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31の花言葉  作者: 夏川 流美
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28.ブライダルベール

「ただいま」



 といつもの癖で玄関を開ける。


 物音ひとつしない、真っ暗な室内で、ハッと我に変える。



 先日まで一緒に住んでいた彼とは、もう、別れたんだった。



 帰ったらそこに居てくれるような、おかえり、と優しい声で出迎えてくれるような、そんな期待が拭えない日々を、私はまだ過ごしている。



 電気をつけると、横目で一室を見る。彼の自室だったそこは、当然のように何もなく。綺麗に掃除されたフローリングが、部屋を冷たく感じさせた。


 荷物を置き、仕事着から着替え、1人分の夜ご飯の支度をする。


 何回か作り過ぎては、ここに彼がいれば、なんてことを思う。きっと、美味しい美味しいって全部食べちゃうのに。



 無言で進める家事も、食事も、今は何も心が踊らない。心にぽっかり穴が空いたようで、何をしていても埋まらない。




 そりゃ、当たり前だよな。




 布団に寝転んで、いつものようにスマホを弄りながら、頭の片隅で考える。




 長年付き合ってた人と別れたんだし。


 そりゃ付き合いが長ければ長いだけ、思い出があるのも当然。情と恩があるのも当然。


 嫌なところも良いところも、山程知ってる。




 いくら覚悟決めていたって、辛いものは辛いに決まってる。例え「いつかきっと訪れる気がしていた別れ」とか思い込んだって、そんなんで簡単に吹っ切れられたら泣くことなんてない。



 泣くのも、辛いのも、苦しいのも、

 良い思い出ばかり、好きなところばかり頭に浮かんでしまうのも、



 憎くて仕方ない、人間の仕組みなんだと思う。というか、これが普通。じゃなきゃ、多分、冷たすぎる。




 スマホを弄る手を止め、勝手にぼろぼろ落ちていた涙を拭って起き上がる。寝室の机上に飾った、ひとつの鉢植えに足を向けた。



 彼が出ていった翌日。家に帰りたくなくて出掛けた先で見つけた花。ブライダルベールという名前と、店員さんに教えてもらった花言葉に惹かれて買ってしまったもの。



 結婚式の話、したなぁ。何色のドレスがいい、とか、どこがいい、とか。


 そんなことをぼんやり考えてしまうのは心が苦しいけれど、彼の居ない部屋に、今は耐えられなくて。



 土の表面に触れる。もうとっくに乾いていた様子のカラカラした土に、私はそっと水をあげた。







 一緒に幸せになることは

 できなかったけれど。


 どうか

 お互い幸せになれますように。






 そんなことを願いながら。





ブライダルベール

『幸せを願い続ける』

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