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31の花言葉  作者: 夏川 流美
31/32

31.バラ


 月日というのは、なんてあっという間に過ぎるんだろう。幼い頃は、毎日が長くて仕方なかった気がするのに。今や、1ヶ月や1年の年月に「いつの間に」と思ってしまう。


 そう、あっという間だ。私たちの関係も。



 付き合って3年。結婚して1年。

 結婚式の準備を始めてからも……あれよあれよというまに当日。


 倦怠期で別れる寸前になったり、結婚式の打合せ中に大喧嘩して、結婚式を取りやめる話になったこともあるけれど、お互い諦めずに話し合いを重ねて、乗り越えてきた今がある。




 身内は勿論、友人も上司も後輩も呼び、無事に終えた挙式。そして、みんなに見守られながら進んでいく披露宴。会場内の装飾は夫の夢だったみたいで、至る所に大量の赤いバラが飾られている。


 純白のウェディングドレスを見にまとい、大好きな夫の横に居られる幸せ。それから、皆が笑って祝福してくれるこの時間に、感極まって涙を浮かべながらも、段々と閉会に向かっていくことを実感する。


 さっき始まったと思った披露宴は、中座を終え、お色直し入場の時間まで進んでしまった。


 天使のようなウェディングドレスとは打って変わって、会場のバラの色と同じ、夢だった真っ赤なドレス。おとぎ話のプリンセスのような、ふわふわの大ボリューム。ここだけは絶対に妥協できないと、私が一番時間とお金を割いた部分。


 高揚する気分と相反して、入場への緊張が存在していた。


 私が入場した後に、夫は別の出入り口から入場して。会場の中心で並んで。そして、ふたりで会場を一周して。それで、ようやく椅子に座る。そう、そんな段取り。


 頭が真っ白になってしまいそうで、何度も何度も頭の中でイメージする。



「緊張してますね。大丈夫ですよ、私に着いてきてくださいね」



 ずっと側に居てくれるスタッフさんが、私の面持ちを見てか、そう声をかけてくれた。幾分か心がほぐれ、肩を撫で下ろしてお礼を言う。


 そうしている内にカウントダウンが始まり、開く扉。薄暗い照明の中で、いくつものキャンドルが淡い光を放っている。可愛い、とどこからか聞こえてきた声に、更に緊張がほぐれて自然と笑みが溢れた。


 道を案内してくれるスタッフさんの後を、一歩一歩踏みしめるように歩く。みんなの顔を見れば、誰もが笑って拍手してくれていた。



 そろそろ、夫も入場してくるはずだ。そしたら2人で並んで……。


 と、また脳内でイメージして夫の入場を期待する。







 しかし、予定のタイミングで夫は姿を現さなかった。







 私の向かい側の扉から、同じように入場して歩いてくる手筈なのに、私が中心に着いてしまっても、夫は入場してこない。


 一気に頭が白む。どうしたらいいのか、何が起こっているのか分からず、夫が出てくる筈の扉を真っ直ぐに見つめる。口角が下がり、胸に湧き出てくる焦燥感に瞳が揺れる。



 なんで、と、喉から言葉が漏れ落ちそうになった、瞬間だった。



 後ろから肩を叩かれ、びっくりして振り向く。そこには、待ちに待った夫の姿。


 真紅のバラの大きな花束を持って、悪戯っ子の笑顔を浮かべていた。



「なんで」



 と、先ほどとは違う感情からの言葉を漏らす。夫が後ろから来ることも、花束を持って来ることも、何も聞いていない。私は、知らなかった。


 バラの花束の陰から、にこにこと嬉しそうな顔を見せる夫。そんな夫にマイクを手渡すスタッフさんも、心なしか悪戯っ子の笑顔をしていた。






「――僕と結婚してくれて、本当にありがとう。


 僕と一緒にいたいと思ってくれて、本当にありがとう。


 今日、この日、この一瞬まで。


 君と過ごす一分一秒が心から大切な時間で、


 どんな瞬間でも君が愛おしい。


 いくら言葉にしても、何をしても、


 君に愛を伝えるには足りないけれど、


 ほんの僅かでもこの気持ちを形にしたくて


 サプライズしちゃいました。


 受け取ってくれますか?」






 夫はそう言い終わると跪き、私へ花束を向ける。私は返事をしようにも、喉で言葉が詰まってしまい、かろうじて頷いて受け取った。


 瞬間、会場内から溢れんばかりの拍手が巻き起こる。それをきっかけに、私の両目から涙がぼろぼろと落ちていく。


 ずるい、こんなサプライズ。


 結婚式でさえ不安にさせるのかと、文句のひとつも言えやしない。こんなことされたら嬉しすぎて、何もかも壊れてしまいそうだ。





 あぁ、本当に、私はこの人に愛されてる。


 この人に幸せにしてほしいし、


 この人をこれからも幸せにしたい。





 止まらない涙の中で、喜びに破顔する。

 受け取ったバラの花束は、花とは思えないほど重く、私の両手いっぱいを埋め尽くす。


 私の頬に手を伸ばした夫が、マイクを通さず、私だけに言葉をかけた。




「会場内のバラは900本。


 この花束は99本あるんだ」




 その言葉を聞いて、私はハッとした。夫がやけに会場の装飾に拘っていたのは、その時からこの演出を計画していたからだと、今ようやく判明した。


 夫は花束を持つ私の手に、もう片方の自分の手を重ね、更に言葉を続ける。




「99本の花言葉は『ずっと一緒にいましょう』


 999本の花言葉は……」




 と、そんな夫の唇を塞いだ。


 目を丸くして、ピタと動きを止める夫。会場内からは黄色い声が聞こえたが、どこか遠くに感じる。私は悪戯っ子の笑顔をお返しして、夫だけに届くように言った。




「あなたに同じことを思ってる。


 だから、私に言わせて?


 999本のバラの花言葉は――」






















――何度生まれ変わっても、あなたを愛します。













バラ(赤)

『愛情』

99本のバラ

『ずっといっしょにいましょう』

999本のバラ

『何度生まれ変わってもあなたを愛します』

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