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31の花言葉  作者: 夏川 流美
30/32

30.フウセンカズラ

 夕暮れ、学校の屋上。


 嫌気がさすほど眩しく綺麗な夕陽は、私の後ろに影を落とす。自分の身長の、2倍にもなるフェンスに手をかけ、網目の先の太陽を睨みつけた。


 下を向くと、帰宅する生徒達の姿が遠目に見える。長いこと見つめていれば、次第にその数は減り、空っぽになった校庭と、星が顔を出す時間帯に移り変わっていく。




 あの子は、こんな景色を眺めながら、何を考えていたんだろう。




 フェンスにかけた手に力が入る。

 先月、私の親友はここから落ちた。自らの意思で、何も遺さずに落ちた。


 止められなかった。気付けなかった。親友だったのに、私には何もできなかった。


 親友だと、思われていなかったかもしれない。けど、私は親友だと思っていた。この先もずっと仲良く、一緒に遊べるものだと思い込んでいた。


 

 だからこそ、何もできず、何も知ることのできなかった自分の無力さが悔しい。


 引き止める理由になれなかった、自分の価値が恨めしい。



 あの子が夕方頃まで、この屋上に佇んでいたこと。辺りが暗くなり、月が昇った時間帯に命を終わらせたことだけが、分かっている。



 最期まで、そばにいたかった。


 私にとって、唯一無二の親友だった。出会ったときから会話が弾んで、これ以上ないくらい仲良くなれて、2人でいたら無敵だね、って笑い合える最強の親友だった。


 学校帰りのゲーセンも、休日のショッピングも、新作を買いに行ったコーヒーショップも。全部、当たり前のつもりでいた。これからも、当然2人で繰り返せる日常だと思っていた。



 大切な、親友だった。

 大切な、日常だった。


 もう、取り戻せない。

 かといって、ひとりで同じ道を選ぶ勇気もない。



 他人の姿が無いのを確認して、私はゆっくりとフェンスを乗り越える。一歩一歩踏み締めるように網目に足をかけ、あの子と同じ目線を体験する。


 眼下に広がる、遠く離れた薄暗い地面。目の前には、消えかけた夕焼けと白い月。




 しばらくこの景色を堪能したのかな。


 それとも、月には目もくれず飛んだのかな。


 あの子の背中を押してしまったものは、


 一体何だったんだろう。




 足を出せば簡単に落ちてしまう状況に、不思議と恐怖は感じなかった。ただ親友の、分かるはずもない心境を考えて、深い苦しみと痛みが息をしていた。


 ポケットにしまった袋から、フウセンカズラの小さな花と膨らんだ果実を複数取り出す。しまう時に慎重に扱ったおかげか、綺麗な状態のまま保たれていた。


 涙で揺らいだ視界を拭い、私は両手でそれを包み込む。届かない想いを、届けられない想いを、ありったけの想いをこの花に込めて、空中で両手を開いて、落とした。


 落ちていったフウセンカズラは、すぐに風にさらわれて視界から消えた。そのままどうかあの子に届きますようにと、願ったときにはまた涙が落ちていた。


 ゆっくりと、フェンスを乗り越え内側に戻る。途端、緊張の糸が切れたかのように私は泣き崩れた。誰も来ませんようにと頭の片隅で願いながら、ひたすらに号哭した。










 ひとりで逝かないでほしかった。


 引き止める理由になりたかった。



 私は、あの子と、


 いっしょに"い"きたかった。





フウセンカズラ

『いっしょに飛びたい』

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