30.フウセンカズラ
夕暮れ、学校の屋上。
嫌気がさすほど眩しく綺麗な夕陽は、私の後ろに影を落とす。自分の身長の、2倍にもなるフェンスに手をかけ、網目の先の太陽を睨みつけた。
下を向くと、帰宅する生徒達の姿が遠目に見える。長いこと見つめていれば、次第にその数は減り、空っぽになった校庭と、星が顔を出す時間帯に移り変わっていく。
あの子は、こんな景色を眺めながら、何を考えていたんだろう。
フェンスにかけた手に力が入る。
先月、私の親友はここから落ちた。自らの意思で、何も遺さずに落ちた。
止められなかった。気付けなかった。親友だったのに、私には何もできなかった。
親友だと、思われていなかったかもしれない。けど、私は親友だと思っていた。この先もずっと仲良く、一緒に遊べるものだと思い込んでいた。
だからこそ、何もできず、何も知ることのできなかった自分の無力さが悔しい。
引き止める理由になれなかった、自分の価値が恨めしい。
あの子が夕方頃まで、この屋上に佇んでいたこと。辺りが暗くなり、月が昇った時間帯に命を終わらせたことだけが、分かっている。
最期まで、そばにいたかった。
私にとって、唯一無二の親友だった。出会ったときから会話が弾んで、これ以上ないくらい仲良くなれて、2人でいたら無敵だね、って笑い合える最強の親友だった。
学校帰りのゲーセンも、休日のショッピングも、新作を買いに行ったコーヒーショップも。全部、当たり前のつもりでいた。これからも、当然2人で繰り返せる日常だと思っていた。
大切な、親友だった。
大切な、日常だった。
もう、取り戻せない。
かといって、ひとりで同じ道を選ぶ勇気もない。
他人の姿が無いのを確認して、私はゆっくりとフェンスを乗り越える。一歩一歩踏み締めるように網目に足をかけ、あの子と同じ目線を体験する。
眼下に広がる、遠く離れた薄暗い地面。目の前には、消えかけた夕焼けと白い月。
しばらくこの景色を堪能したのかな。
それとも、月には目もくれず飛んだのかな。
あの子の背中を押してしまったものは、
一体何だったんだろう。
足を出せば簡単に落ちてしまう状況に、不思議と恐怖は感じなかった。ただ親友の、分かるはずもない心境を考えて、深い苦しみと痛みが息をしていた。
ポケットにしまった袋から、フウセンカズラの小さな花と膨らんだ果実を複数取り出す。しまう時に慎重に扱ったおかげか、綺麗な状態のまま保たれていた。
涙で揺らいだ視界を拭い、私は両手でそれを包み込む。届かない想いを、届けられない想いを、ありったけの想いをこの花に込めて、空中で両手を開いて、落とした。
落ちていったフウセンカズラは、すぐに風にさらわれて視界から消えた。そのままどうかあの子に届きますようにと、願ったときにはまた涙が落ちていた。
ゆっくりと、フェンスを乗り越え内側に戻る。途端、緊張の糸が切れたかのように私は泣き崩れた。誰も来ませんようにと頭の片隅で願いながら、ひたすらに号哭した。
ひとりで逝かないでほしかった。
引き止める理由になりたかった。
私は、あの子と、
いっしょに"い"きたかった。
フウセンカズラ
『いっしょに飛びたい』




