 その一文を、取り憑かれたかのように目に焼き付けると、クリックしてページを開いた。


 開いた先は、花言葉のサイト。そしてそこに表示されたのは、ライラックの写真と花言葉、例の言い伝えについてだった。


 隅から隅まで、1文字も逃さぬよう何度も何度も繰り返し読み込む。読み返す度に、彼女の表情は不敵な笑みへと変わっていき、薄く開いた口から笑い声が漏れ出した。



(もしも、死んだ世界で2人きり。邪魔者なんていない闇の空間で永遠に……何十年も、何百年も、何千年も。刻なんて分からなくなってしまうくらいに、ずっと過ごせるなら。愛しているあの子と、一緒に居られるなら……)



 まるで狂っている。ひときわ大きな甲高い声で笑った彼女は、自宅を飛び出した。誰の声も、今は耳に入らない。未来が見えているみたいに、幸せそうな瞳は半月に歪んでいた。





 こうして、話は冒頭に戻る。






ライラック(白)

『青春の喜び』

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